第4話



 スマートフォンを眺めて、ぼくは満足する。ディスプレイには、『赤間戌亥』の文字がアドレス帳のトップに並んでいる。素晴らしい光景だ。


 赤間の仲間を見つけたら、すぐに連絡できるよう連絡先を聞いたぼくに、赤間は快く快諾してくれた。大分心を開いてくれている。


「ぐ、ぐふっ。あわよくば補佐的なポディションを……。いやいや、いかん。欲を出して追い出されたら、二度と暁の騎士団に近づけなくなっちゃうよ。あくまでぼくは『空気』!」


 ニヤニヤと笑いながら、ぼくはスマートフォンをしまった。


 さて。仲間を探すといっても、宛てがない。唯一の手がかりは、ぼくの持つ黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスだけだ。8人の仲間のうち、現在わかっている紋章は2つだけ。レッドドッグとブラックドラゴンの紋章だけだ。それ以外は頭に浮かばないので描いていない。


(とにかく、ブラックドラゴンを探さなくちゃね。彼は孤高の戦士だから、きっと一匹オオカミって感じの人だと思うんだけど)


 ぼくはそう考えながら、足早に家路を急いだ。昨日失神して帰ったせいで、真っ直ぐ帰って来いと母親に念を押されてしまったぼくだ。まずは家に帰って、それからこっそり抜け出す作戦にしよう。


 マンションの階段を駆け上がって、玄関ドアを開けて、ぼくは「あれ?」と声を出した。普段なら部活のはずの千奈実の靴がある。珍しい。というか、面倒臭い。千奈実はぼくが黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを書いていると、いっつも邪魔をする。


「ただいま」


「おかえり」


 ぶすっとした声が返ってきて、ぼくは千奈実の様子を見る。不機嫌そうにテレビを見る背中に、ぼくはオドオドしながら声をかけた。


「め。珍しいな。部活ないのか?」


「―――いの」


 千奈実が低い声で何か言うが、聞き取れない。ぼくが「ん?」と聞き返すと、千奈実は振り返って、それから痛そうに首を抑えて蹲った。


「いっ―――! もう、昨日から首が痛いの! 寝違えて!」


「あ、そう、それはゴメンよ」


 ぼくは冷蔵庫からコーラのペットボトルを取ると、一目散に部屋の中へと逃げ込んだ。


(ふう―――。八つ当たりも良いところだよ。全く……)


 リュックを机の上に置いて、黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを取り出したところで、ぼくはハタと気が付いた。


『大魔導士カーラムの焔獄の炎で焼き殺してやろうか―――お前の枕を』


 黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを書くのを邪魔されたあの夜。ぼくは確かにそう言ったのだ。そして、願った。


 ―――今日の夜、寝違えてしまえ。そして部活に支障をきたすが良い。


 ぼくはゾクリとして、手の中の黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを見下ろす。


 突如現れた、レッドドッグと同じ刻印を持つ、赤間戌亥。


 大魔導士カーラムの呪いを真似た日に、寝違えた千奈実。



 果たして、偶然なんだろうか。



「まさかね。ぼくがカーラムの魔法を使えるわけないし」


 ぼくはそう言うと、黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを机の上に置いた。






 時刻は10時を回っている。すっかり遅くなってしまった。千奈実はまだ起きているようだが、両親共に寝静まっているのは確認した。あとはこっそり抜け出すだけだ。千奈実は多分ヘッドフォンをしたまま動画サイトを見ているようなので、ぼくが外出したことには気が付かないだろう。万が一バレた時のために、コンビニに行ってきたと言い訳できる準備をしておく。


 僕は黒いパーカーを羽織って、背中にリュックを背負った。勿論、リュックの中には黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスが入っている。新しい記述は特にない。赤間の件で興奮してしまって、インスピレーションが湧かないのだ。


 ぼくは玄関のドアをそっと開けて、夜の闇へと飛び出した。




 繁華街をうろつくには、ぼくは少々幼いかもしれない。背も低いし、容姿も子供っぽい。だが、持ち前の存在感のなさは、こういう時にも発揮する。ぼくは特に道を行く人達に見られることもなく、ぐんぐんと夜の街を歩き始めた。


(ブラックドラゴンが何処にいるかもそうだけど、身体の何処に刻印があるかも問題だよね)


 ぼくは周囲の人たちの姿をキョロキョロと見回しながら、徘徊する。腕や肩、首など、あちこち探すが、当然刻印がある人物は見当たらない。見える場所に刻印があるなら良いが、服で簡単に隠れてしまうような場所に刻印があるなら、見つからない可能性もある。


(いや、でも暁の騎士団は運命で結ばれた戦士たちだ。きっと近くにいるはずなんだ)


 ぼくは強い意思で、そう頷きながら拳を握った。


 そこに、耳慣れない音が聞こえて、ぼくは立ち止まった。


「ん?」


 電子音に、思わず止まる。はて。ぼくのリュックから聞こえているような?


