地味で低スペックなオタクのぼくが異世界転生するはずないから、異世界転生者を探してる。

六場

第1話




 世界は、不平等だ。




 人は人の上に人をなんちゃら、なんて言葉があるが、そんなのはタテマエだ。世の中は上下関係の縦社会だし、強者と弱者の存在が明確に存在しているからこそ、秩序ってもんが存在する。人間ていうのは、醜い生き物だ。自分より下が居れば安心し、それで心の安定が図れるらしい。


 カーストがどうした。ヒエラルキー上等。


 階級社会が怖くて、この世界を生きられるもんか。


「うっは、マジ最強。いや、最凶。強いわ。これは勝てねーわ」


 薄暗い部屋の中。正確には、部屋を薄暗くしているのは自分で、暗いのにわざわざ明かりもつけずに机に向かって、ぼくはブツブツと呟いている。


 ぼくは、ヒエラルキーの最下層の人間だ。生まれたその瞬間から、最下層の人間はいないなんてものは、タテマエで、人は生まれる時に親を選べないし、環境も選べない。ついでに言えば、顔も選べない。だから、生まれた瞬間に、「持ってる奴」は持ってるし、「持ってない奴」は持ってない。ただ、それだけの事だ。ぼくは勿論、「持ってない奴」だ。


「指先一つで厚さ10センチのコンクリートの壁もぶっ壊す。但し、力が宿るのは右手の薬指だけだ。これ重要」


 脳内のイメージを具現化するように、ただひたすらにペンを走らせる。室内に響くのは紙がペンを擦る音。無心にノートに向かうぼくだけが、その空間の中に居る。


 ぼくは確かに感じている。この高揚感を。そして、全能感を。


 今この瞬間だけは、ぼくはこの小さな世界の支配者だ。「持たざる者」。そんなぼくの、ささやかな時間。


 その時間が、突如けたたましい声に壊された。


「なにブツブツ言ってんだよ! うっせーんだよクソアニキ!!」


 威勢のいい声と共に、壁からドン! と音がする。隣の部屋に居るであろう、我が妹、千奈実ちなみだ。どこで覚えてくるのか、言葉遣いの悪さに辟易する。もちろん、本人には言えない。


 同じ親から生まれたはずだが、妹はヒエラルキーの真ん中に居る。何故なら、身内びいきではあるがブスではないし、(可愛くはない)何と言っても運動ができる。古今東西、運動が出来れば不細工だってそこそこモテるのは常識で、何の取り得もない人間よりも、当然優れているのだ。


「ああー。もう、うるさいな……。今日中に仕上げたかったのに……」


 ぼくはブツブツと文句を言いつつ、机の上に広げたノートを見た。黒聖闇書―――ブラックホーリーダークコデックス。予言の戦士『暁の騎士団』の秘密と、大魔導士カーラムの秘術について書かれた禁断の書だ。


 ―――もちろん、ぼくの妄想である。


「もう、今最高にノッてたのに……。くそ愚妹め……大魔導士カーラムの焔獄の炎で焼き殺してやろうか―――お前の枕を」


 当然、妹を殺すなんて、妄想でもアブナイ奴なので、ぼくはそんな事はしない。ぼくは至って真人間だからだ。呪いを送るのも枕にしておく。今日の夜、寝違えてしまえ。そして部活に支障をきたすが良い。


「ふう……」


 念を送って満足して、ぼくは机の引き出しにノート―――黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを仕舞い込んだ。これは色んな意味で危険な書物だ。封印しておかなければ、ぼくの身が危ないのである。


 そして、気を削がれてテンションがガタ落ちしたぼくは、欠伸を一つしてベッドにもぐりこんだ。妄想をしないなら、やることはない。底辺のぼくが勉強しても上に上がることはないし、どうせ何をやっても同じなら、ぼくはやらない方を選ぶ。


