第13話 妹は(多分)ぼくが心配


 家に帰ってインターネットでブラウザゲームをしていたら、母親の夕飯を告げる声が聞こえてきた。ぼくはヘッドフォンを外してモニターの電源を切ると、自室の扉を開けて廊下に出る。丁度、妹の千奈実が帰ってきたらしく、廊下でバッタリと遭遇した。


「あ、お帰り」


 反射的にそう言ったぼくに、千奈実は顔をしかめながら「ただいま」と呟く。なんともまあ、お兄様に対する態度が可愛くない。まあ、反抗期なんだろう。お兄様は心が広いので許してやろう。


 ぼくの横を通り過ぎて、リビングに向かった千奈実だったが、ふと足を止めて振り返った。ぼくの方を見ながら、眉間に皺をよせる。


「アニキさあ」


「ん?」


 反抗期のせいか、ぼくがあるアニメにハマった時に「お兄ぃたま」と呼んでくれと言ったせいなのか知らないが、千奈実は今はすっかり「アニキ」呼びだ。このままずっとアニキだったらどうしよう。ぼくのタイプ的に「アニキ」ってキャラじゃないんだけど。


「―――あの、赤い髪の人、友達だよね?」


「赤間? まあ―――メル友ではあるかな」


 ぼくはふふん、と得意げにそう言って見せた。赤間にとって僕は友達なんてものじゃないだろうけど、千奈実の前でぐらい見栄を張らせてもらおう。どうせ知られることはない。

 最近この話題多くない?


「へぇ、マジで友達いたんだ。……あのさあ、別にパシリとかやらされてるんじゃないなら良いけど、変なのとつるんでると怪我とかすんじゃないの?」


「―――ちぃちゃん、お兄様を心配してるの?」


 思わず目を瞬かせてそういったら、千奈実のキックが脛に直撃した。痛い。


「キモイ! 今日も駅前とかマンションの近くとか、ガラの悪そうな連中がウロウロしてたから言ってんだよ!」


「大丈夫だよ。赤間は心優しい少年だから」


 心配して顔を真っ赤にする千奈実に、ぼくは手をパタパタ動かしながらそう答えた。千奈実は意味が分からない様子で眉を顰める。居間に飾ってある花を見れば、千奈実も納得するに違いない。

 花が好きな奴に悪い奴はいないよね。


 悪人だったら、やっぱ花を踏みつぶしたりしちゃうんだろうし。


「まあ、でも確かに治安は悪いよねえ。千奈実のほうが気を付けないと。(一応)女の子なんだし」


 マッドライダーズたちが襲ってきたのもあるしね。ああいう暴走族みたいなのが、案外この辺は多いんだ。地域の掲示板なんか見てると、しょっちゅうあちこちのチームの話が出てくるので、ぼくもなんとなく名前を知ってる人達もいる。


 千奈実は唇を曲げて黙り込んだが、ぼくの隠れた思いに気付いたように、もう一発蹴りを入れてきた。




   ◆   ◆   ◆




 翌日、学校に行った僕は早速行動を開始した。と言っても、朝の短い時間や休み時間では、細かい話ができなさそうだ。だから放課後に黒江に突撃することに決めたのだ。


 そう思ったのだが、色々と弊害がある。


 3年生の教室までは、この学校でかなり治安の悪い部類にはいる場所を通らなければならない。何故ならば、3年生まではこの学校、かなり評判が悪い不良高校だった頃の名残が残っているからだ。なんでも、2年程前まで番長とかいう、時代錯誤な存在が居たらしい。その男が学校を牛耳っていたわけだが、周辺の学校を巻き込んでのかなり大きい暴走族チームを作っていたもんで、そのせいで学校はかなり入学率が低くなった。おかげで、ぼくもすんなり入れたわけだけど。


 とにかく、3年生は危険なのだ。2年生にも憧れてちょっとヤンチャする連中もいるんだけど、3年生ほどヤバくない。3年の教室に向かう階段の壁にはスプレーで落書きがされていて、それがかつて存在していた『百鬼』というチームのロゴらしかった。その落書きを消そうとした先生たちは病院送りにされたし、その上に落書きをしようとした2年生はかなりひどい目に遭った。そのぐらい、伝説の存在らしい。


