第11話 まるで普通の日常じゃない?



 危なかった……。


 ぼくは薄暗い自室の机に突っ伏した。電気もつけずにこうしているのはいつもの事で、それを見たあまり可愛くない妹の千奈実が「ネクラ。キモイ」と言うのはわかっているが、ぼくもやめる気はあまりない。暗いほうが落ち着くし、集中できるのがぼくなのだ。


 そうやって額を机に擦りながら、ぼくはプールの側での出来事を思い出す。


(言ってしまった……)


 あんなに慎重に紋章の事を避けていたのに、つい口走ってしまった。赤間も、なぜぼくが紋章の事を知っているのかと驚いていたようだ。まあ、驚いているところを畳みかけるように情報を被せ、話をブラックドラゴンの紋章の話にすり替えたのは、我ながらファインプレーといわざるを得ないだろう。


 赤間は何か言いたげではあったけど、ぼくが関わることを許してはくれたし、今度は正攻法で黒江に紋章の件を聞くことになりそうだ。ぼくは気を取り直して、鞄の中から黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを取り出した。表紙を指でなぞりながら、ぼくはじっと黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを見つめる。


 思えば、このノートを描き始めてから、引き寄せられるように世界の秘密に踏み込んだ気がする。赤間という存在。暁の騎士団。ぼくはどこまで踏み込めるんだろうか。出来るだけ、この物語を見届けたい。


 ぼくは頷いて、黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを開いた。真っ新なページを開いて、手のひらを乗せる。


 とにかく、ブラックドラゴンの紋章を見つける。それが先決だ。ぼくの直感が正しいのならば、その紋章は必ず黒江の身体のどこかにあるのだから。




   ◆   ◆   ◆




 残念なことに、翌日は学校が休みだ。なんということか、出鼻をくじかれた思いだけどそればかりは仕方がない。黒江と遭遇出来ないならば、することも特にない。やりかけのゲームでもやろうか、それとも録画したままになっているアニメでも見ようか。


 そう考え、そう言えば結局漫画とラノベの新刊をチェックしていない事を思い出す。学校が始まればまた忙しくなるんだ。今のうちに本を買って、読んでしまおう。そう思い、ぼくはダラダラと寝ころんでいたベッドから起き上がった。鞄の中に念のために黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを突っ込んで、パーカーを羽織ってリュックを背負う。


 ぼくが部屋を出ると、母親が声を掛けてきた。


「チトセ、出掛けるの? ついでにお使い行ってきて」


「えー?」


 台所から顔をだしてそう言う母親に、ぼくは顔をしかめる。ぼくは本屋にしか用事がない。面倒だ。


「千奈実に頼んでよ」


「ちぃは部活。部活帰りじゃ暗くなっちゃうでしょ? それにお醤油重いから。お釣りはあげるから」


 そう言って母親はぼくに千円札を差し出した。お釣りをくれるというなら、まあ。うちで使っているお醤油は、スーパーでは売っていない。駅前から続く商店街にある醤油屋さんの醤油で、四合瓶サイズで756円。瓶入りなのでちょっと重い。


 ぼくは母親からお金を受け取って、ポケットに突っ込んだ。


(千奈実は部活か。首は治ったのかな?)


 首を痛めてイライラしながら部活を休んでいた妹を思い出しつつ、ぼくは靴を履く。千奈実はバレー部のエースとかいう奴らしい。運動音痴の兄とはえらい違いである。期待されている彼女なので、無理をして行ったのかもしれない。悪化せずに帰ってくることを祈っておいてやろう。


 ぼくはトントンとつま先を鳴らして靴を奥まで突っ込むと、玄関のドアを開いて家を出た。


 醤油があるなら、先に本屋を回って、それから商店街に行った方が良いだろう。ぼくの家から大通りに出て暫く歩いたところに、本屋はある。新刊がある事を期待しつつ、ぼくは本屋の自動ドアを潜り抜けた。エプロンを付けた覇気のないアルバイトの青年が、「いらっしゃいませ」と挨拶するのを聞きながら、真っ直ぐ奥の書棚の方に向かう。ビジネス書籍の横を通り抜け、女性誌がある棚をすり抜け、その奥にコミックのコーナーとライトノベルのコーナーがある。目につくのはアニメ化が決まっている作品と、大手雑誌社の人気コミックで、ぼくが好きで呼んでいるコミックは奥の方に鎮座している。こういう本から、直感インスピレーションで良作と出会えると嬉しくなるし、それがアニメ化なんかしたもんなら、やっぱり自分の目に狂いはなかったと、ガッツポーズしたくなる。好きな作品を共有できる友人は居ないけど、そうやって世界中のファンと感情を共有するのもまた楽しいもんだ。


