第31話 掲示板の主



 家に帰るなりぼくは、机に座ってパソコンの電源を入れた。今時のパソコンにしては少々大型のデスクトップ型PC。単純に無料のMMORPGを時々プレイしたりするから、スペックの高いパソコンを買ってもらっただけだ。ちなみに、妹千奈実はノートパソコンを持っているが、これはぼくのおさがり。千奈実の場合は動画を見るくらいなので、そんなもんで十分なのだ。時折「青い画面になった!」と助けを呼ばれるが、それ以外で妹の部屋に入る事はまずない。


「さてと……」


 パソコンに向かうのは久しぶりかも知れない。最近は気になる情報やちょっとした動画ならスマートフォンで見ちゃうしね。ぼくはブラウザを起動し、動画投稿サイトを表示させる。検索するのはブラックスワンの動画だ。すぐに赤月市の市内で撮影されたと思われる動画が幾つも表示される。中にはまとめ動画や動画を繋ぎ合わせて作られたMAD動画もあるようだ。人気が伺える。さすがに人気ユーチューバ―のようにはいかないけど、素人の動画だと思えば、多いほうだろう。軒並み4千再生を超えている。特に再生数が多いのは、より過激な内容の動画のようで、金属バッドを持った青年が別の不良青年を袋叩きにしている動画が16万再生を超えていた。動画のコメント欄には、殴っている人物が「幽鬼」というチームの人間であることや、殴られている少年を心配するコメント、警察やマスコミが反応しない事を批判するような書きこみが見られる。


(酷いなー……)


 画像は鮮明で、少年らの顔こそ後姿で見えないが、コンクリートに鮮血が飛ぶのまではっきり見える。殴る音まで聞こえてきそうな、迫力のある映像だった。ぼくは動画投稿主のブラックスワンのアイコンを見る。怒ったような顔をした、カートゥーンな黒鳥が、中指をこちらに向けている。


(どれも赤月市か。市内の人なんだろうな―――)


 そう思いながらマウスをスクロールさせる。兎本が「事情通」の話をしたのを思い出す。匿名掲示板で、この辺の不良たちの裏事情などを知っている「事情通」。確かに、そいつが動画を公開しているのなら納得できる範囲の広さだ。ぼくなんて、同じ赤月市に住んでたって、「幽鬼」や「マッドライダーズ」たちがどこを活動の拠点にしているのかなんてわからない。何となく、あっちの路地は物騒だな、とか、あっちは治安が悪いんだよなっていうのは解るけど、それは知ってるというよりも野生の勘みたいなものだ。みんな何となく避けて通る、街の影の方に溜る、淀みのようだ。


「正義―――。正義感、かな」


 ぼくはその動画をみながら、そう呟いた。


 面白がって再生数を伸ばし、人気者になりたいという雰囲気ではない。この動画からは、何となく投稿主の怒りや憤りといったものが感じられた。


 ぼくは動画サイトを閉じて、匿名掲示板の方を検索する。どの辺りにいるか解らないけど、前に赤間とぼくを追い回したマッドライダーズたちの情報が載っているスレッドは、まだ履歴に残っているはずだ。掲示板を探し出し、その辺りから情報を探っていく。掲示板の内容は「赤月市民集まれ 34」だ。そこから派生する不良監視系や、面白いネタをくれ、など多岐に渡って「事情通」の名前が上がっている。


 「事情通」に関する話題は、ことごとく炎上していた。殆どが同一IPによる荒しだが、そうでないものも多い。吊られて書きこんでいる者、元々「事情通」が知りすぎていると疑っている者。


『No.189 匿名


 動画また上がってる。今度は赤井川の河川敷じゃん?


 コイツらマジでくそ。』


『No.190 匿名


 >189


 コイツらみて笑ってる事情通はもっとクソ。』


 ざっと見たところ、既に掲示板上では「事情通」イコール「ブラックスワン」という図式がまかり通っているようだ。一方、「事情通」自体はここ数日の掲示板で一切姿を現していない。中には「事情通」を名乗る愉快犯もいるようだが、どれも掲示板の住人たちに偽物と見抜かれていた。


 沈黙を守る「事情通」と「ブラックスワン」。


「ふーん」


 ぼくは呟いてブラウザを閉じた。椅子にもたれかかって、天上を見る。机の上に投げっぱなしのスマートフォンを起動して、今日登録したばかりの兎本のアドレスをじっと見つめる。


『なんとかしてよ』


 そう、ぶっきらぼうに言った兎本の表情はいつも通りで、全然感情なんて乗っていないように思えたのに。


 今振り返ると、ぼくに助けを求めているように聞こえたのは、どうしてなんだろうか。



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