 いずれにしても、黒江を呼び出すのは困難に近い。取り敢えず赤間がなんとか出来ないか相談したいが、今日は裏庭にも屋上にも、トイレにもいなかった。下駄箱に靴はあったから来ているのは確実なんだけど。


 そうすると、思い付くのは生徒指導室くらいで、何もやっていないぼくは立ちいる事が出来ない。赤間が出てくるのを待つしかないだろう。


 ま、まあ一人で特攻しても良かったんだけどね? ぼくが赤間より先に仲間に巡り会うのはドラマ的に良くないし。別に、ぼくのジョブ『空気』が、不良相手だと通用しない事があるとか、そういうことじゃないよ?


 赤間もさすがに放課後には戻ってくるだろうし、一緒に行動しようという奴だよ。




「くっそ、センコーめ……。髪引っ張りやがって……」


 赤間はそう言って、ブツブツと文句を垂れた。どうやら、髪の色で生活指導を受けたらしく、その場で黒く戻せといわれて大騒ぎになったらしい。結局は、明日までに戻して来いという先生の指導と、反省文をその場で書かされたらしいが。


「髪の色ぐらい何でもいいけどねえ……」


 そんな事を言うのなら、ピンク色のトサカ頭にも何か言って欲しいもんだ。まあ、見た目に反して赤間は学校で騒いだりしないから、先生に目をつけられちゃったんだろうな。先生も人間だし、言えない相手もいるんだろう。うん。


「それにしても、なんでだろうね、いきなり」


 ぼくの言葉に、赤間は肩を竦めた。多分生徒指導室だろうと、目の前で待ち構えていたおかげで赤間と無事合流を果たしたぼくは、結局放課後になってしまったので、そのまま昇降口で黒江を待ち伏せすることにしたのだ。赤間はいやそうだったけど、しぶしぶついてきてくれた。なんでも、生徒指導室を出た時に、ぼくを見て先生がギョッとした顔をしたのが楽しかったんだそうだ。


「お前山口の弱みとか知らねえの?」


 赤間が生徒指導の山口先生の事をぼくに振ってくる。山口先生は四十代半ばの妻子持ちの先生だ。奥さんも教師らしい。生徒指導という立場もあって、いつも生徒たちに厳しく接するので、あまり好かれてはいないだろう。


「いやー、知らないよ。流石に。ぼくが知ってるのは国語の野崎先生と一時期不倫してたって事だけで、今はしてないもんねえ」


「オイ」


 赤間が「マジかよ……」と呟いている。うんうん。ぼくもショックだった。野崎先生だったら可愛いんだから、あんなオッサン相手にしなくても良いのにね……。


 そんな事を言いあっていると、俄かに正門の方が騒がしくなって、ぼくたちは視線を正門に向けた。


「ん? 何の騒ぎだ?」


「なんか、違う学校の人たちっぽいね。ああ、だから先生、黒くしろって言ってきたのかあ」


 どうやら、練習試合で他校生がやって来たらしい。見慣れないブレザーの制服が遠めに見えた。みんな女の子ばっかりみたいで、男子比率の高いうちの高校の生徒たちがジロジロとそちらを眺めている。


 山口先生は彼女たちの学校に、ぼくらの学校の印象を悪くしたくなかったのだろうが、赤間一人をなんとかしても仕方がないんじゃないかな? 窓に三年生の凶悪な顔した生徒たちがひっついてるし、ピンクトサカも窓から身を乗り出している。みんな、放課後だっていうのに学校に居過ぎじゃない?


 赤間が興味なさそうに、視線を外した時だった。


「戌亥っ!」


 人気女性声優みたいに可愛い声が、赤間の名前を呼びあげた。その声に、ぼくも赤間もびっくりして、正門に集まった女子生徒たちの方を見る。ラケットを持っているところを見ると、テニス部のようだ。


 赤間は振り返って、嫌そうに顔を顰めた。


「―――湊!?」


 湊と呼ばれた少女は、栗色の艶やかな髪を肩まで伸ばした、アイドルみたいに可愛い女の子だった。

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