第5話



 路地を歩くぼくの横に、ムスッとした顔で赤間が歩いている。なんかすごい光景だ。いつもなら存在感がなくなって、透過率70%くらいあるんじゃないかってぐらい、誰にも気にされないぼくだが、今は赤間というオプションのおかげで変に見られている感じがする。チクチクと刺さる視線が気になって、思わず赤間に隠れ気味に歩いてしまうが、その度に赤間が上から睨んでくる。


 うう。良いじゃん。見られるのに慣れてないんだよ。


「チョロチョロすんな。鬱陶しい」


「だって視線が気になるんだもん。おかしいでしょ? ぼくと赤間が並んでるのは。ぼくだって自分のスペックってものを良く分かってるからね」


「テメーの存在感が無ぇのは、その腐れ根性のせいだろうが。自虐ヤメロ。うぜえ」


「自虐じゃないよ。事実だよ」


 ぼくはそう言うが、赤間は聞いてくれないようだ。


 それにしても、レッドドッグが面倒見が良いのは知っていたが、まさか赤間とこんな風に話す日が来るとは思わなかったよ。ぼくとは縁遠い人間だと思ってたしね。でも話してみれば結構話しやすいし、口が悪いだけで良い人みたいだ。今も「コンビニに用があるだけだ」とか言ってるけど、どうやら送って行ってくれるらしい。ぼくからすれば、赤間が居る方が目立つような気もするんだけど……。それは好意だから言わないでおこう。多分心配してるのは、ぼくが途中で絡まれることじゃなくて、ぼくが仲間を探しに行くことだろうからね。


 赤間は心配しすぎだ。夜の街は確かに危ない。この辺には不良が多いし、夜中になるとうるさいバイクの音が朝まで鳴りやまないことも多い。オヤジ狩りに遭ったなんて話も聞くし。でも、ぼくは今のところ大丈夫だ。夜、抜け出すのも初めてじゃない。だってホラ、ちょっとえっちな本とか買うのに、日中は買えないじゃない。千奈実に見つかったら白い目で見られちゃうし。


 とにかく、今日は赤間に見つかっちゃったのが運の尽きだったと思おう。仲間探しはまた明日仕切り直しだ。


 そう思い、視線を赤間に戻したぼくは、左手に時計を嵌めていない事に今気が付いた。


「あ」


 小さく呟き、赤間の左側に回る。赤間は「なんだよ」と声に出しつつ、立ち位置を変えたぼくを視線で追った。鬱陶しそうに身体を捻る赤間の、ポケットに突っ込んだ手を確認する。薄暗くてよく見えない上に、ポケットの中に入った左手首に、ほんの少しだけ紋章が見て取れた。


(やっぱり、見間違いじゃない)


 ぼくはホッとして頷く。


「なんだよ」


「ううん」


 ぼくは首を振ってそのまま歩き始めた。見間違いだったり、消えていたらどうしようかと思ってたのだ。レッドドッグとは呼ばせてもらえなかったけど、印は確かに存在している。ぼくにはそっちの方が重要だ。


 足取り軽く歩いていた時だった。通りの向こうに、不穏な影が見える。十台近くのバイクが、集まってエンジンを噴かす音を響かせていた。


「―――」


 赤間がその連中を見て、顔色を変える。威嚇するような音を立てるバイクが、ヘッドライトをこちらに向けた。


「チッ! 久遠、走れ!」


「えっ!?」


 何が何だかわからないうちに、赤間にパーカーの襟を掴まれる。そのまま半分くらい引きずられるように、ぼくは赤間と共に闇の中を駆けだした。


「何なの!?」


 ぼくは振り返りながら赤間に聞く。背後で、けたたましい音を立ててバイクが走り出した。


「マッドライダーズだ。クソ」


「何だかわかんないけど、バイク相手に逃げられるわけないよね!?」


「うるせえよ!」


 赤間に説明を受けても、ちっとも解らない。解ったのは、バイクの集団はマッドライダーズという名前で、どうやら赤間を狙っていると言う事だ。トラブルメーカーでもあるレッドドッグがよく事件に巻き込まれるように、赤間もトラブルに巻き込まれているのかもしれない。


