第10話



 善は急げ。


 それとも、急がば回れだろうか。


 とにかく、行動しないことには始まらないのは明確だ。ノーベル賞を取るアイディアがあっても、頭の中だけじゃ何も産み出さないって、ぼくの叔父さんが言っていた。何事も行動がすべてなのだ。


 ぼくは至ってアクティブなタチではないけれど、暁の騎士団については別だ。一瞬でも逃したら、夢が覚めてしまいそうで嫌なんだ。


 ぼくが職員室のパソコンから入手した情報では、黒江は3年2組。今日はもう授業が無いが、明日早速授業がある。時間は3時間目だ。授業をサボることになりそうだけど、仕方がない。ちなみに、ぼくが情報を引き出した山田先生のパソコンのパスワードは、「Ajifly」だった。いくらアジフライが主食の独身だからといって、ちょっと単純だと思う。スマートフォンは別のパスワードにしてるようだから、そのあたりは感心するけど、そっちもどうせ単純なんだよね。


 ぼくは取りあえず、今日出来ることはないだろうと、その日は大人しく帰ることにしたのだった。





 翌日、3時間目の授業を抜け出し、ぼくは校庭の隅へとやって来た。プールの近くの茂みに身を隠して待っていると、赤い髪を風になびかせながら、不機嫌そうな赤間がこっちにやって来る。いつもインナーに赤いTシャツを着てるけど、何枚持ってるんだろうか。今日の柄には「Fuck y×u!」と描いてある。


「赤間! こっちこっち!」


「デッケー声出すな。クソチビ」


 赤間は苛立ちながら頬を引きつらせて、傍までやって来る。茂みの近くまで来てから、プールの方を見上げてチッと舌打ちをした。


「マジでやんのかよ……」


「うん。もう授業始まってるから、更衣室に忍び込んで制服を盗んでくるね」


「……鍵はセンコーが持って―――持ってるんだな、ここの鍵も」


 赤間はぼくが更衣室の鍵を入手済みなのを理解しているらしく、そういってため息を吐いた。ぼくはニッと笑って、鍵を取り出して見せる。ちなみに女子更衣室の鍵も入手済みだが、まだ使ったことはない。持ってるだけでちょっと興奮するよね。


「俺は何すんだ」


「赤間は念のため見張っておいて」


 ぼくはあまり目立たないから、多分問題なく侵入出来ると思うけど、念には念を入れたほうがいいだろう。いざとなったら、赤間の機転で何かしてもらえば、注目はぼくじゃなく赤間に行く。赤間が更衣室に忍び込むより、ずっと現実的なはずだ。


 ぼくは赤間に背を向け、更衣室の方へと進んでいく。更衣室は上部に小さな窓があるだけで、こもってて着替える時暑いんだ。中がまた、消毒の匂いと汗の臭いが混ざって、ちょっと咽そうになる。ぼくは咳き込むのだけ気を付けなきゃ、と思いながら、更衣室のドアに鍵を差し込んだ。ガチャリと音がして、ドアの鍵が開く。


 念のためプールの方を見たが、胸毛のすごい体育の先生がピーッと笛を吹きながら、水泳の記録測定を行っているようだった。見学の女子も気が付いていないようだ。大丈夫だろう。


 ぼくはドアノブを回して、更衣室の中に入りこむ。予想通りの熱気と湿度。むせ返る臭いに、「うっ」と呻いてしまったが、予想していたので何とか耐える。ぐるりと周囲を見回すと、中央のベンチの上に投げっぱなしの制服が置かれていた。他にも、木でできたロッカーの中に制服が無造作に突っ込まれている。


(よし。この中に黒江の制服一式があるはずだ)


 ぼくは手始めに、目に入ったベンチの上の制服に手を伸ばした。




   ◆   ◆   ◆




 暑い。


 プールに入ってる3年は良いだろうが、こっちは裏手の草むらで待ちぼうけだ。久遠が更衣室に侵入して10分以上経ってるだろうか。木陰とは言え、今日の気温は高い。額からダラダラ流れる汗の不快さに、俺は眉間に皺をよせる。


(何でこんな事してんだか……)


 関わり合いになりたくないが、多分ここで逃げても逃げた先まで追いかけて―――いや、先回りして来るんだろう。幽霊に憑りつかれたようなもんだ。仕方がない。


「―――お祓いとか、効かねぇかな……」


 ボソッと呟いたタイミングで、更衣室から久遠が出てきた。慌てたようにこちらに向かってくる。手には何も持っていない。


(赤間!)


