Chapter2.集結する戦士たち

第23話 「なんでも」知ってる。


 ぼく、久遠千年くどうちとせが通う学校は、長い長い坂の上にある。毎日この長い坂を、なんでこんなもんを登らなけりゃいけないんだと、文句を頭の中で言いながらひたすら登っているのだ。夏なんかもう、本当に地獄で、まだあと1年以上、この坂を登らなければいけないのだと思うと、少しうんざりする。


 地獄坂は、別に正式な名前じゃない。皆がそう呼んでいるだけだ。もちろん、ぼくはそう言う話をする友人はいないので、皆が話しているのを聞いたことがあるだけだ。正式な名前の書かれていた石の看板は長年の雨風で削れて、もう読むことが不可能だ。だからぼくらは、この坂を地獄坂としか呼ばない。よく考えれば名前が判別しないのに、地獄坂が正式名称じゃないと言い切るのもおかしなことだ。もしかしたら、地獄坂の可能性も十分ある。そのくらい、この坂は過酷なのだ。


「ひぃー……、キツイ……」


 ぼくは額を拭いつつ、地獄坂を見上げた。まだ半分くらいしか登っていない。坂は異常に急斜面で、その上カーブが続いているため、車もここを避けて通る事が多い。ぜぇぜぇと息を切らせながら坂を登るぼくの目に、不意に人影が飛び込んできた。こんな朝早くにここに人が居るのは珍しい。(ぼくは足が遅いから早めに登校しているのだ!)思わず視線をやって、ぼくは立ち止まった。


 スカートから、すらりとした足が伸びている。黒い髪を緩やかに巻いた、少しタレ目の少女―――兎本黄子うもときこだ。兎本はなにやら電柱の横で佇んで、おもむろに鞄から何かを取り出す。それがタバコで、ぼくはビクッと肩を揺らした。


 女子高生とタバコ―――。組み合わせてはいけない取り合わせに、ぼくはどぎまぎして、じっと兎本を見てしまう。兎本はタバコを吸うではなく、電柱の横に置くと、手を合わせた。ぼくはそこで初めて、その電柱の横に花が添えられているのに気が付いた。


「―――」


 ドキリとして、その意味を把握したぼくは、うっかり顔を上げた兎本と目が合ってしまった。嫌な顔をされるかと思ったけど、兎本はぼくの考えに反して、満面の笑みを浮かべて手を振ってきた。


「あれぇ、久遠じゃん。オハヨー」


「おおおおおはよよよううござざいいますっ!?」


 反射的に返事をしつつ、どもりまくるぼくに、兎本はケラケラと笑う。


「アハハー! 超どもってんじゃん! ウケルー! っていうか、早くないー?」


「っ……は、はぃ、スイマセン……」


 何故か謝りながら、ぼくは段々と声が小さくなるのが解る。最近は赤間や女神・湊とは結構喋れるようになったぼくだけど、兎本はスクールカーストっていうやつの上位ランカーだからね。ぼくとは接点ないし。


「ふふーん? ああ、駅前のタワーマンションだもんね。通学路こっちかぁ」


「ふへ? な、なんでぼくの家知って」


 兎本はニヤニヤ笑いながら、鞄の中からロリポップを取り出す。味はいちごミルクだ。


「知ってるよぉ。久遠のことは・・・・・・なんでもね」


 魅力的な笑みでそう言う兎本に、ぼくは不覚にもドキリとしてしまった。それと同時に、ぼくなんかがドキドキして「生まれてスミマセン」みたいな気分になってくる。ああ、吐きそう。


「な、なんでも?」


「なーんーでーもーぉ」


 甘ったるい声でそう言われ、思わず俯いていた顔を上げた。兎本の顔は、思ったより近くにあった。睫毛長い。目が大きい。いちごの匂いがする。


「そそそ、それ、あのっ、事故ですかっ?」


 話題を変えるためにそう言って、ぼくは酷くデリカシーのない事を言った事に気が付いた。だが、後の祭りだ。きっと兎本は不愉快だったに違いない。そう思ったのだが、兎本は思ったよりも普通だった。チラリと電柱に視線をやって、「ああ、あれ?」と顎を向ける。


「そーだよ。兄貴の友達だった人。アタシも知らない人じゃなかったからね。命日くらいは」


 そう言う兎本の目は、どこか遠い目をしていた。その人の事を思い出しているのかも知れない。ぼくはこうして坂を登るのは、もう一年以上繰り返しているけれど、この場所に花が添えられていたことには初めて気が付いた。もしかしたら兎本は、去年もこうしてタバコを供えていたのかも知れない。


「タバコ―――ってことは、年上の人か」


 兎本のお兄さんの友人だというし、当然そうなんだろう。兎本がケラケラと笑った。


「―――うん、年上だよぉ。今は、タバコOKな年齢じゃない? 生きてれば! 真面目かよ!」


「―――ぼくは真面目な優等生ですよ?」


 思わず唇を尖らせてそう言うぼくに、兎本はさらにケラケラと笑った。


「真面目な奴は不良に絡まれねーよ! あはっ、ウケルー」


(何がそんなに面白いんだろうか……)


 正直、女の子の笑いのツボとか、可愛いの基準は良く分からない。こうしてケラケラと笑われても、何故笑われているのか解らないだけだ。ぼくはむすっと顔を顰めて、鼻を鳴らす。そして、そのまま無言で坂道を登り始めた。


 兎本が眦に溜った涙を指先で拭きながら、ぼくの後に付いてくる。


「あれー、久遠、怒ったのぉ?」


「怒ってないですぅー。学校に行くだけですー」


「そんなにスタスタ行かないでよ―――あ、全然行ってなかったわ。ゴメン」


 必死で歩くぼくに対し、兎本は平然とぼくに並び、それからぴょんとぼくを超えてみせた。くるりと振り返って、得意げに笑う。


「あはっ。おっ先~」


「キー、悔しいっ!」


 ぼくの声に、兎本はケラケラと笑いながら坂をあっという間に登っていった。兎本が意外にノリの良い子だということが解った。見た目がオタクっぽいぼくに、「キモイ」と言わずに会話してくれるとは。あれかな、女神の一種なのかな? 勿論、レアカードSSRは湊だけども。でも一緒に登校はしてくれないのね。席ぼくの前なのに。


「あれ、兎本、なんでぼくが不良に絡まれたの知ってるのかな?」


 ぼくは不意に兎本が言った言葉を思い出して、首を傾げた。赤間はぼくに絡んでいないので、絡んだ不良というのはマッドライダーズだろう。学校外の事を知っている兎本に、少なからず疑問が浮かぶ。それと同時に、兎本のニヤニヤした笑いを思い出した。


『知ってるよぉ。久遠のことは・・・・・・なんでもね』


 それは、どういう意味だったんだろうか。



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