第2話


 その時のぼくの興奮が解るだろうか?


 頭に血が沸騰して、血圧が一気にぶわっと上昇した。脳に一気に血が行ったせいか、頭がクラクラして、目眩がしたし、首の後ろがガンガンと痛くなった。


 皮膚には鳥肌が立ち、ゾクゾクっと背筋を何かが駆け抜けていく。


(見つけた。見つけた! 見つけたぞ!)


 ぼくは勢いよく立ち上がって、そして立ちくらみを起こした。


「見つけ……! はぅ……」


 叫びと共に失神したぼくは、うっすらと消える意識の遠いところで、「おい」とぼくを呼ぶ声を聞いた気がした。







 気がついたら、自分の部屋だった。なにコレ。夢? 何で自分の部屋で寝てるんだ。そう思って困惑してると、部屋の扉が乱暴に開いて、妹・千奈実が入ってきた。不愉快そうに顔をしかめながら、首を擦っている。


「晩ごはん。いらないの?」


「あっ、いる。いる。今何時?」


 ぼくの言葉に、千奈実は呆れたように溜め息をついて、「8時半」と答える。記憶は無いが、どうやって帰ってきたのか、ぼくは家にたどり着いていたらしい。


「ねえバカアニキ。あんた、友達いたの?」


 千奈実の言葉に、ぼくは思わず笑ってしまう。


「いるわけ無いじゃん。バカだなあ」


「自慢になるか! ハゲ!」


「お兄さまはまだハゲてません!」


 蹴りと共にそう言われ、ぼくは否定の言葉を叫ぶ。ぼくの父さんはハゲてない。多分大丈夫だ。うん。髪の悩みがない訳じゃないが、ボサボサでボリュームの出やすい癖っ毛は、どうしようもない。跳ねるに任せるしかないのだ。


「アニキの事、送り届けてくれた人が居たから。ま、あんな真っ赤な髪の人が、友達なわけないか」


「ん? 真っ赤な髪?」


 ぼくはその言葉に、思い当たって思わず立ち止まる。急に止まったものだから、千奈実が背中にぶつかった。


「なんだよっ!」


「まさか、レッドドッグが?」


 ぼくの呟きに、千奈実は「はぁ?」と顔をしかめる。


 そうか。そうだったんだ。


 興奮して失神したぼくを、赤間が送り届けてくれたらしい。不良だとばっかり思っていたが、中身は暁の騎士団のムードメーカー。正義のヒーロー。熱い男。レッドドッグなのだ。


 ぼくはこれまでの偏見を反省した。赤間だって、仲間の暁の騎士団が見つからなくって、孤独に違いない。これは、ぼくが手伝わなければ!


(しかし、どうやってぼくの家を調べたんだろう?)


 もしかしたら異能の力に、そんな力があったんだろうか。


 そう思いながら、ハタと気づき、ぼくは千奈実を押し返して慌てて部屋に逆戻りした。


「ちょっ、アニキ、晩ごはんは!?」


「食べてて!」


 部屋の扉を乱暴に開き、机の上に乗ったリュックをひっ掴む。勢いよく中身を床にぶちまけて、ぼくは中身を確認した。あの時、手に持ってたんだ。


「あった!」


 黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックス。ちゃんとリュックに入っている。これも赤間が入れておいてくれたのか。中身を見られていたらどうしよう。恥ずか死ねる。


 黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを持ち上げた時に、ポロリと黒い手帳が落ちて、ぼくはそれを手に取った。


「ん?」


 生徒手帳だ。進級して配られたっきり、ずっとリュックに突っ込んだままだった。その一番後ろのページを見て、ぼくは赤間が手帳の住所から家を割出し、送り届けてくれたのだと気がつく。


(やっぱ、良い人だ。正義のヒーローなんだな。レッドドッグは)


 ぼくはそう頷いて、手帳をリュックに突っ込んだ。






 翌日も、ぼくは朝一番に学校に来た。地獄坂も何のその。足取りがすごく軽かった。


 だってそうだろ。ぼくの黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスに描かれた戦士が、本当に居たんだ。


 異世界に転移する話があんなにあるんだから、一人くらいは本当に行っていると思ってた。だから、その逆だって、きっとあると信じてた。


 異世界から転生した暁の騎士団。そのメンバーの一人が、ついに見つかったんだ。興奮しない訳がない。


 ぼくは自分の教室がある2階への階段は昇らずに、校舎裏に回り込んだ。昨日は、赤間はここに居たはずだ。もしかしたら居るかもしれない。そう思って、焼却炉の近くに行く。


 ぼくは周囲をキョロキョロと見回した。校舎裏には、使われていない焼却炉の他、廃棄する予定の机が積み上げられ、その周囲は雑草に覆われている。どこから飛んできたのか、古く茶色いサッカーボールが転がっているのを眺めつつ、視線を移動させる。緩やかに傾斜した敷地を区切るフェンスの近くの地面に、赤いものを見つけて、ぼくは近づいた。