 久遠が小声で叫ぶ。俺は顔をしかめて、額の汗を拭いながら立ち上がって久遠の方を見た。久遠は慌てた様子で、ワタワタと手を動かしている。


「どうした」


「制服が!」


 俺は眉を顰める。サボりか? 制服がなかったのだろうか。だとしたら、この計画は失敗だ。


「制服が、同じでわからない!」


「―――バカかテメェは」


 べしっと久遠のモサい頭を殴って、思わずツッコミを入れる。


 そう言えば、うちの制服は1から3年まで全く同じデザインで、名前を表示する胸章などはない。正確には、前を開けた見返しの部分に名前を書くラベルみたいなもんはくっついてるんだが、大抵のやつはここに名前なんか書きやしない。俺も書いていない。


「3年生全然書いてないんだよ! 名前! 書かなきゃわからないじゃんね!?」


「ああ、お前は書いてあるんだな」


 納得頷くと、久遠は誇らしげな顔をして、制服の前を開けて名札を見せてきた。


「うん。十六夜彼方いざよい かなたって書いてあるよ!」


「誰だよ」


「『鬼畜勇者イザヤ~異世界の女は俺のモノ~』の主人公の名前だよ!」


 力説する久遠に、俺はガクッと肩を落とす。


「アニメか……」


「ラノベです!」


 どっちでも良いわ。

 まあ、間違えなく、学内全員の学ランの名前見ても、被ってたりしないだろう。確実に自分の制服だとわかるな。


「とにかく、これじゃ計画は無理だな。帰ろうぜ」


「うう……紋章が分かると思ったのに……」


 久遠ががっかりしたように肩を落とす。俺としては、面倒な事にならなくて良かったという所だ。どっかでバレて、3年生の学ラン(とパンツ)を盗んだと思われたら、恥ずかしいでは済まない。社会的に抹殺されるレベルだろ。久遠はステルスで助かるかもしれないが、俺は多分アウトだ。


「ん? 紋章?」


 久遠の言葉に、俺は首を捻って立ち止まった。久遠の方を見ると、「ん?」と首を傾げて俺を見上げている。


「なんだ、紋章って」


「コレ。赤間にもあるじゃん―――あ、っと、これは秘密のモゴモゴ……」


 だんだん語尾が小さくなる。俺は顔をしかめて、久遠の耳を引っ張った。


「いだだだだだ!」


「オイ、何の事だ」


 久遠はジタバタと手を動かしながら、抵抗してくる。だが俺は手を緩めず、逆に睨みを効かせてやった。


「オイ。テメエ、ぶん殴られたくなけりゃ、言え。何の事だ」


「痛いって! 赤間にもあるでしょ! 左手首に!」


「あん?」


 俺はそう言われ、自分の左手首を見た。円からはみ出したVマーク。そこからさらに線が引かれ、不可思議な魔法陣のような文様が浮かんでいる。丁度時計の下に隠れる位置に、その文様はあった。


「―――なんだ、っけ……」


 思わずポツリとそう言って、俺は久遠の耳を離した。こんな文様、あったっけ? どこかのチームのチームロゴみたいだ。


「あ、うんうん。大丈夫、ぼくは何も知らないよ。うんうん。秘密だもんね」


「あ? おい」


「で、黒江にもあると思うんだよ!!」


 どういう意味だと聞こうとした俺に、久遠が有無を言わさない強さで、ズイと俺に顔を近づける。


「黒江にもある? このマークが?」


「そう。正確には、コレ!」


 そう言って、久遠が腹の下からノートを取り出した。大学ノートに黒いマーカーで十字をつけた、妙なノートだ。そう言えば、ぶっ倒れて俺が家に運んでやった時、同じノートを持っていた気がする。適当に鞄に詰めて運んだもので、中身までは見なかったが。


 久遠は俺にノートのページを開いて、目の前につきだした。円の中に星マークが描かれており、そこに斜めに三本線が走っている。確かに、俺の手の文様とは違う。だが、同種の臭いがした。


