青春の端にいる僕 & 落っこちそうな私

ユーリ・トヨタ

青春の端にいる僕、そして落っこちそうな私 <1日目:東尋坊>

東尋坊の女性 <僕はその女性に一目惚れしたとは思っていなかった>

第1話 東尋坊の女性 その1

 薄い夕焼けの東尋坊とうじんぼうに、その女性ひとは立っていた。

 立っている場所はまだ海まで距離のある岩場で、飛び込むことは出来ないだろうと思いつつも心配になり、少し離れてその女性を見つめていた。


 幼く見えるけれど、たぶん二十代初めか中頃、もしかしたら大学四年の僕と同じくらい。

 薄い夕焼けに染まった長い髪が紅く透け、青い柄のワンピースを夏の海風が揺らしている。憂いに満ちた表情で波しぶきを見つめる女性は、どうみても自殺者の雰囲気を漂わせていた。

 振り向いた彼女と不意に目が合う。先程までとは違って目にチカラを感じた。


「心配しないで、自殺しないわよ」

 何が可笑しいのか、彼女は少し笑いながら僕に声を掛けてきた。

 ああそうですか、と答えるのもおかしいので、こちらもひきつった笑顔で彼女に近づく。


「少し心配してたんです、でもここの岩場からだと飛び込み自殺なんて出来そうも無いし……」

「そうね、さっきまではもっと先に行って死んじゃおうかな、って思ってたんだけど。あなたがジロジロ見るから、する気が無くなったわ」

 冗談とも、本気とも取れないことを女性が言った。


「えっと、この東尋坊で一人ポツンと女性が海を見ていたら、ちょっと気になりますよ」

「アナタ、何で敬語なの?」

 僕に近づきながら彼女が言う。その表情は僕を試すようだ。


「たぶん僕より年上だろうな、と思って」

「へえ、君いくつ?」


「22歳です」

「大学生?」

 彼女の目が、僕の全身を面白がるように確認する


「ええ、そうです」

 そう答えた僕は、その後に「自分は何歳に見えるか」と、彼女が問うのだろうと想像した。自分から年齢を言う女性はいないと言っていい。


「ふーん、私より3つ年下か、私25歳なのよ。どう? 見える?」

 あっけらかんと言い放つ彼女に、僕は毒気を抜かれる。


「まあそんなものかな、と思ってました」

「ひどいね君は……、もう少し若く見えました、って言うのよ、普通はね」

 そう言いながら彼女は近くのベンチに座った。


「隣、座ったら? 一人なんでしょ?」

 ええまあ、と曖昧な返事をして僕もベンチに腰を下ろす。


「わたしは……内藤千鶴ないとうちづる、さっきも言ったけど25歳。少し前に婚約破棄されて、仕事も辞めて、未来も失って、もう死のうかなと思って東尋坊に来た女。どう? これでキミの気が済んだ?」

 僕の気が済むも何も、一方的に宣言されたらリアクションの取りようもない。


「僕は城戸原大海きどはらおおみと言います、大学四年です」

「何で敬語なの?」

 先ほどと同じ質問を彼女がする。


「内藤さんが、予想通り年上ですから……」

「気にしなくていいのよ、普通に喋って」


「はい、わかりました」

「それ全然普通じゃない……」

 千鶴さんは呆れたように僕の肩を叩いた。


 夏の太陽はますます西に傾き、海に近づいている。吹き上げる潮風は心地よく、僕達の身体に吹き付けていた。


「で、大海おおみくんは一人? 何で東尋坊来たの? どこから来たの?」

 彼女の速射砲のような質問にたじろぎつつも、一つ一つ答えていった。


「学生最後の夏休みなんで、ウチの軽自動車借りて一人旅してて、その途中で東尋坊に寄ったんです。実家は静岡なんですけど、僕は埼玉に住んでいます」

「へえ偶然、私も埼玉。埼玉のどこ?」


「志木です」

「うはっ、こんなところで志木の名前聞くなんて」

 千鶴さんは可笑しそうに吹き出す。


「わたし川越なのよ、東上線で一緒ね」

「そうですね、でも僕は川越って行ったこと無いんですよ。遊ぶときは池袋とか出るし」

「そうね、川越で遊ぶわけないわよね」

 そう言ったかと思うと、千鶴さんは座ったまま厚底サンダルを脱いで足をブラブラさせた。


「死のうと思っても、そんなのなかなか出来ないんだよね……。大海くんはいいなあ、将来があって……」

 婚約破棄とか、仕事辞めたとか、原因を明かされているので、年下の僕は何も言えない。


「私にも将来の夢っていうか、将来像があったんだよ。でもねダメになっちゃった。普通に家族を持って、普通にお母さんになりたかったのに……。普通って難しいのかな」

 そう話す表情は寂しそうではあるものの、先程の憂い顔よりは随分ましになっていた。


「あー、今まで言えなかったことを、見ず知らずの大海くんに言ったら、少しだけ気分が晴れてきた。でも明日から仕事もないし、実家に帰っても居場所ないし。それより何より、死ぬつもりだったから今晩のことも、帰りのことも何も考えてなかったよ……。ホントにどうしようかな」

「よかったら僕が車で送りますよ……、この近くの駅は……」

 僕がスマホの地図で近くの町を見ようとした時だった。


「えっ! キミが埼玉まで送ってくれるの? ホントに! 電車に乗らなくていいし暇つぶしになる~、嬉しい!」

「えー! 埼玉までですか!? 僕はまだ車で日本海を北上したり旅をするつもりなんですけど……」

 まさか埼玉までと想像もしていなかった僕は、続ける言葉を失った。


「それ面白そう! じゃあその旅に付き合うわ! いいでしょ、お金ならあるわよ。結婚資金貯めてたんだからパァーっといきしょ、パァーっと!」

 千鶴さんが何を言い出したのか、理解をするのに少々時間がかかった。つまりこの人は、見ず知らずの僕と旅をすると言っているのだ。


 僕はとんでもない女性ひとに捕まったのではないかと、少しだけ後悔した。

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