17-2 践祚の夜 婚礼の夜
『
乙女はご自身の涙の川底に思いがけず国を見出されて、水底の国に
天有明星命と桜乙女のお二人に、天つ乙女は「この国を荒らしまわる四神を征伐するように」と命じられた。お二人は共に国を巡り、北の玄武、東の青龍、西の青龍、南の朱雀を次々と打ち倒された。不幸にも桜乙女は旅の途中で命を落とすが、天有明星命は国を統べられ、白菊帝として即位なさった。また、桜乙女の同母妹である
稲城乙女もまたすぐれた霊力を持つ女人であられた。白菊帝の皇子・
(妹背だなんて笑ってしまうわ。私が姫様の乳母でもなかったら本当に……)
乳母はこれまでに幾度ひとりごちたことかと振り返る。お抱き申し上げている姫君は黒木造の神饗殿の薄暗い内部を、なにひとつ見逃すものかとばかりに見回され、時おり乳母の腕が苦しいと手足をじたばたさせて抗議をなさる。乳母はそれを厳しく小さく叱りながら、
(この姫様の幼さが皆に知れ渡ってしまうだなんて。帝がお若いのにあんな立派なだけに、ことさら……)
今年の雨の月に即位なされた帝は、
そうしたことを聞いていたから、乳母も自然、神経がたかぶってくるのである。
松枝帝が市松皇后との間にお生みになった、一の宮と二の宮が続けざまに病でお
このような世にお立ちになる幼いといえるほどお若い帝と京姫に、貴賤を問わずこの国の民は不安と切実な期待とを抱いている。もし人々の信頼に背くようなことがちらとでもあれば、民の心はたやすく帝を、さらには王朝までをも離れるやもしれぬ。その兆しは、すでに七年前のふとした落剝によって示されているのである。
帝に関しては、人心の掌握にひとまず成功なされたと言えよう――無論、そこには左大臣と右大臣が結託して、頼もしくも様々に趣向を凝らしたという影の力がはたらいていることぐらい、乳母にはよく分かっているのだが――今度は姫様の番である。姫君の初めての公務となるこの神饗祭を滞りなく進めること、厳かなる神饗の夜を厳かなままで神に奉り申し上げること。それらのことが、今、乳母の
ただ、乳母は早くも「失敗」の二字が、その影の頭を投げかけ始めたのを感じている。というのも、後ろにぞろぞろと付き従っている女房ども――いずれは姫君付きの女房となる者たち――が、こういう厳粛な空気のなかでこそお喋りをしたがる若い女の習性も露わにして、先ほどからこそこそと互いの袖を引っ張りあってはひそかに笑い合っているためである。
「まあ、姫様のお可愛らしいこと」
「本当。七つと聞いていたけど、もっとお小さく見えるわね」
「生まれてからこの方ずっと物忌をしていて、お生まれになったまさにその部屋よりお外には出たことがないというのですもの。当然よ」
「それなのに、
(まあ、あの人たちときたら……)
と、姫君の乳母・
ともするうちに、先導の侍女は、乳母と姫君を
それにしたって、二つの儀式を一つの夜のうちに執り行わなければならぬのであるから、せわしないことはいうまでもない。姫君はこれから四つの宮を廻られて、姫君に仕えし四神の祝福を受けねばならぬのである。その始めが、
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