第14話 右手の薬指と約束の女神



 赤間が固まったまま美少女を見下ろす。その様子に、周囲の視線が赤間に集まった。


 少女の方はそんな事に気が付かないように、赤間を見上げてニコニコと笑っている。それにしても、可愛い。テレビでアイドルを見るよりもアニメのヒロインの方が好きなぼくだけど、目の前の少女は明らかにモニター越しのアイドルよりも、はつらつとしていて可愛い雰囲気を漂わせている。見た目の可愛さだけではないのだ。みずみずしい肌や唇。ツヤのある髪に健康そうなスラッした手足。僅かに上気した頬と、キラキラした瞳が、何よりも魅力的に見えた。


 ぼくは一瞬見とれていたのを首を振って気を取り直し、隣で固まったままの赤間を見上げる。


「知り合い?」


 ぼくの声に、赤間はハッとしたように少女を見た。


みなと、何でここにっ!?」


 湊と呼ばれた少女は口元を緩め、「ふふーん」と笑って見せる。背負ったラケットをみると、テニス部なのだろう。湊の後ろに居る少女たちも、興味深そうに成り行きを見守っている。どの子もレベルが高い。


「練習試合だよー! 戌亥の学校って聞いて、逢えるかも!? と思ったけど、本当に逢えたね!」


 湊の言葉に、赤間はうんざりしたように溜め息を吐く。湊はぼくの方に気が付いたようで、視線をぼくに向けてニッコリと微笑んだ。


「聞いてねえよ……」


「言わないよ。言ったら、戌亥逃げちゃうじゃん。ね、それよりさ」


 湊がぼくの方をチラチラ見て、赤間を肘で突っつく。こんな可愛い子と知り合いだったのか。しかもこの子、ぼくを見て「ネクラ」とか「キモイ」とか言わない。何この子。天使なの?


 ぼくはグルグルと考えを巡らせ、ハタと一つの結論に至る。


 そうか、そうだったんだ!


「コイツは―――」


 赤間が言いかけたのを無視して、ぼくは彼女を見上げた―――ぼくの方が背が低かったのだ。彼女は驚いたように目を丸くしたが、叫んだりはしなかった。


「貴女は、女神ですかっ!?」


 ぼくの叫びに、赤間が吐きそうな顔をした。




   ◆   ◆   ◆




「もおー! 久遠くん面白いっ! 女神だなんて!」


 満面の笑みでぼくの肩を叩きながら、湊がそう言って笑う。バシバシ叩くのをやめて欲しい。痛い。


 女神発言を驚いた顔で受け止めた湊は、笑って「違うよぉ!」と否定した。赤間の方は鳥肌が立っていたらしく、「アホなこと言うな!」と叫びながらぼくの頭を叩いた。酷い。


「コイツは神子かみこ湊。幼馴染だよ。なにが女神だ……」


「久遠くんは私が女神のように美しいって言ってくれたんでしょお? 楽しいお友達が居たんだね。紹介してくれれば良かったのに」


 笑い過ぎて涙目になったのを拭いながら、湊がそう言う。ぼくは赤間に「不本意ながら同級生」と紹介された。


 二人のやり取りを見ながら、ぼくは確信していた。赤間―――レッドドッグと言えば、彼に祝福を与えた女神だ。女神が右手の薬指にキスをしたことで、レッドドッグは能力を得たのだ。暁の騎士団であるレッドドッグは、いつか女神に再び逢える時を信じて戦い続けてきた。


(そして今、悠久の時を超えて、女神とレッドドッグが再開した―――)


 ぼくの感情はクライマックスまで高まっている。


 手がフルフルと震え、涙があふれそうになる。ああ、なんて素晴らしいんだ。二人が普通に仲良くしているこの光景が愛おしい。今度こそ幸せに……。女神と人間。二人を別っていた摂理はここには無いのだ。今度こそ、今度こそ二人は約束を果たすだろう―――。


「うっ、うっ、お幸せにっ……!」


 ハンカチを取り出して目じりを抑えるぼくに、赤間が顔を引きつらせる。その横で湊はキョトンと目を丸くした。


「ハァ? 何言ってんだ……。つーか、何泣いてんだ? 怖っ」


「ど、どうしたの? どこか痛いの?」


 ああ、もう黒江どころじゃない。ブラックドラゴンは逃げないよ。今はこの余韻に浸っていたい。


「彼女こそが、君がその右手の薬指にかけて誓った女性だろ。ぼくは今日はこの善き日を邪魔できないよ……。君はひとりじゃない……。すでに、側に居たんだ……」


「おい、意味不明だぞ。大丈夫か? 頭殴ったのが悪かったか?」


 赤間は彼女が女神だと気付いていないのだろう。女神には刻印がないのだ。だけどぼくには解る。こんな澄んだ瞳の女性が、女神じゃないはずがない。


 そう思い、ぼくが感動にむせび泣いている前で、湊が頬を染めて赤間を見上げた。


「―――戌亥、覚えてたんだ……」


 ポツリとつぶやいた言葉に、赤間が湊を振り返る。


「あん?」


 首を傾げた赤間に、湊は唇を尖らせてそっぽを向く。


「……別にーっ。……覚えててくれたんなら、良いよ」


 そう言ってそっぽを向く湊の顔は、どこか嬉しそうだった。



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