第21話 新しい朝が来た。


 皮膚がざわりと粟立つ。得体の知れないものに触れた気がして、俺はまとわりつくような嫌な感覚に頭を振った。


 背を向けた黒江の首には、くっきりとした紋様が浮かび上がっていて、いたずら書きのようには見えない。あらかじめ久遠と黒江が知り合いで、俺を揶揄ってるんだとしたら、その方が良い。だが、その刻印は、俺の腕にもあるものだ。俺は無意識に自分の左手首に手を伸ばし、爪でそれをひっかいた。無くなりようのない模様が刻まれた腕に痛みが走る。


「あったー! あったよ! ほら、赤間!」


「うるさい、黙れ」


 俺は思わず久遠にそう言って黙らせる。久遠は唇を尖らせて、面白くなさそうにする。口元で「せっかく見つかったのに」と、文句を口にしていた。


「その、それ・・―――。いつから?」


 黒江が振り返って俺の方を見た。黒江は少し考えて、「覚えてはいないな」と呟いた。そんな場所にある模様だ。気付いたことの方が凄いのかもしれない。俺は釈然としない気分になりながらも、「そうか」とだけ返事をした。


「ところで、君のそのノート―――」


 黒江が久遠のノートを指さす。一体、何故俺たちの身体にある模様を、久遠が知っているのか、俺も気になった。だが、黒江の言葉は、サイレンの音でかき消される。すぐ近くに、パトカーが止まったようだった。


「チッ……」


 俺は顔を上げて、周囲を見回した。まだ警察が来る様子はないが、次期にここもバレるだろう。今日のところは仕切り直した方が良さそうだ。


「この話は後にしよう。今日のところは解散だ」


 俺の言葉に、久遠が不満そうに声を上げる。


「ええーっ。せっかく……」


「補導されちゃ、元も子もねぇんだよ。大人しくしろ」


「……そうだな。俺も、気になるし。また日を改めよう」


 黒江の方も頷く。黒江の態度に、久遠もようやく大人しくなって同意した。黒江との接点が出来れば、あとは何とでもなる。模様のことも気になるが、本当に俺の仲間になってくれるのかも解らない。まあ、先ほどの立ち回りをみるに、それなりに腕は立つようだが。


 俺は路地の方へ歩きだそうとする黒江を見て、一言だけ聞いてみた。


「―――なあ、アンタ」


 俺の言葉に、黒江が振り返る。


「ナンバー2って、本当か?」


 黒江は少しだけ考える様子をして、それから頷いた。


「ああ」


 ハッキリとそう言いきった黒江に、俺はまた不思議な感覚になりながらも「そうか」とだけ返事を返したのだった。




   ◆   ◆   ◆




 ピピピピと鳴り響く電子音に、目を覚ます。布団の中から伸ばした腕で目覚まし時計のアラームを消して、ぼくは欠伸をしながら起き上がった。


「ふああぁ……」


 まだ眠い眼を擦りながら、ぼくはのそりと起き上がってベッドから這い出る。頭をガシガシと掻きながら、ふと目の端に机の上に置きっぱなしのノートが目に入った。黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックス―――ついに、ブラックドラゴンが見つかった。ぼくはそれを思い出して、血圧が一気に上昇するのを感じた。興奮気味に鼻息を荒くして、思わずガッツポーズを取る。


「くっ! くふっ! やった! やった!」


 やっぱりぼくの思った通りだった。黒江がブラックドラゴンだったんだ。


 一匹オオカミのアウトロー。孤高の戦士。本当に暁の騎士団のメンバーを見つけたんだ。赤間も喜んでいるに違いない。ずっと探してきた、本当の「仲間」なんだから。


「そうとなれば、あんまりぼくが邪魔するのは悪いような……。でも気になるような……」


 せっかく前世の絆で結ばれた勇者が再開したのだ。積もる話もあるだろう。あまり邪魔してはいけないな。うん。でも適度に距離を保ちつつ、様子を見守らなければ。


「くふっ。いずれぼくの描く英雄譚が新たな新世界の伝説になるのだ……!」


 ふひっ。笑いが止まらないよ。


 クスクスと両手で口元を覆いながら笑っていた所に、冷ややかな声が掛けられた。


「何笑ってんの。キモ……」


「キャア! ノックくらいしなさいよ!」


 いつの間に開けたのか、千奈実がドアを開けて中を覗いていた。年頃のお兄様のお部屋を覗くなんて、状況によっては後悔するんだからねっ!


 ぼくがそう叫ぶのに、千奈実は呆れた顔をするだけだった。よく見れば千奈実は制服姿で、もう学校へ行くところのようだ。ぼくは一瞬寝坊したのかと青ざめて、時計を見る。その様子に、千奈実が肩を竦めて見せた。


「朝練」


「ああ、そうか。大変だなあ」


「アニキも部活入れば?」


「ちぃちゃん、お兄様は部活に入ってますよ?」


「え? そうだっけ?」


「帰宅部」


「死ね!」


 朝からキツイ「死ね」を頂き、ぼくは耳を塞いだ。妹属性がある人なら即死附与のステータス攻撃だろうが、ぼくは生憎妹属性ではないのだ。千奈実はそのまま荒々しくドアを開けて、出掛けていった。あの鬼の形相のまま外に出たら、妹は嫁の貰い手がなくなるんじゃなかろうか。まあ、それならそれで。いつかDQNな弟が出来る心配はなくなって良いというものだ。あ、妹属性はないですよ?


「そっか。赤間と黒江と、改めて話そうって言ったんだっけな。うふふ。どんな話するのかなあ。やっぱ、古代闘技場で戦った時の胸熱な思い出でも語るのかな」


 ぼくはウキウキしながら、リビングへと向かったのだった。



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