「くうぅ! こんな時だよ! ブラックドラゴンが来るのは!」


 ぼくはブラックドラゴンが加勢してくれるのを妄想するが、現実は非情だ。そう上手くいくわけがない。人通りがない道は誰もおらず、当然救援してくれる人物が現れる余地もない。


「バイク、入れない場所に逃げたほうが!」


 ぼくは息を切らせながら、そう叫んだ。こんなに走った事なんか、生まれて初めてだ。赤間のペースに合わせて走ってるせいで、いつもより全然スピードも違う。だが、それはぼくの限界も表している。このままはしり続けたら、全身が心臓になっちゃうんじゃないだろうか。死にそう。


「入れない場所?」


 振り返って眉を寄せる赤間に、ぼくは真っ直ぐ前を指さした。真っ直ぐ前には、歩道橋。追いかけてくるバイクは路面を走るオンロードバイクとスクーターだ。階段や悪路を得意とするオフロードバイクではないと思う。よほど無茶な奴じゃないかぎり、階段を昇って降りてはしないだろう。しかも、その歩道橋の下は線路だ。迂回して先回りしようとしても、踏切は無い。


「よしっ」


 赤間は掛け声を上げると、ぼくの脇腹に手をかけて、片手でぼくを持ちあげた。


「うわああ!」


「遅っせーんだよ!」


 赤間はそのままぼくを抱えて走り出す。さっきのスピードとは段違いに早い。一気に路面を駆け出し、歩道橋の階段を二つ飛ばして駆け上がる。追いついたバイクが、歩道橋の下でタイヤを鳴らして止まる音が聞こえた。何人かがバイクを降りて、追いかけてくる。


「来たよ!?」


「上等! 素手なら勝てる!」


 赤間はそう言って、ぼくの身体を投げ飛ばした。地面に投げつけられ、ぼくは「ぐえ」と声を出しながら転がる。腰から地面に落下した。衝撃の割にダメージは少なかった。


「クソガキァ! 死ねや!!」


 マッドライダーズのメンバーが、拳を振り上げながら狭い歩道橋の上を走りながら近づいてくる。赤間は真っ直ぐその前に立って、腕を構えた。黒い革ジャンの男の腕を皮一枚で交わし、そのカウンターでパンチを叩きこむ。どすん、という鈍い音が、あたりに響いた。


 呻き声を上げて、男が地面に昏倒する。赤間のパンチは重いらしい。男は立ち上がれないようだった。さらに追いかけてきた男たちが赤間に向かってくるが、狭い歩道橋では赤間を囲むことは出来ない。大きく立ち回れない上に、二人以上が一気にかかって来られないようだった。


 ぼくは赤間の立ち回りを見ながら、動揺してバタバタと手足を動かす。しりもちをついたままなので滑稽な事になっているが、それどころじゃない。


「うわわわ。赤間がっ。レッドドッグがっ」


 このままじゃ悪い奴らにやられてしまう。ブラックドラゴン助けて。

 いや、そうじゃない。そうじゃない。


 ぼくは慌てながら、リュックからスマートフォンを取り出す。


「もしもし! 警察ですかっ!? 駅西の歩道橋付近で乱闘です! バイク10台ぐらいがいます!!」


 急いで通報するぼくに、マッドライダーズのメンバーが気が付いた様で、ぼくの方を睨んだ。


「テメエ!」


「ヒィ!」


 凄まれただけでチビッちゃいそうだよ。ビクッと肩を震わせて、ぼくは物凄い形相でぼくを睨む男を見上げた。男は赤間の横を抜け、ぼくの方に襲いかかろうとする。


 その背を、赤間が蹴り飛ばした。


「何やってんだ、逃げろ!」


 赤間がぼくにそう叫ぶ。

 勿論そうしたい。いや、待ってよ。


「置いて行けないよ!!」


 レッドドッグがピンチなのに、置いて行けるはずがない。階段の下からやってくる敵の数はどんどん増えてる。仲間を呼んでるのかも知れない。


「根性見せんなクソオタ!!」


 お前には関係ない。


 赤間の背中がそう言っていた。


(―――そんなわけに行くもんか。ぼくはってるんだ。レッドドッグは、どんな状況でも諦めない。そして)


