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もうすぐ迎える春に、周りが一秒すら惜しみながら机に向かっているなか、私は引っ越しの荷物をまとめながら、買ったばかりの絆創膏の箱を持っていくべきか、そんなことに頭を悩ませていました。

 私には、ささくれを剥く癖があります。 それはいつも無意識のうちで、ささくれからどんどんと皮膚を剥いてしまうので、気付くと指が血だらけになっていました。

 授業中、勉強中、就寝前。 意識がぼぅっとしているときにやることが多く、さらにはそれを放っておいてしまうので、傷が化膿して、いつも痛い目を見るのです。 酷いときはその化膿した傷口も剥いてしまうので、私の指はいつもどれかに絆創膏が巻かれていました。 お徳用の、一人では到底使えそうにない大容量のものを買うのですが、大体半年保たずに使いきっていました。

 その時の私の手は、右手の中指と左手の小指に絆創膏が巻かれていて、右手のほうは固いものを持った際にぶつけて傷口が開いたのか、じんわりと赤い染みが広がっていました。 でも、冬休みに帰宅したとき、緑さんに絆創膏の箱が見つかって心配されたばかりなので、また持っていくのは気が引けました。 かといって、この癖が治る見込みはないし、といった思考をいつまでもぐるぐると巡らせていました。

 同室の人たちは間近に迫った受験にピリピリとしていて、私をチラチラ睨みつけながら、分厚い参考書にかじりついていました。 冬休みに暢気に帰宅したのも、この部屋では私だけで、帰ってきたとき物が壊されたり隠されたりなどの嫌がらせが施されていましたが、そんなことしている暇があったら勉強をするべきだ、くらいにしか感じませんでした。 それよりも、祖父のことが気になっていました。

 冬休みの帰宅は、春に向けた準備で忙しく、あまり祖父と話すことは出来ませんでした。 春になったら毎日会えるのだから、と軽く考えていました。

 緑さんは一番広い部屋を空けようとしてくれましたが、私が選んだのは一番狭い部屋。 あまり広くても置く物がありませんし、一番狭い部屋は元々客間で、菖蒲さんがいつも泊まっていたと聞いたので、そこに決めました。

 その部屋には本棚があって、色々な種類の物語が並んでいたから、それを端から読み尽くそうと思うと眠れないほどわくわくしました。 我慢できず数冊寮に持ち帰って読んでみましたが、どれも素敵な物語で、景色が頭に浮かぶたび、自分がその世界の主人公になったような気持ちになれて、日常に少し色がつきました。

 そんな感じで寒い冬は過ぎて、受験は何も心配なく終わり(それでも受験で帰宅した際、緑さんはカツを揚げてくれました)なんの思い入れもなく、中学を卒業しました。 卒業式を終えたその足で汽車に乗って、祖父の待つ屋敷へと向かいました。

 三月。 雪が溶けたばかりの町にはまだ、桜が咲く気配もなかったのが唯一の心残りでしたが、それも車内でうたた寝している間に忘れるような、とてちっぽけなものでした。

 絆創膏が数枚と、少しのお金に、通話以外で使ったことのない携帯電話。 そしてピンクの花が咲くらしい苗を持って。

 私は、誰の見送りもないまま、生まれた町を離れました。

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