第12話 花と不良と謎の少女と




「くそババア……」


 赤間が呻きながら頭を抱えている。ぼくは苦笑いして、「ごめんなさい~」と笑っている赤間のお母さんを見上げた。母親というよりもお姉さんといった感じの若さを感じる。うーん、うらやましい。素敵な女性じゃないか。


「いえ、ぼくの言葉選びが悪くて……ごめんね? 赤間」


「お前、謝るって出来たのか」


「戌亥!」


 心底驚いたように、ぼくをみてそう言う赤間に、お母さんの方が怒鳴る。


 心外だ。ぼくは謝ってばかりの人生だけど? 不良に絡まれたらすかさず「ごめんなさい!」。先生に怒られそうになったら「スミマセン!」だ。まあ、「目立たず空気」が失敗した時に限るけど。


「それにしても、ちゃんと学校に友達がいたのねえ。安心したわ」


「いや、友達じゃ……」


「面倒だからそう言うことにしとけ」


 否定しようとしたぼくに、赤間が耳打ちしてくる。お母さんは自分の世界に浸っているようで、ぼくたちの会話は聞いていなかった。

 赤間もいつも一人だとは思っていたけれど、友達がいなかったのか。そうかもしれない。前世の仲間を探していたらそんな暇はないし、友達といても前世の事が頭をよぎって寂しい気持ちになる……。うん、そうだよね。そうだ。そうに違いない。


 もっとも、オタクとヤンキーが友達が少ないのは周知の事実であるのだが。赤間も普通に黒髪なら、もっと取っつきやすそうなんだけどね。面倒見良いし。


 取り敢えず「使いっ走り」と言った事を、「尊敬している」と言い換えたことで、お母さんはぼくが友人だと思ったようだ。まあ、尊敬してるといったぼくに、赤間は気持ち悪そうに鳥肌の立った腕を撫でていたけど。やだなあ。尊敬してるのは本当なのに。


「アンタなーんにも学校のこと話さないから、心配してたのよ。いっつもケンカばっかでケガして……。でもこんな真面目そうなお友達がいるなら、心配なさそうね」


「真面目……?」


 赤間が妙な視線でぼくを見てくる。ぼくの真面目さを見抜くとは。さすが客商売。それともぼくの人徳かな? うふふ。


 ニヤニヤしていたら、赤間がツンツンとぼくの脇腹を突っついてきた。やめてよ。


「湊ちゃんも心配してたんだから」


「うるせえよ。関係ねーだろ」


「湊ちゃん?」


 首を傾げるぼくに、赤間は唇を曲げた。


「良いんだよ。そんな話は」


「青春ねえ~」


 お母さんはそれだけ言うと、丁度入口に来たお客さんの方に行ってしまった。仏壇用の花を買いに来たらしい年寄りの相手を笑顔でしている。


「―――で、お前はなんでここにいんの?」


「花を買いに」


 赤間の拳が飛んできた。ごん、と音を鳴らして響く頭に、ぼくは頭を抑える。


「いたっ」


「嘘つけ!」


「まあ、ノリです」


 正直に言うと、赤間は呆れたように椅子に背をもたれた。よく見るとちゃんとエプロンもしてるんだな。家の手伝いとかするイメージなかったから意外だ。


「手伝いとかするんだね」


「今日はたまたまだ。お袋が飯作ってる間だけ」


 なるほど。でもそんなこと言って、結構手伝ってるんでしょ? って顔でニヤニヤ見ていたら、ほっぺをつねられた。なんでわかったんだ。


「ぼくはこの先のお醤油屋さんにお醤油買いに来たの」


「ああ、あそこの美味いよな」


 赤間も知っているらしい。まあ、近所だしそりゃそうか。外食の醤油が味気なく感じるようになっちゃうんだよねえ。しょっぱいだけでうま味がないっていうか。


「夕飯に間に合わなかったら怒られるから、そろそろ行こうかな」


 そう言って立ち去ろうとしたぼくを、赤間が呼び止めた。レジ近くにあったバケツから花を数本取り出して、新聞紙にくるんでぼくに渡す。


「ロス品だけど、水やりゃ復活するから持ってけよ。母ちゃんとかわかるだろ」


「あ、いいの? ありがとう! 今度は買うね!!」


 そうか、お花値下げしても売れ残ったら、きっと捨てちゃうんだよね。ロス品ってそういうことなんだろうなあ。今度買ってあげよう。母親は多分嫌いじゃないだろうし。それともお部屋に飾っちゃおうかしら?


 ぼくはお礼を言って、まだ入り口近くで接客している赤間のお母さんに会釈をしてから店を出た。なんだか意外な一面を見たなあ。


  浮足立って花を抱えながら歩きながら、ぼくは商店街の通りから空を見上げる。もう空が黄色っぽくなってきている。あっという間だな。


 急いで帰らないと。そう思い醤油屋さんに足を運ぼうと方向を変えた時、ぼくは不意に路地の影からこっちを見ている人影に気が付いた。今時珍しいぐらい茶色にブリーチして傷んだ髪をした女の子が、赤間の家の看板を睨むように見上げている。グレーのパーカーに黒いスエットを履いている。化粧のことは良くわからないけど、アイメイクはバッチリだった。


(―――赤間の、ファンの方かな?)


 じっと見ている姿がほほえましくて、ぼくはほっこりした気分で少女を眺め、それから醤油屋の方へ足を向けた。


 赤間はヒーローだからモテる。うんうん。そう思って一歩踏み出して、ぼくはふと黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスに書かれた設定を思い出した。


 レッドドッグは、ムードメーカーだがトラブルメーカー。可愛い女の子に頼まれて、罠に誘い込まれることもある、ちょっとお茶目な一面のある戦士だ。


 ぼくは何となく嫌な予感がして、少女が居た辺りを振り返った。


「―――いない」


 すでに少女は立ち去っていた。そのことに、何となくざらつくような感覚がしながらも、ぼくは首を振って再度商店街を歩きだした。







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