第32話 狙われた久遠



「黒江は隣町に住んでるんだ?」


「ああ。電車通学だな」


 俺を挟んで、右から久遠が。左から黒江が世間話をしている。その状況に軽いめまいを覚えつつ、俺は眉を寄せた。久遠は相変わらず馴れ馴れしい態度で、一向に黒江を先輩呼びしない。オネェ先輩には先輩付けるくせによぉ。


 黒江の方はと言えば、特に気にしていないらしく、そのことについて言及したことはない。そういう意味で、悪い先輩ではないのだろう。先日まで久遠に近づくなと言って拒否していたはずだが、何故今、俺と久遠と黒江の三人で、並んで商店街を歩いているのだろうか。


 久遠が商店街にある肉屋のコロッケが安くて美味しいという、どうでも良い世間話をしていたのに割り入って、俺は疑問を口にした。


「おい。何で三人で帰ってんだ?」


 今日、何故か放課後、久遠に先回りされて捕まった。さらにそこに黒江も現れたのだ。どうやら、二人は約束をしていたらしい―――。何があった。


 少なくとも、俺はここのところ毎日、黒江の教室に乗りこむ久遠を連れ戻すという、不毛な事をしていたのだが、今日は確かに無かったのだ。じゃあ、一体いつ約束を取り付けたのだろうか。


「なんと今日はですね! 黒江が勉強を見てくれるんですよ!」


 なんで敬語なんだ。


 俺は久遠の発言に、眉を寄せた。


「ハァ? 勉強? どういうこった」


 ちなみに、どうやって連絡を取ったのか聞いてみたら、「メールを送ってみました!」と返事があった。そういや、アドレスは知ってるんだっけ。公園での一件の時に、教えてもらったんだったな。


「もうすぐテストだからな」


 黒江が肩を竦めながらそう言う。黒江の方も、渋々といった体だ。毎日しつこいから、勉強ぐらいは付き合ってやろうという事なのだろうか。


「―――ちなみに、先輩、志望校は?」


「まあ、そこそこの大学だ。心配するな。このくらいはどうって事ない」


 黒江の様子を見る限りでは、進学の妨げになるという事はないのだろうか。いずれにしても、最終的には自己責任なんだ。それは黒江も解っているだろうし、俺が口出す事じゃないだろう。この先輩なら、文句も言ってこなさそうだが。


「まあ、教えてくれるんなら、それは構わないけど」


 そう言えば、久遠って成績はどうなんだろうな? 良くても悪くてもムカつくな。ちなみに俺は自慢できるような成績は一切ないが、親が呼び出されるような成績にはならないように気をつけている。一応、金を払って行ってるんだからな、無駄な事にならないようにしたいところだが、俺のこういう性格が、結局のところ「不良」をやり切れない部分なんだろう。湊に呆れられる部分だ。俺だって、ケンカをあっさり辞められるならとっくにそうしてる。


「そう言えば、なんで商店街に向かってるんだ? どこで勉強するんだ?」


 ムクドに行くなら駅の方だ。商店街と駅は少し距離がある。俺が疑問に思って言うと、久遠が得意げに胸を張った。


「赤間の家ですよぉ」


「なんでだ!」


 咄嗟に叫ぶ俺に、久遠が頭を庇うように抑える。殴らねえけど。何でだよ。


「お母様の許可は取ってありますよ?」


 オイ。いつの間にそんな事になってんだ。


 俺はげんなりしつつ、久遠のすることだと半ばあきらめる。コイツに何かまともな事を求めるのは、求める方がおかしいんだ。多分人間の言葉なんか通じないんだ。


 全く、いつの間に……。


 俺が深い溜息を吐いた、その時だった。通り過ぎざまに歩いて来た赤いスタジアムジャンパーの少年が、久遠の肩にぶつかった。俺は一瞬眉を寄せたが、その時は気にしなかった。久遠が慌てた声で、叫び声をあげる。


「あっ! ちょ、ぼくの鞄っ!」


 スタジャン野郎が、久遠を突き飛ばして走り出す。路地裏に駆け出したスタジャンに、俺と黒江は走り出した。


「オイ! テメェ! この引ったくり野郎!」


 久遠も慌ててしりもちを付いていたのを起き上がって、俺たちの後を追う。スタジャンは足に自信があるらしく、ダッシュで路地を駆け抜け、小道に入りこんだ。裏路地に設置されている居酒屋のゴミ箱を倒しながら、こっちの邪魔をしてくる。


 目の前で掠められた腹立たしさに、俺は苛つきながら拳を握る。


(どこのどいつだ!)


