第24話 #拡散希望



 朝は少し騒がしい。ホームルームが始まる前の僅かな時間、クラスメイトたちは雑談に忙しく、次から次へと話題が尽きない様子で喋っている。お喋りなのは女ばかりじゃない。最近は男もお喋りだ。俺は開けっぱなしの窓から入りこむ風を髪に感じながら、席で腕を組んで目を閉じていた。別に眠っているわけじゃないが、この時間は大抵こうして過ごしている。もうすぐ本格的な夏を迎える外の景色は白っぽく反射して、目に痛いくらいに眩しい。プールから漂う塩素の匂い。青々と生い茂る草の青臭さ。夏の匂いだ。


「昨日のミュージックショー観た? もー、青海くんサイッコーにカッコよくなーい?」


「SNSでさあー、これ回ってきたんだけど」


「公園に昨日雷落ちたんだぜ、マジでヤベーって」


「それ、警察来た奴だろ?」


「掲示板で見たんだけどさ、また暴走族だって?」


「掲示板って言えば―――」


 雑音を聞き流しながらうたた寝をしていると、ガラッという音を立てて、扉が開く気配がした。同時に、少し苛ついたように足音を鳴らして、担任が教室に入ってくる。それぞれ雑音を奏でながら適当に座っていた生徒たちが、かったるそうに自分の席に戻っていった。


 俺は目を開けて欠伸をすると、教室に入ってきた担任の方を見た。不機嫌そうに眉間に皺をよせる中年の担任は、一瞬不愉快そうに俺の方を見た。


「静かに! 2年になって、全員たるんでるぞ! もうすぐ夏休みだからと言って、浮ついていないで、自覚と責任のある行動を取るように!」


 教卓を叩くように手をついてそう言う担任に、教室から不満そうな空気が生まれる。「なにあれ、ウザ」小さく悪態をつく声が聞こえて、担任が「そこ!」と声を荒げた。


(―――随分、ピリピリしてんな)


 テスト前ならいざ知らず、テストまでまだ時間がある。担任が神経を逆なでている理由には特に興味がないが、こういう空気は好きじゃない。俺はフンと鼻を鳴らすと、窓の外へと視線を向けた。




   ◆   ◆   ◆




「やっぱり思った通り! 黒江がそう・・だったね!」


 嬉々として言うぼくに対して、赤間のテンションは低めだ。三年二組の教室に向かう間、赤間は「ああ」とか、「おう」しか言っていない。公園で別れてから、黒江とちゃんと話そうとこうして黒江の教室を訪ねてきたわけだけど、正直アドレスを交換しなかったのは失敗だったかも。黒江と連絡を取るためには、こうやって教室を訪ねるしかないのだ。


 なんで二年がここに居るんだ? って顔の三年生の睨みを赤間の影に隠れてかわしつつ、黒江の教室の前まで来たところで、ぼくらは見覚えのある先輩と目が合った。桃色の髪をオシャレにキメた三年生。オネエ先輩だ。


「オネエ先輩」


「おい久遠」


 ぼくが「オネエ先輩」と呼んだのに、赤間が慌てて口を塞いでくる。オネエ先輩の方は気にした様子はなく、それよりも慌てた様子でぼくたちの方に駆け寄ってきた。


「アンタたち! ちょっと、大変よ!」


「どうかしたんすか?」


 落ち着きなく手をパタパタさせながらオネエ先輩は腰をくねらせる。赤間は眉を顰めつつ、何かあったのかと首を傾げた。


「タッちゃんが! 生徒指導の山口に連れてかれちゃったのよぉ!」


「黒江先輩が?」


「えっ!」


 ぼくも赤間も、驚いて声を上げる。黒江が何をしたのか知らないが、赤間と違って髪も黒いし、特に指導されるような所があるようには見えなかった。オネエ先輩は青い顔をして、スマートフォンを取り出すと、画面をぼくらに見せてきた。


「アンタたち、コレ知らない? SNSで拡散されてるらしいの」


「?」


 覗き込んでみれば、どうやら動画らしい映像が写っている。夜なのだろう。暗いし、画像の解像度も荒くてよく分からないが、見る人が見れば、黒江だと分かる映像だ。私服の黒江が、不良生徒らしい少年らとケンカをしている動画だった。


「おおー。黒江強い!」


「強いのは知ってたけど、やっぱスゲーな。三人相手に一方的じゃん。つーか久遠、お前先輩を呼び捨てすんな」


 黒江は少年ら相手に、かなり手慣れた様子で蹴りや手刀で応戦している。相手は金属バッドを持っているが、武器など意味がないようだった。赤間の言う通り、かなり強い―――ケンカ慣れしているのは解っていたが、やっぱり強い。


「それどころじゃないのよ! アンタら解ってないのね! 良い? SNSでは学校名も一緒に拡散されてるの。先生たちは悪評を恐れてタッちゃんを処分しかねないわ! それでなくても、アタシたち三年生は受験を控えてるのよ。全く……こんな時期に問題を起こすアイツも悪いけど、SNSで拡散するなんて!」


 そうか。確かに、学校に知られるとまずいのか。どういう経緯でケンカをしているのかは分からないけれど、不良相手に一方的に―――ともすれば、暴力を振るっていると言われれば、良くて停学。最悪は退学の可能性だって十分にある。


「しかし……コレ、隠し撮りか? 随分不鮮明だな……」


「夜間撮影向きの機材は高いもの。ドローンか何かかなあ。画面が上下に揺れてる」


 拡散元のSNSのアカウントは、他にも動画を上げているようだ。どれも似たような隠し撮りが多いようだが、見覚えのある風景が多い。恐らく、市内に住んでいる何者かなんだろう。


「とにかく、このままじゃまずいわ。何とか助けられないかしら。このアカウントなんとか出来ないのっ!?」


「これだけ拡散されてると、元のアカウントを潰しても仕方がないですよぉ」


「なるほどな。学校の奴らが結構フォローして拡散してるっぽいな。こりゃ、最悪だ」


 赤間が唸る。ぼくは赤間を見上げた。赤間は顔を顰めて、難しそうに唸っている。


(もしかして、せっかく見つかった仲間と、離れ離れになっちゃうのかな)


 黒江が退学になったら、黒江が二度と学校に来なくなったら。せっかく見つけた仲間を、レッドドッグはまた見失うかもしれない。


(それは、ダメだな)


 ぼくは動画をもう一度眺めながら、唇を結んだ。何とかする方法。ぼくが天才ハッカーなら、この動画をなんとかするのに。


 ブラックドラゴンはピンチに助けてくれたのに、ぼくは何もできやしない。



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