 そうして机の明かりを落として、ぼくは瞼を閉じたのだった。






「行ってきます!」


 慌ただしく居間を通り過ぎて、ぼくは玄関へと向かった。背後から母親の「チトセ! 朝ごはん!」と声が聞こえてくるが、それどころじゃない。ぼくは閃いてしまったから。


「いらない!!」


 ぼくはそう叫んで、マンションの階段を駆け下りた。




 そうだ。部屋で書けないなら、学校で書けば良いじゃないか。


 そんな当たり前のことを明け方不意に気が付いて、スッキリと目覚めたぼくは、まだ人の少ない道をひたすら走っている。見るからに80歳くらいのおじいちゃんランナーが朝のジョギングをしてぼくをスイーっと抜かしていったが、走ってるったらは走ってるんだ! ぼくの走りが遅い事なんかどうでも良いんだ。


 とにかく、学校へ行こう。


 ぼく、久遠千年くどうちとせが通う学校は、長い長い坂の上にある。毎日この長い坂を、なんでこんなもんを登らなけりゃいけないんだと、文句を頭の中で言いながらひたすら登っているのだ。夏なんかもう、本当に地獄で、高校2年になっても、ぼくはまだこの通学途中にある長い「地獄坂」に慣れない。


 地獄坂は、別に正式な名前じゃない。皆がそう呼んでいるだけだ。もちろん、ぼくはそう言う話をする友人はいないので、皆が話しているのを聞いたことがあるだけだ。正式な名前の書かれていた石の看板は長年の雨風で削れて、もう読むことが不可能だ。だからぼくらは、この坂を地獄坂としか呼ばない。


 いつもより数倍軽い足取りで地獄坂を駆けのぼり、ぼくは学校へと向かう。皆が登校してくるのは、始業開始ベルの15分前ほどだ。それまでにはまだ時間がたっぷりある。教室の自分の机ならば、邪魔な妹にちょっかいを入れられる事なく、背中のリュックに入っている黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを完成させることができるはずだ。


 伝説の予言の戦士『暁の騎士団』。運命に選ばれた8人の戦士だ。ちなみにぼくが、その騎士団に入っているわけじゃない。ぼくはその辺に居る黒歴史を作りだす中二病のイタイ奴とは違う。ぼくは自分が底辺の人間だと知ってるからね。自分が主人公のスゴい物語なんか妄想したりしないのだ。


 この世界に転生した8人の戦士。その戦士は、確かにこの世界に居るのだ。ぼくはそれを知ってるけど、まだ出会っていない。多分きっと、近くにいるとは信じてる。


 ぼくの役目は、彼らの戦いを横目で記録する傍観者だ。彼らの戦いを英雄譚にして、世界中に轟かせるんだ。さながらぼくはクリエイターというわけだ。


「なんてね」


 一人くふふ、と笑いながら、ぼくはまだ空気の冷たい教室に入っていった。


 案の定、誰もいない。静かだ。


 ぼくは自分の席に腰かけ、背中のリュックからノートを取り出す。表紙に、黒いマジックペンで、でかでかと書かれた黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスの文字。パソコンの画面を見ながら綺麗にフォントを写し取ってレタリングした、ぼくの力作だ。表紙全体に、大きく黒いインクで十字架が書かれている。しかも逆さ十字だ。黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスは聖なるものと邪なるものが合わさった、究極の書物。混沌とした原初の闇そのものなのだ。


「おっと。それより早く書かないと」


 ついうっかり、自分の妄想に浸っていた。自画自賛はあとからいくらでもできる。早く書かなければ教室にクラスメイトが来てしまう。部活がある奴は変に早い奴もいるんだ。


 ぼくはゆっくりとノートを開き、昨夜書いたページを眺め見た。我ながら力作である。そこには、何ページにも渡って、『暁の騎士団』の詳細な情報が記載されたページが広がっている。


 悲哀なる孤高の戦士・ブラックドラゴン。超クールでイカす男だ。騎士団の誰ともつるまない一匹オオカミだが、ここぞという時に彼が助けてくれない事はないのだ。彼の繰り出す槍は青いイナズマだ。不可視の槍から放たれる、強烈な閃光―――。全てを砕き、粉砕する。その威力。まさに無慈悲……。

 彼は哀しい過去を追っている。何らかの。


 ムードメーカーのレッドドッグ。コイツはあんまり好きじゃないが、こういう奴も必要だ。お調子者でトラブルにも良く巻き込まれる。でも、人望は厚い。主人公タイプって奴だ。レッドドッグにも、当然『異能』はある。全てを粉砕する力―――右手に女神がキスしたことで得た、右の薬指に宿った力だ。この力で、レッドドッグは幾度も死闘を戦ってきた。いつか女神に再び逢える時を信じて―――。


