偽装の心理 9

翌日、真代橋署捜査一課長の鏑木は

苦虫を噛み潰したような表情で、鳴海徹也を見ていた。


「凶器の刃物の出所が福岡だってことで、

  裏を取りたいってことか?」


「はい、もし衣澤康祐が彼の地元である福岡で、

  それを入手していたとしたら、

  自殺のセンの重要な裏づけになると思うんです。

  それで河井を連れて出張でばりたいと考えています」

鳴海の口調は強く、有無を言わせないものがあった。

鏑木はひとつため息をつくと、半ば諦めたように言った。


「わかった。それじゃ福岡県警の方へは、

  私から連絡を入れておく。それでいつ発つつもりだ?」


「今日の夕方にでも」


鏑木は鳴海の返事を聞くと、軽くうなづき受話器をとった。

さっそく福岡県警に電話を入れている様子だった。

鳴海は礼をすると、自分のデスクに戻った。

すぐさま河井聡史が声を掛けてきた。


「課長のOK出ました?」

見ると、河井の右手には大きなリュックが下げられていた。

鳴海はそのリュックに視線を落とした。


「用意周到だな」


「鳴海さんのことだから、必ず課長を説得すると思ってましたから」


「だったら、ちょうどいい。

  河井、お前羽田に行って、先にチケット買っておいてくれ。

  オレは一端自宅に戻って、荷物をまとめてすぐに向かう。

  出発ロビーの3番時計台の所で落ち合おう」


それから二時間後、二泊分の荷物が入った

馬革のボストンバッグを手にした鳴海徹也が、

羽田空港の待ち合わせ場所に着いた時、彼は口をあんぐりと開けた。


「おいおい、冗談だろ」

そう言った鳴海の視線の先には、河井聡史の姿があった。

しかし、彼の隣にもうひとりいた。


白いロングコートに暖色系のストライプの入った

マフラーを首に巻き、白いブーツを履いた女性―――氷山遊だった。


彼女の足元には、パープルピンク色の

キャスター付きキャリングケースがあった。

鳴海は二人の元へ行くと、河井に向かって問いただした。


「河井、なんで彼女がいるんだ?」


「凶器のことで福岡に行くことになったって言ったら、

  氷山先輩も同行したいって・・・」

鳴海は肩を落としてため息をついた。そして氷山遊に向き直る。


「いくら捜査協力っていっても、

  今回の福岡行きの旅費、あんたの分は出ないぞ」


氷山遊は微かな冷笑を浮かべた。頬が小さく膨らんでいる。

またマカデミアナッツチョコでも口に入れているのだろう。


「これは私的興味ですので、お気遣いなく」


私的興味ね―――。

鳴海は、あきれたように苦笑するしかなかった。


約一時間半後、福岡空港に到着した三人は、

路線バスに乗って、予約している博多区の全日空ホテルに向かった。

ホテルに着くと、カウンターで鳴海と河井は予約していた

ツインルームのキーを受け取った。

隣りを見ると、氷山遊はクレジットカードを差し出していた。

どうやら運良く空き部屋があったらしい。

三人はチェックインを済ませると、必要最小限の物を持って、

ホテルの玄関ロビーで合流した。

鳴海と河井は手ぶらだったが、

氷山遊は淡いピンク色のショルダーバッグを肩に掛けていた。


鳴海たちは中央区にある福岡県警本部に顔を出し、

簡潔に挨拶を済ませた。県警を出ると、すでに陽は翳っていた。

鳴海はスーツの内ポケットから、メモ帳を取り出して捲った。

そこには鑑識課の長谷川から伝えられた、

M7銃剣の販売元のであるミリタリーショップ

『アームワン』の住所が書かれてあった。

鳴海はスマホを取り出すと、マップ検索でその住所を確認した。

『アームワン』は新天町と呼ばれる商店街の裏手にあった。

ここから徒歩で行ける距離だ。

鳴海たち三人は、天神コアに面する6車線の通りを渡った。


鳴海は地方都市である福岡市に来たのは初めてだった。

九州で一番栄えている都市だとは聞いていたが、

予想以上の人の多さに驚かされた。

東京のように高層ビルこそ少ないものの、

人々の雑踏は、東京都心のそれに匹敵しているように思えた。


福岡市は近年、驚異的な人口の伸びを示している。

人口では全国で五番目だが、その人口増加の加速力から見て、

いずれ札幌市、名古屋市を抜いて、日本三大都市の一つになる日も遠くないだろう。


探し回ることも無く、ミリタリーショップ『アームワン』はあった。

入り口は両開きのガラス扉で、店内には煌々と明かりがついていた。

まだ営業時間のようだ。鳴海らは店の中に入った。


店内は広く、所せましと商品が置かれていた。

モデルガン、電動ガン、エアガン、

それにBDU―――バトルドレスユニフォームと呼ばれる

軍隊が使用する迷彩服、タクティカルベスト、ホルスター、

軍用ブーツなど品揃えも豊富だった。客は数人いたが、男性ばかりだ。

鳴海は右手にある、カウンターへと向かった。

そこには店のロゴの入ったエプロンをしている、

若い男性従業員が一人いた。


「いらっしゃいませ」


「私はこういう者です。

  いくつかお訊きしたいことがありまして」

鳴海が警察バッジを見せると、

それまで笑顔だった従業員の表情が少し強張った。

鳴海はコートのポケットから一枚の写真を出して見せた。

鑑識課から借りたM7銃剣の写真だった。


「この銃剣はある事件に関わっていまして、

  これに見覚えはありますか?」


従業員はしばらくその写真を見つめていたが、

合点がいったようにうなづいた。


「M7銃剣ですね。

  シリアルナンバーはわかりますか?」

鳴海はシリアルナンバーをメモすると、

ちぎってその紙片を彼に渡した。

従業員はそのメモを持って、

傍らにあるノートパソコンに向かって操作を始めた。

ややあって、彼は鳴海に向き直って、メモを返した。


「確かにその銃剣、ウチの店で販売したものです。

でも、不思議ですねえ。2度目ですよ。

2、3年前かなぁ。その銃剣について警察の方が調べに来たのは」


従業員の言葉に、鳴海は思わず自分の耳を疑った。


「2度目?」


「ええ、その銃剣を買った人が、

それを使って自殺したとかで・・・。いやあ、驚きましたよ」


この銃剣で自殺した者が他にいる―――?

どういうことだ?


「その買った人って、わかりますか?」

鳴海の声は、自分でも抑えきれないほど、うわずっていた。


「はい、こういった刃物を販売するときは、

  身分証明書を提示していただく規則なので、

  販売データの中に残っていると思いますよ」


「それは誰か教えてください」


「えっとですね。衣澤孝一様とあります」


衣澤―――だと?


鳴海はその名を聞いて、言い知れぬ戦慄を覚えた。

以前に、この銃剣で衣澤孝一という人物が自殺していた。

今回の事件の衣澤康祐と同じ苗字だ。

偶然か?いや、違う。これは偶然ではない。

衣澤という名は、どこにでもあるような、ありふれた名前ではない。


鳴海は無意識に隣りにいる氷山遊を見た。

驚いたことに、氷山遊は鳴海の顔を見つめていた。

彼女のその瞳には、すでに何かを察したかのような、

確信めいた光が宿っていた。

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