第25話 生徒指導の「指導」は、導くことに意味がある。


 カチコチと鳴り響く秒針の音に合わせるように、小刻みに生徒指導の山口が身体を揺らす。苛立ちを込めた様子に動じることなく、黒江はパイプ椅子に無表情で座っていた。その態度が余計に山口を苛立たせているのかもしれない。俺は扉の隙間から生徒指導室の様子を覗き見て、眉を寄せた。全く、動画を撮影して公開するなんて、腐った根性にもほどがある。そういう卑怯な奴は嫌いだ。別に正義感なんか持っちゃいないが、こういう事には妙に腹が立つもんだ。


 久遠もさすがに心配そうに、俺の下の方でしゃがんで中の様子を伺っている。何となく、コイツなら何とか出来るんじゃないかと期待したが、さすがにそんな事は出来ないようだ。久遠コイツと関わるようになって、変なことばかり起きちゃいるが、そう都合よく何でも解決したりはしないだろう。久遠は青ざめてオロオロするばかりで、何かできる気はしない。それでも、俺は少しばかり期待して、しゃがんでいる久遠の背中を膝で軽く蹴った。


「おい、何か策無ぇのかよ。先公を黙らせる方法とかよ」


「社会的に抹殺するとか?」


 怖っ。


 少し振り返りざまに見上げながら、久遠がそう言う。もじゃ前髪で見えない表情でそういう事を言われると、不気味で仕方がない。アレだ。ニュースとかで事件起こした奴が、「そんな事しない良い子でした」とか言われるインタビューで、コイツの場合は「いつかやると思ってました」って言われるタイプの奴だ。


「うーん。山口先生だけなら、何とかなると思うけど……」


「……」


 それが怖いわ。そう言えば山口が野崎先生と浮気してたとか言ってたっけ。それをネタにすりゃ、確かに取引は出来ると思うけど。久遠も同じことを考えていたようで、「でもどうやって取引しようか」と呟いている。


 コイツに関わるようになっちまった以上、それはもう諦めるしかなさそうだが、敵に回すのだけはやめておこう。薄気味悪い奴だけど、味方にいるうちは多分大丈夫だろう。あくまでも多分だが。


 久遠がブツブツ言っている間にも、生徒指導室の中はピリピリした空気で充ちている。黒江は相変わらずだんまりだし、山口の方も黒江の言葉を待っているのか、腕を組んで鼻息を荒くしている。


 山口は社会科の教師だ。中年で、いつも指紋のついた眼鏡をした、冴えない教師。よれよれのポロシャツをルーティンで着ていて、女子生徒からは「臭い」とか「キモイ」とか言われて嫌われている。その上生徒指導で生徒に対し威圧的な態度で注意するもんだから、男子生徒からも嫌われている。山口は白髪の混ざった髪をボリボリと掻きながら、分厚い唇をようやく開いた。


「おい、黒江! お前、受験希望だったな? そんな奴が、何を考えてやがる!」


 バン! と強くテーブルを叩いた音に、黒江ではなく久遠がビクッと震える。コイツにしちゃ叫ばなかっただけマシなんだろうが、反動で尻餅をついていた。バレるだろうが。


「―――何の事でしょうか?」


 しれっと答える黒江に、山口が苛立ったように再度机を叩いた。


 俺はその様子に、動画を思い出してハッとする。恐らく、SNS上でうちの生徒であるとか、黒江の事が名指しで囁かれているのだろうが、あの動画は暗く、知り合いでもなければ判断が難しい。先公たちの間でも意見が分かれているか何かで、本人からの自供を取りたいのだろう。朝の職員会議でそう言う話が出て、普段問題行動を起こしている俺なんかは担任に睨まれたに違いない。


 そうとなれば、このまま黒江が自供しなければ勝機はあるかも知れないが―――。山口はしつこい。


(どうするか―――)


 俺が歯噛みしたところで、山口がノートパソコンを引っ張りだして、黒江の方に向けた。動画を実際に見せる気に違いない。


「とぼける気かっ!? これを見ろ!」


 山口が、画面を黒江に向ける。黒江が驚いたように息を呑むのが解った。黒江の反応に、山口がニヤリと笑う。


「これが証拠だ。これでもしらばっくれる気か?」


「―――驚きました。ちょっと、意外でした……」


 黒江の反応に、俺は(ん?)と思って目を凝らす。黒江はこちらに背を向けており、その黒江に向けられたノートパソコンは、俺たちの方を向いている。その画面は、SNSから貼られた動画ではなく、写真が幾つも並ぶウェブアルバムの画面だった。


「げっ」


 扉の向こうから覗いていた俺も、思わず声を上げる。山口の向けた画面には、清純派で通っている国語教師の野崎と山口の、言い訳出来ないような画像が並んでいた。腕を絡める野崎と、にやけ顔の山口。料理を食べさせてやっている野崎。俺の女だと言わんばかりに腰に手を回して得意顔の山口。どれも、どこかに旅行にでも行ったのだろう。部屋でくつろぐ様子や、やや露出の高い写真もある。久遠から聞いていたとはいえ、ちょっとショックだ。


「何を落ち着いている! これが証拠……」


 山口は声を荒げながら、視線をパソコンの方に向ける。そして、画面に写っている物を見て、目玉が落ちるんじゃないかというぐらい目を見開いた。


「……! ……!?」


 声にならない叫びを上げながら、口を金魚のようにパクパクとさせる。ギギギと音がしそうな動きで首を黒江に向け、真っ赤になったり真っ青になったりしながら、黒江を見た。お前がやったのか。そんな顔だった。


「それが証拠、ですか」


「こ、これはっ! 違うっ!」


 ノートパソコンを腕に抱え、山口が首を振る。山口は唇をブルブルと震わせながら、黒江に人差し指を向けた。


「こ、こんな事で誤魔化せると思うなっ!? 脅そうとしたって無駄だ! 私は聖職者で、お前は不良生徒! お前の言い分が通ると思うなよ!」


 慌てる山口に対し、黒江は首を傾げるだけだ。それにしても、聖職者が聞いて呆れる。確かに、暴力を振るう生徒より、生徒指導という立場の山口の方が立場は強いのかもしれないが。


(気に入らねぇな……)


 俺は拳を握りながら、ふと足元を見た。久遠が真顔で、スマートフォンを山口の方に向けていた。


「―――」


「た、退学だ! お前なんか退学にしてやる!」


 焦って叫ぶ山口に、久遠が立ち上がって扉を開けた。スマートフォンは向けたままだ。


「先生、さすがにそれはダメだと思います」


 そう言って録画をオンにしたスマートフォンをちらつかせて、邪悪な笑みを浮かべる久遠に、山口は絶句して言葉を失っていた。



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