 ノートにはそんな彼らの詳細なデータが、ギッシリと書きこまれている。あらゆる超越した力を操る、8人の騎士。そして大魔導士カーラム。カーラムは本当は暁の騎士団のメンバーだ。だが、魔導に堕ち、闇の魔導士となってしまった哀しい過去を持っているのだ。人だった頃の僅かな記憶が残っているため、時折暁の騎士たちを助けることもあるが、基本的には敵だ。カッコイイ。


 ぼくはノートをめくって、まだ書きこまれていない真っ新なページを開いた。昨夜から考えていたデザインを、思いっきりノートにペンで刻みこむ。これは、暁の騎士団のメンバーが持つ刻印だ。すごく重要なものだ。大きく丸を書いて、それからその中に、はみ出したVマークを刻む。そこからさらに線を引いて、不可思議な魔法陣のような文様を描いた。


 これは、暁の騎士団の中でも、レッドドッグが持っている紋章だ。この紋章は、転生した今も、身体に刻まれている。現代に転生した騎士たちが、互いを仲間だと認識するために持って生まれたのが紋章なのだ―――。


「ああ―――どこかに、レッドドッグが居る。そう思うだけでワクワクするなぁ……」


 思わず黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを抱きしめて、悦に入っていると、不意にガラン! と何かが倒れる音が聞こえて、ぼくは教室の窓から外を見下ろした。ぼくの席からは、校舎の裏手にある、今は使われていない焼却炉がおいてある場所が見えるのだ。その場所で、髪を真っ赤に染めた少年が、近くの空き缶を捨てるゴミ箱を蹴り倒して居た。


(うっ……アイツは2組の赤間戌亥あかまいぬい―――。やだなあ。朝っぱらから何やってんだよ……)


 そう思いつつ、ビクビクしながらぼくは赤間の様子を見下ろす。短く切られた短ランの前を全開にして、中はやっぱり真っ赤なTシャツ。多分赤が好きなんだろう。名前も赤だし。なかなかキャラが立ってる。


 ぼくは振り返った赤間の顔を見て、ビクッとした。


 唇が切れ、腫れ上がっている。左顎辺りは青く変色していた。赤間は不機嫌そうに顔をしかめながら、転がった空き缶を蹴り上げる。


(ヒョオアアア! 怖っ!)


 ぼくはササッと窓から離れて、赤間から視線を反らした。ぼくとは縁遠い不良少年だが、同じ学校に居ると言うだけでも怖い。すれ違ったら最悪だ。


 ぼくは黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを机に突っ込んで、スマートフォンを操作する。そろそろ他のクラスメイトが登校してくる時間だ。ゲームでもやっていよう。黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスはまだ完成していないが、広げていたらクラスメイトに見つかってしまう。そうなれば良い笑い者だ。せっかく、クラスの『空気』という重要なジョブを任されているのに、目立つ訳にはいかない。ヘイトをとって良いのはタンクだけって、MMOじゃ決まってる。下手にヘイトを稼ごうもんなら、総スカンだ。ぼくはそんなヘマはしない。







 結局、教室で描けたのは、あの紋章だけだった。脳内でイメージは考えてたけど。


 何と言っても、黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスは禁断の書だ。おいそれと外の空気に触れさせるわけにはいかない。したがって、厳重に保管するため、ぼくは常にリュックに突っ込んで持ち歩いている。教室移動に鞄を持っていくぼくを、クラスメイトは何も言わない。問題ない。完全に『空気』をやれている。


 一日中隙を伺っていたが、結局放課後までチャンスは無かった。教室以外の場所―――図書室や踊り場は、不良が溜まり場にしていて使えない。教室でも書けない。お手上げだ。


(しかし、思ったより進まなかったのは誤算だ……。家にはうるさい妹が居るし……)


 ぼくは学校を出て、駅の方に歩いて来ていた。駅前にある本屋が目的地だ。黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスに使うペンを補充するためだ。黒一色で書いてきたが、紋章は水色で書きたいからだ。もちろん、漫画とライトノベルの新刊コーナーのチェックもする。