 ぼくはリュックを開いて、自分のスマートフォンが鳴っているのに気が付いた。滅多に鳴らないから、気が付かなかったよ。


「あれ? 赤間くん?」


 ぼくは着信画面を見て、ギョッとしてスマートフォンを落としそうになる。てっきりぼくが居ないことに気が付いた千奈実かと思ったのだが、そうじゃなかった。一体何の用だろうか。


「もしもし?」


『さっさと出ろクソオタ』


 不機嫌な声に、ぼくはスマートフォンから軽く耳を離した。開口一番クソオタはないよ。それにぼくはオタクってほどオタクじゃないし。ライト層だし。今期のアニメだって深夜枠2本しか見てないし。部屋にフィギュアとかないし。高いからだけど。


「いきなり何? あとぼくはクソオタじゃないから」


『上』


「上?」


 そう言われ、ぼくは釣られるように上を見上げる。一階はちょっとおしゃれなダイナーで、賑やかな声と音楽が聞えてくる店だ。二階も飲食店のようだが。


 その二階のテラスに、赤い髪の人物を見つけ、ぼくは「あ」と声を上げた。


「赤間くん!」


『るせーよ。何やってんだお前。こんな時間に』


 赤間は慣れた手つきでグラスを片手に、ぼくを見下ろしている。黒いパンツに、赤いTシャツ。ライダーズジャケットを羽織って、シルバーを身に着けた姿は、ぼくと同級生には見えなかった。ずっとずっと大人びている。


「赤間くん、それお酒? ダメだよ」


『おかんかテメーは。それより質問に答えろ』


「そりゃ、仲間を探してるんだよ。あ、良くぼくに気付いたね!? こう見えても空気に溶け込むの上手いんだけど」


『自虐披露してんじゃねえ。おい、一回上がって来い』


 赤間に顎で促され、ぼくは店に上がる階段を見た。

 上がって来いって―――。ぼくが!?


 びっくりして、スマートフォンを落としそうになる。こんな夜のお店、ぼく入ったことないよ。


 ドキドキしながら、ぼくは階段を昇る。階段の壁にはステッカーがたくさん貼られていて、落書きも多かった。独特な雰囲気に、緊張してお腹が痛くなってくる。


 階段を登りきると、大音量で音楽が鳴っていた。良く知るポップミュージックでも、ぼくが良く聞くアニソンでもない。所謂ヒップホップ系のサウンドというやつだろう。なかなかシャレてる。ドアを開けると、中に居た客が数人、ぼくの方を見た。客はみんなおしゃれな恰好をして、大人の匂いがする。


 ぼくは心臓に響くリズムを感じながら、人の間をすり抜けて、テラスの方へと進んでいった。先ほどと同じ場所に、腕を組んで赤間が立っている。


「来たけど」


「バカかテメーは」


 いきなりバカとは何を言ってくれるんだ。ぼくはムッと口を結んで、赤間を見上げた。赤間は怖い顔をしていたのを緩めて、心底呆れたようにため息を吐く。


「なーんで、俺がお前みたいなのを心配しなきゃなんねぇんだよ。余計な事すんな」


「だって、探さなきゃ見つからないじゃない。レッ……赤間くんはここで何してんのさ?」


 ぼくを心配していたとは。やはりレッドドッグは心優しい正義のヒーローだ。あんまり好きなキャラじゃないと思っていたのは訂正しないとな。やっぱり主人公格だった。面倒見が良いらしい。


「俺は―――時間つぶしだ。ここは奴らが来ねえからな……」


 赤間の言葉に、ぼくは首を捻る。一体何の話だろうか。なんだか不穏な気配を感じるが……。


 赤間は持っていたグラスをぼくの方に差し出した。何だろう。くれるのかな? お酒とか飲んだことないけど。ちょっと興味はあるよね。


 金色の泡立つグラスに口を付けて、一口飲んでみた。


「ジンジャーエール……」


「ここはお袋の知り合いの店だ。酒なんか飲んでたらぶっ飛ばされる」


 なるほど。


 がっかりして見せたぼくに、赤間はそう言った。時間つぶしというのは本当なのだろう。しかし、なぜ時間をつぶしてるんだか。


 そう思いながら見上げた赤間の横顔に、まだ残る青いあざを見つけて、ぼくはそう言えば彼がケンカをしていたのだと思い出す。もしかしたら、その怪我をさせた相手と、まだ何かあるのかもしれない。


「それ飲んだら帰れ。もう良いから」


「レッ……赤間くん」


「お前、なんでいつもどもるんだよ。普通に呼べよ。『くん』とか気持ち悪ぃ」


 なんと。お許しが出てしまった。ぼくは感動して、少しだけ震えながら、赤間を見上げた。


「じゃ、じゃあ。レッドドッグ」


「何でだよ」


 赤間はそう言いながら、ぼくの後頭部を引っぱたいた。


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