 ぼくはリュックの中から、黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを取り出した。


(どんな時でも、必ず勝って来た!!)


 黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスのページをめくり、ぼくはその項目を見る。赤間の左手首に刻まれた、レッドドッグの証。


 ぼくは信じてる。


 彼はレッドドッグの生まれ変わりだ―――!!


「指先一つで厚さ10センチのコンクリートの壁もぶっ壊す。但し、力が宿るのは右手の薬指だけ―――」


 ぼくはレッドドッグの破壊の力が書かれた項目を読み上げる。女神に祝福された力。その力が宿る、右手の薬指。


「赤間! 右手の薬指を!!」


「!?」


 ぼくの声に、赤間が一瞬こちらを見た。その隙をついて、マッドライダーズの一人が赤間に殴りかかる。


「くっ!」


 赤間が、右手を振り上げる。


 ぼくは見た。レッドドッグの力は、その右手に集約される。選ばれし暁の騎士団よ。

 全てを粉砕する力―――。


 男の肩に、赤間の右ストレートが決まる。


 ―――その瞬間。


「!!?」


 爆音と共に、赤間の右腕が光を放った。


 衝撃波で男の身体が、大きく吹き飛ぶ。周囲の空気が化学反応を起こして、金属臭が立ち込める。

 シュウシュウと音を立てて、赤間の拳から煙が立ち上っていた。


「―――な?」


 赤間が、自分の拳を見て目を見開く。先ほどまで襲い掛かって着ていたマッドライダーズたちが、呆然と赤間を見つめていた。


「ば、爆発した……?」


 ぼくだけは、その光景に酷く興奮して、思わずその場でジャンプして叫ぶ声を上げる。


「き、決まったー!! レッドドッグのブラストファングっ!!」


 爆炎と衝撃波をもたらす、最強の破壊拳、ブラストファング! まさかこの目で見られるなんて! 夢みたいだよ!!


 ぼくが騒いでいる間に、マッドライダーズたちは恐ろしいものを見るように真っ青になり、ブラストファングで倒れた男を担いで後ずさった。


「どういうトリックか知らねえがっ……お、覚えておけよ……」


 捨て台詞に、赤間が気を取り直してマッドライダーズたちを睨んだ。


「フン。一人相手に大勢で囲んで、臆病者は大変だな」


「クッ……」


 そのやり取りを横で見ていたぼくは、興奮しながら赤間の横に素早く移動し、背を向けるマッドライダーズたちに親指を立て、それを下に向けた。


「夜道に気を付けな!!」


 鼻息荒く言うぼくの頭を、赤間がポカッと殴りつける。


「痛っ!」


「調子乗んじゃねえ。クソタコ」


「タコ!? ぼくはオタクではある可能性はあるけどタコではないよ!?」


「お前いちいち面倒臭ぇな」


 ぼくは殴られた頭を押さえて、唇を尖らせた。良いじゃないか。勝ったんだし。


「言ってみたかったんだ」


「バカ言ってんじゃねえ」


 赤間は呆れたように溜め息を吐いて、自分の右手を見た。それから、ぼくの方を見る。


「お前、今なにした?」


 赤間の言葉に、ぼくは首を傾げる。


「ぼくは何もしてないよ」


「―――」


 赤間は眉を顰める。ぼくは先ほどブラストファングを食らったマッドライダーズの男が倒れた辺りを見た。そこには、黒く焼け焦げたような跡が、くっきりと残されていた。



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