 後姿からは解らないが、どこかで見た面に思える。そう思っていると、黒江が眉を寄せながら呟いてきた。


「赤月高校の3年じゃないか……?」


「マジか?」


 俺の問いに、黒江が頷く。見かけているとすれば、確かにあり得る。ここのところ俺と久遠は3年の教室にしょっちゅう行っていたからな。その時に見かけたのだろう。とすると、わざわざ久遠が狙われたのがきな臭い。


 オタクからカツアゲするなら解るが、俺の目の前で窃盗とは良い度胸だ。久遠がナマイキだと思ったにしろ、取り敢えず許さん。


「待てー!」


 俺は叫び声を上げながら、足に力を込めた。そろそろ久遠が付いてこられなくなっているのが分かったが、あいつに合わせていては逃げられる。一気に加速し、スタジャンとの距離を2メートル近くまで縮めた、その時だった。


 不意に聞こえた耳障りな音に、思わず視線を上に向ける。スタジャンも気付いたのか、振り返って空を見上げた。


「―――ドローン!」


 俺の脳裏に、黒江を盗撮したあの動画がよみがえる。久遠やクラスメイトの話から、最近ネットでドローンを使った動画が撮影されているとは聞いていたが、きっとコイツだろう。目の前のスタジャンも驚いている様子だから、仲間ではなさそうだ。


 後方で、久遠が興奮気味に叫ぶのが聞こえた。


「ドローンだ! ブラックスワンだっ!」


 ドラゴンの次はスワンかよ。意味が解らねえ。


 とにかく、コイツに逃げられるわけには行かないんだ。ドローンも気に入らないが、久遠の鞄が先だ。もう少し。あと少しで捕まえられる。


 だが、スタジャンの方が僅かに上手だ。スタジャンは鞄から財布を抜き取り、俺に投げつける。咄嗟の事に、思わず俺は受け止めて足を止めてしまった。


「っ! しまった!」


 っていうか、財布? 目的は財布じゃねえのか?


 スタジャンが走り去る。逃げられる。


 そう思った、その時だった。


「せいっ!」


 甲高い声が路地に響く。俺の目の前で、スタジャンの身体が揺らぐ。側頭部をもろに蹴られて、スタジャンが道路に転がった。


 思わず顔を上げる。


 スカートが翻り、白い足が見える。ふわりと重力に逆らって舞い上がるスカートから覗いたのは、ウサギ柄のピンク色のパンツだった。思わず絶句して、女の顔を見る。


「―――お、お面?」


 女は、黄色いカートゥーンなウサギのお面を被っていた。女の異様な姿に、黒江も久遠も押し黙る。


「か、仮装大会?」


 久遠が間抜けな声を出す。まあ、気持ちは解るが。何処で買ったんだ。


 そんな疑問を無視して、ウサギお面がドローンを指さした。


「あれ! 早くなんとかして! クロエ! 撃て! ドラゴンクロー!」


「―――は」


 ウサギお面の声と、ドローンが上空を舞い上がったのは、殆ど同時だった。黒江が壁を蹴って、ドローンにめがけてサマーソルトで蹴りを入れる。届かない。だが。


 ウサギお面は、確信していたかのように、じっと空を見上げていた。青白い閃光が一瞬電流のように流れて、ドローンに直撃する。ガシャン! と盛大な音を立てて、ドローンが地面に落下した。


「っしゃ!」


 ぴょん、と飛び跳ねるウサギお面に、俺は眉を顰める。


「オイ、何だお前。っていうか、お前アメ女だろ、幼児パンツ!」


「うっせーな! 誰が幼児パンツだよっ!」


 反論するウサギお面の声に重なって、ドルルン! とエンジンの音がした。その音に、ハッとして俺は路地の方を見る。


「あっ! ぼくのノート!?」


「は?」


 いつの間にか駆けつけていたバイクが、赤いスタジャンを助け起こし、その背に乗せていた。スタジャンの手には、久遠がいつも持っている、変なノートが握られている。鞄はその場に棄てられている。狙いは、ノートだ。


「ちょ、ちょっとーーーー!!!!」


 久遠が慌てて追うが、バイクに追いつけるはずがない。あっという間にエンジン音を響かせながら、バイクは通りの向こうへと消えていったのだった。





 

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