 新刊のコーナーを一週して、購入している漫画や小説の新刊がまだ出ていない事を確認したぼくは、せっかくなので新しい出会いを探して棚を巡回し始める。タイトルで興味を引いた作品のイラストを手に取って眺める行為を繰り返す。


(うーん……。今回は良いかなあ……)


 めぼしい作品には出会えず、ぼくは溜息を吐く。興味を引く題材がないのは残念だが、次の機会にかけるとしよう。あまりウロウロしていてもバイトの店員さんがジロジロと見てくるからね。目を付けられたらエッチな本を買いにくくなるし、仕方がない。


 ぼくは本屋を出て、横の路地裏へと入りこんだ。駅まで続く路地裏は静かなもので、人通りはあまりない。壁にはスプレーで落書きがされているから、夜には若い不良とかがうろついているのだろう。赤間を最初に目撃したのもこの路地だし、マッドライダーズたちに追いかけられた歩道橋があるのはこの先だ。ぼくは歩道橋を駆けのぼって、線路を見下ろしながら歩く。少し先に歩いたところで、地面に焼け焦げた痕が残っているのが目に入った。


 赤間のブラストファングがさく裂した痕跡だ。


(すごい威力だったなあ)


 思わずにまりと笑いながら、足先で焦げた後を突っつく。歩道橋を降りた先が、マッドライダーズたちが追いかけてきた路地だが、当然ながら今日は誰もいなかった。路地の方へと降りて辺りを見回すと、落書きやステッカーを張られた壁や歩道橋が目についた。駅の近くとあって、若者が貯まっているのだろう。


 路地から抜け出て、すぐにぼくは商店街の方へと向かった。飲み屋も多い商店街は、昼間はシャッター街のようでもある。いくつか開いているのは昼間もやっている定食屋と花屋、和菓子屋で、ぼくが用事があるのはその先の和菓子屋の隣にある醤油屋だ。


 花屋の前を通り過ぎようとして、ぼくは見慣れた赤が目に入って思わず足を止めた。


「アレ?」


 店の奥のレジのところで、赤い髪の少年が居眠りをしている。机につっぷしていて顔は見えないが、見間違いない。思わずぼくは店の看板を見上げた。「フラワーあかま」間違いない。


 ぼくは恐る恐る、花屋の中に入りこんだ。花屋なんか、妹と母の日に一緒に花を買いに来た小学生以来じゃないだろうか。すこし緊張しつつも、花の匂いのする店内に入りこむ。店の奥で物音がするから、多分他にも人が居るんだろう。赤間はレジの横のテーブルでうたたねをしていた。


「赤間!」


「うあっ!!」


 ぼくの声に、大げさなほど赤間が声を上げて起き上がる。それから何が起きたかわからないような顔できょろきょろと辺りを見回して、ぼくと目があって驚くほど目を見開いた。


「お、まえっ……! なんでここに」


 パクパクと口を動かす赤間の声が聞こえたのか、店の奥から女の人が顔をだした。痩せて背の高い、エプロン姿の女性だ。少し若いが、赤間のお母さんだろう。目元が良く似ている。


「戌亥? なに騒いでるの? お客さん?」


「っ……! 関係ねー! くんな!」


 追い返そうという赤間に、ぼくはドアの方に向かって会釈した。赤間のお母さんなら、ちゃんと挨拶せねばならないだろう。(使命感)


「こんにちは」


「あら、お友達?」


 笑顔で靴を履きながらやって来る赤間のお母さんに、赤間が「違うっ!」と首を振る。ぼくも手を上げて振りながら、否定した。


「違います。ぼくは赤間くんの使いっ走りといいますか」


 ぼくの言葉に、赤間が僕を見て白い目をした。お母さんの方は青くなって、それから真っ赤になって赤間の方を睨む。


「戌亥! どういうことなのっ!?」


「このっ……! オイ、久遠! てめえ適当言ってんじゃねえっ!!」


 あれ? 言葉の選び方を間違えただろうか。


 ぼくはただ、赤間の事を支援して見守る役割だと言いたかったのだが。


 そんなことを説明する暇もなく、気が付けば赤間の頭にはゲンコツが振り落とされていた。



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