第十七話 神饗
17-1 水底の国の姫君
この世自ずから成らず。日なければ明けず、月なければ暮れず。暁に消え残る星々は先の世を
「わあっ!ねぇ、乳母、身て!」
「大きなお声を出してはなりませぬ……!」
姫君の細くも高いお声が、
「ねぇ、乳母、つめたい!とってもつめたいの、これ。ねぇ、乳母……!」
「姫様!静かになさいませ……!」
乳母は、初めて見る雪にすっかり興奮しきっている少女を勾欄より引き離すと、袖のうちで少女を振り向かせて、怖い顔をして言った。
「姫様、そのように騒がれてはなりませんと、散々お聞かせしたのをもうお忘れでございますか?!……今日は姫様が京姫となられるための大事な儀式の日でございますよ。これから姫様は人の奥様、畏れ多くも帝のお妃さまとなられるのですから、そのように子供っぽく騒がれてはなりません。なんという姫君だろうと、帝に笑われてしまいますよ」
そこまで言い終えてから、乳母はなお言葉を継いで、
「帝は姫様よりも五つも年上でいらっしゃいますし、お若いのに大層落ち着きなさった、立派な方なのですよ。これより先は、帝とともに姫様がこの玉藻の国の父母となり、この国を守られるのです。ですから、いかなる時も奥ゆかしく振る舞って、そのようにみっともなくはしゃいだ声を出されませぬように……」
言いながら、自身も七つの娘を持つ乳母は、頑是ない子供になにを言い聞かせているのだろうと次第に心もとなくなってきたらしく、説教の声が次第に小さくなっていく。二人を迎えるべく宮の内より庇の下まで出てきた女房たちも笑いを忍んでいる様子であるし、元より、こちらをじっと見返していらっしゃる姫君の、ふしぎそうに瞳をみひらかれているそのお目元や、やんわりと赤く染まっているゆたかな頬、まだ伸びきっていない樺色の髪の、肩の上で切りそろえた毛先がさやさやとゆれている、そのあどけなさ。乳母の同い年の娘の方は、母の
それを思うとついあさましくもなってくるけれども、また、一方では、もう早くも乳母のお説教に飽きて、つやつやと笑みをこぼされながら雪を見上げていらっしゃるご様子が、いかにもおかわいらしいので、自然、実母にも劣らぬいとしさも募ってくる。おいたわしや、わが姫君。七年という長い物忌が開けて初めてお部屋を出られたそのめでたき日は、姫君を永久に閉じ込めるための儀式の夜であったのだ。それもまるでお分かりになっていない……乳母は睫毛にしたたろうとする涙の露を、まあ不吉なこと、目ざとい女房たちにでも気づかれたら、とあわてて袖で押しぬぐって、姫君を抱いたまま宮の庇の下へと身を差し入れる。先導の侍女に導かれゆく乳母と姫君の後に、二人を出迎えた女房たちが、ぞろぞろと従った。
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