(異世界転生はもう終わりって、言ってる奴もいるけど、ぼくはやっぱりあの手合いが好きだな。ロマンがあるし、カッコいいじゃないか)


 何の力もない主人公が、チート能力を与えられて、正義の為に戦うストーリーは、やっぱりワクワクする。そりゃ、似たような展開の話が増えたって、言ってる奴らの言うことも解るけど、単に新しい王道が生まれただけじゃないか。


 なんの努力もなしに、上にのしあがれる異世界チートモノは、言ってしまえば男性版シンデレラストーリーだ。


 現実で、努力がある程度報われるのは、ぼくだって知ってる。でも、ヒエラルキー天辺の奴らが、努力しないかって言えば、そうじゃない。上が努力して、下に追い付かれないようにしてるなら、下は永遠に追い付けっこない。だから、努力はある程度しか報われないんだ。


 だから、ぼくは異世界チートモノの漫画や小説は大好きだ。清々しい爽快感があるじゃないか。うむ。


 出来れば、語り倒せる友人が欲しいものだが、ぼくの語りに反応出来るのは、ツイートリーで知り合ったオタク仲間くらいしかいない。もっとも、ぼくは表ではオタクを隠してるから、近くに居ても語ったりしないと思うんだけどね。


「そうだ。ムクドで書けば良いじゃん」


 ぼくは本屋の入り口から中に入ろうとして、そのアイディアを思い付いた。ファーストフード店のムクドはここからは駅の反対側だが、路地を突っ切れば歩道橋があるし、そんなに遠くない。奥の席は一人席になってるから、グループで来てるうるさい奴らは、手前の席しか使わないのだ。


(よし、行こう)


 気が変わる前に、ムクドに行こうじゃないか。ペンと本は後回しだ。本を買ったら読まない訳がないからね。先に買ったら、ぼくは間違いなく黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスより漫画を優先する。


 本屋の横から路地裏に入り込んで、ぼくは駅の向う側へと歩き出す。ムクドのある西口は、塾とカラオケがあるから、学生が多い。早く行かなければ、奥の席が取られてしまう。


 薄暗い路地裏を小走りに通り抜ける。街灯がない路地裏は民家の明かり以外に頼るものがない。日が落ちてしまった後は、すっかり暗くなっていた。


 ぼくは舗装された狭い道を歩きながら、小道を折れ曲がった先にある狭い空き地目に入って、ギクリとした。


 ドサッという音と、低い人の声。


「ぐぁっ……」


「一人で来るなんて、舐められたもんだぜ」


 そう言って、倒れこんだ少年に、赤い髪の学生服の少年が、鋭い蹴りを入れる。赤間戌亥だ。


 ぼくは驚いて、思わずしゃがんで空き地のブロック塀に隠れる。目があったら、なにもしてないのに殴られそうな気がした。


(ひ、ひええええっ! 何でこんなところにっ! 不良は廃工場とか倉庫に居ろよ!)


 不良漫画の知識では、不良はそう言う場所に何故か集まるもんだろう。こんな、誰もが使う路地に居ないで欲しい。


 ぼくが祈りながら文句を頭のなかで言っている間に、赤間は少年にさらに攻撃しているようだった。


「クソッ、覚えてろ……!」


「俺を倒したきゃ、あと10人は連れて来るんだな!」


 漫画みたいなセリフを吐き出して、少年が立ち去った。ぼくはホッとして、そっと塀から赤間の様子を伺う。今朝見たときに顔を殴られていた赤間だ。あの少年を挑発するほど、無敵に強い訳じゃないだろう。


 ぼくは赤間がまた怪我をしたのか、気になってその顔を見たが、新しい傷は増えていなかった。


「チッ……」


 赤間が、赤い髪を掻き上げる。その様子に、ぼくは目がくぎ付けになった。


 赤間の左手首。時計を付けたら隠れてしまいそうな位置に、それはあった。


 ぼくは慌てて、背中に背負ったリュックから、黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスを取り出して、最後に書き込んだページを開く。


 暁の騎士団、レッドドッグ。転生者には、その印が、身体の何処かに刻まれている―――。


 そんな説明と共に描かれた、魔法陣のような紋章。その紋章と、細部までまったく同じ紋章が、赤間の左手首に刻まれていた。



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