「赤間くん! おはよう!」


 ぼくの声に、赤間が驚いて起き上がった。勢いよく起き上がった背中に、枯れ草がいっぱいくっついている。


「てめぇ……」


 赤間は不機嫌そうに上半身を起こして、ぼくをジロリと睨んだ。それから、ぼくに気がついたように、顔を緩めた。もっとも、唇はむすっとしたままだったけど。


「お前、昨日の」


「昨日はありがとう。家まで送ってくれたんだね」


 ぼくの言葉に、赤間は頭を掻いた。その左手首を確認して、ぼくはがッッカリする。赤間の腕には、ゴッツいデジタル時計が嵌められていて、腕の紋章が確認出来なかった。


「ああ―――。別に。人の顔見て失神されちゃあな」


 そう言いながら、赤間は立ち上がった。パンパンと身体にくっついた枯れ葉を落としている。ぼくは紋章が見られなかった事に気を落としたが、隠しているのだから仕方がないと、頭を振った。


「6組の久遠だったか。お前、変な奴だな。俺が怖くねーのか?」


 そう言いながら、赤間が近づいてぼくを見下ろす。でかいとは思ってたけど、180センチくらい有るんじゃないだろうか。ぼくよりずっとデカイ。ちなみにぼくは158センチである。


 ずい、と威圧するように近づく赤間だが、勿論ぼくは怖くない。だって、赤間はレッドドッグなのだ。気の良い優しい男なのは知っている。


 ぼくは胸を張って頷いた。


「怖いわけないよ! レッ……赤間くんは良いやつだ」


 おっと危ない。本当の名前を呼ぶところだった。赤間は面食らった様子で目を丸くして、それから肩を竦めた。


「良いやつ、ね。お前バカじゃねーの? ちょっと送ってやっただけで良いやつとか。ま、どうでも良いけど、あんまり気安く呼ぶなよ」


「あ。うん」


 赤間はそう言いながら、立ち去ろうと背を向ける。ぼくはその背を見ながら、何と声を掛けようか迷った。


 何とか仲間を探す協力をしたいのだが、何と言って良いのか解らない。いきなり暁の騎士団の名を出して、警戒されるかもしれない。そうなったら、ぼくはきっと、傍観者席から追い出されてしまうだろう。それはダメだ。せっかく、このファンタジーで最高な舞台が目の前にあるのに、見逃すなんて絶対嫌だ。


 ぼくは物語の主人公にはなれないけど、その物語の顛末は見届けたい。それぐらい、端役のぼくにも許されるだろう。


「待って!」


 ぼくは思わず、赤間を引き留めていた。


「あん?」


 赤間は面倒そうに振り返る。眉間にシワ。迫力がある。ぼくのイメージするレッドドッグはもっと親しみやすいイメージだったが、赤間は少しだけ強面だ。


「―――探してるんだろ? 仲間を」


「なに?」


 赤間の顔色が、少しだけ変化した。警戒するように、ぼくの様子を見ているようだった。


 ぼくはゴクリと喉を鳴らして、赤間を見上げる。引き下がれない。ぼくも、この物語に関わるんだ。


「何で―――」


 赤間は少し動揺しているようだった。ぼくは頷く。


「解るよ。昨日、見たからね―――」


 赤間が肩を揺らした。明らかに警戒する赤間に、ぼくは両手を振って否定する。


「ぼくは赤間くんの味方だよ! ファンというか!」


「はあ? お前が仲間にでもなるって言うのか? 冗談言うなよ?」


 赤間の呆れた声に、ぼくは笑って首を振る。


「まさか! でも、探す手伝いは出来る!」


 ぼくの一言に、赤間は目を見開く。一瞬期待したような表情をして、それから顔を曇らせた。


「はっ……。お前みたいなネクラに心配されるとは。俺もヤキが回ったか……。どうやって手伝うって言うんだよ? 俺に関わるな」


「出来るよ!」


 ぼくは言い切った。


 出来る。出来るさ。

 だってぼくは知ってるんだ。


「必ず見つける。君の仲間を!」


 黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスに昨日記された、新しい紋章。


 星をベースに、ドラゴンの爪を表す引っ掻き傷のような斜めの線が走った、その紋章は、孤高の戦士ブラックドラゴンの紋章だ。


 必ず探し出す。


 この世界の何処かにいるはずの、未だ見ぬ戦士を。



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