「あん? なんだコレ。お前が書いたのか?」


 ついそのノートを掴んで、他のページを捲ろうとした俺に、久遠がすごい剣幕でノートを奪い返す。


「ああああっ! ダメだっ!」


「うおっ!」


 あまりの剣幕に、俺はびっくりして手を放す。久遠の腕の中に、しっかりとノートが抱えられていた。びっくりしすぎて心臓がバクバクしてやがる。くそ。


「何だよ!」


「これは、ダメだ……。危険なんだ……」


 久遠が深刻そうな顔をして、長すぎる前髪の隙間から俺を見上げた。その表情は真剣そのもので、思わず俺はゴクリと喉を鳴らす。


「き、危険?」


 久遠はコクンと頷く。俺は顔を引きつらせて、久遠を見下ろした。危険とか言ってるが、たかがノートじゃねえか。そう思うが、相手は久遠だ。黒魔術かもしれんし。


「これを見たら……死ぬ!!(ぼくが!)」


「し、死ぬ!?(俺が)」


 俺はゾッとして、久遠の抱えているノートを見下ろす。


 ノートを見ただけで死ぬとか。マジで言ってんのか? いや、でも。


 俺はマッドライダーズたちに追い回された、あの夜を思い出す。絶体絶命だっていうのに、久遠が「右手を」とか言って、突きだした俺の右手から、なんだかわからねえが変なカタマリみたいなもんが噴き出した。爆発したというか、衝撃が来たというか。


 とにかく、あの時何かがあったのは、確かなんだ。それに、久遠が絡んでいる。


 その久遠が「死ぬ」というのだから、死ぬのだろう。


 俺は血の気の引いた顔で喉を鳴らすと、久遠を改めて見た。俺にもある文様。これが、黒江にもあるらしい。どうやら、奇天烈なことを言って裸にするとか言っていたが、そっちが目当てだったらしい。


「よく、わかんねぇけど……」


 俺の態度が和らいだのに、久遠はホウと息を吐いて、ノートを腹の中に戻した。常に持ち歩いてんのか。取り敢えず、ヤバイノートを持ってるらしい。気を付けよう。


「マークを探すんだな?」


「そう!」


 裸に剥くよりは、難易度が下がった気がする。俺はため息を吐いて、頭を掻いた。


「普通に聞こうぜ。マークがあるか」


「ええ~?」


 俺の提案に、何故か久遠は不満そうだった。


 俺だって変なマーク探せとか、わけ解らないんだ。さっさと終わらせてほしいもんだぜ。





   ◆   ◆   ◆





 学校を終え、俺は商店街を歩く。どこかに寄って帰ろうかと思ったが、久遠のせいで疲労が酷い。今日は帰ってもう眠りたい気分だ。


(そう言えば)


 久遠への怨念をやつの家の方に向かって送りながら、俺はふと自分の左手首を見た。いまだそこに、見覚えのないマークが浮かんでいる。はっきり言って気味が悪い。ずっとそこにあったように存在していて、擦っても洗っても消えやしない。その上、最初からあったような気にもなってくる。


 いや、無かった、よな?


 自信を無くして、俺は家の扉を開く。廊下を抜けて部屋に入ると、飯を作っている最中だったらしく、台所にお袋が立っていた。


「ただいま。店は?」


「お帰りー、戌亥。みなとちゃん見てくれてるわよ」


「ふうん」


 俺の気のない返事に、お袋は「ふーんって何よ!」と怒っている。


 俺のお袋は見た目はまあまあ若い。というか、若作りしている。Gパンに白いシャツを着て、エプロンを付けた格好で、髪はやや茶色いが地味に一本縛り。若くして俺を産んで、親父が死んでからは一人で花屋を切り盛りしている。仕入れも販売も、お袋一人だ。たまに俺も店に出るんだが、客が逃げると引っこまされる。大抵は荷運びなんかを手伝うぐらいだ。


 手伝いに来ているという、幼馴染の湊には後であいさつに行くことにしよう。近くの女子高に通う、お節介な幼馴染ってヤツだ。花が好きだとか言って、しょっちゅうやって来る。来るたびに「ケンカはやめなよ!」とか「お母さんに心配かけちゃダメ!」とか言ってくる面倒臭い奴だ。


「そうだ。お袋さ、ちょっと聞きたいんだけど」


 お袋は揚げ物をする手を止めて、俺の方を見た。今日はコロッケらしい。


「んー?」


「コレ。昔はなかったよな?」


 俺は左手首を見せて、お袋にそう聞いた。するとお袋はケラケラと笑って、手をパタパタさせる。


「ああ、それ~? なんだろうねえ、生まれた時お父さんも、変なアザがあるって、大騒ぎだったんだよ。何、今更気になるの? 病院で消してもらおうか?」


 お袋の言葉に、俺は一瞬固まって、それから「い、いや」と首を振った。


 腕にくっついた文様の違和感に、俺はどうしようもない不安を覚え始めた。



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