第29話 ナンバー1



 ぼくを見る視線が、「なんだアイツ」から「またアイツか」に変わった気がする。すっかり日課の恒例行事となりつつある、三年生の教室へ駆け込み、大声で叫ぶ行為。


「黒江ー。気は変わったーぁ?」


 最初は嫌そうに顔を顰めていた黒江も、教室の端っこの方でウンザリした様子で、ぼくを無視して教科書に目をやっている。あれはぼくを相手にしていないだけで、本当は教科書なんか読んでないってスタイルの奴だ。もう少しな気がする。何がと言われると分からないんだけど、あれだ。黒江が折れるタイミング?


 ぼくが来ると教室では、「おーい、二年来てるぞ~」とか、「また来たのか~」とか、構いたがりの強面の三年生たちが声をかけてくる。何と言うか、顔だけは怖いけど、そんなに悪いひとたちじゃないみたいだ。オネェ先輩に言わせれば、他の三年生に比べると黒江の方がよほど怖いらしく、その黒江に付きまとうぼくに、みんな興味津々らしい。


 そしてしばらくすると、階段の向こうから赤い影がズンズンとやって来る。これも日課だ。どうやらタイムリミットらしい。


「久遠っ!」


「ほーい」


 赤間が登場すると、ぼくは退場とばかりにそのまま襟首を掴まれて赤間に引っ張られる。三年生たちが「また明日~」と手を振るのに、ぼくも手を振り返した。


 だが、三年生全員が好意的かと言えば、当然そんな事はない。「うるせぇな。クソ二年が」と蹴られそうになった事もあるし、唾を吐きかけられたこともある。睨まれるのは通常だ。


「赤間っ、赤間っ、自分で歩くから首放して!」


 学ランの襟がキュッとしまって、首が締めあげられる。このままでは窒息死してしまうよ。ぼくが訴えると、赤間は引きずっていたのを辞めて立ち止まった。


「おお」


 襟を直して立ち上がろうとするぼくの腹の辺りに、赤間の視線が落ちる。ぼくのウエストには、黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスが挟みこんである。


「お前、いつもそれ持ち歩いてんな」


 赤間の言葉に、ぼくは黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを撫でながら頷く。


「うん。これは闇の力が封印された危険な書物だからね。たとえ赤間でも容易に触れるのは―――」


「ああ、うん。なんか触れたくはねーな。で、冗談抜きになんなの、それは」


 色々と火傷しそうな奴です。


 内心そう唱えつつ、ぼくはエヘンと胸を張って得意げに答えた。


「重要な機密事項が掛かれたノートだよ! もちろん、赤間の弱点なんかもぎっしり書かれて……」


「何っ!?」


 え、アラヤダ、本気にしないでよ。


 赤間が驚いて黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスに手を伸ばす。ヤメテください! 本当に危険なノートなことには変わりが無いんですっ!


 周囲に人集りが出来ているが、ぼくはノートを死守する方が大事だ。ひょいひょいとかわしながら、赤間は「くそ! なんで運動音痴のクセに素早いんだ!」と叫んでいる。その様子がおかしかったのか、いつの間にか廊下いっぱいに生徒が集まって来ていた。


「邪魔だ、二年」


 ぼくらを静かにさせたのは、涼やかな凛と通る声だった。思わず動きを止めて、声の方を見ると、人垣を割って冷ややかな表情で男子生徒が現れる。学校指定のシャツの上に、ベージュのサマーニットのカーディガンを羽織った、メガネの少年。三年生らしく、分厚い参考書を片手に教室に行く途中のようだった。


 赤間が「サーセン」と謝りながら、道を譲る。メガネの少年は不愉快そうに顔を顰めながら、チッと舌打ちをした。


「はぁ……」


 周囲に集まって来ていた生徒たちも、メガネの少年が立ち去るのと同時にぞろぞろと教室へと戻っていく。その様子を、何となく不思議な気分で眺めていたぼくは、野次馬に混ざって見に来ていたオネェ先輩と目が合った。


「オネェ先輩。今の人って?」


 何となく、影響力のありそうな人だ。そう思って興味を持って聞いてみた。するとオネェ先輩は少し考えてから、ニッコリと笑った。


「そうねぇ。アンタ風に言うなら、黒江がナンバー2なら、アイツはナンバー1ってとこかしら」


「えっ」


 赤間も驚いて目を丸くする。まさかのナンバー1! 確かにああやって他の連中を蹴散らすところを見ると、あながち間違いでもないのかもしれない。何となく、勉強出来るけどケンカは出来ません、って感じのインテリっぽいから、そんな事全く考えなかった。


白雪小鳥しらゆき ことりっていうのよ。小鳥ちゃんて言うと怒るから、気をつけてね」


「はーい」


 なるほど。小鳥ちゃん先輩か。よし。覚えたぞ。


 あれ、そう言えばオネェ先輩って、名前なんて言うんだっけ? まあ良いかぁ。



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