受賞のことば、あるいは作家以前への追想
身に余るほど大きな賞をいただきまして、言葉に表しきれないほどの感謝の念でいっぱいです。偉大な先人たちのあとに名を連ねるのだという覚悟と責任をもって、わたくしの力の及ぶかぎり、良い作品を生み出していく所存でございます。
初めて小説を書いた十歳の日から二十年以上、新人賞をいただいておそるおそる出版の世界に足を踏み入れてから五年ちかくが経ちます。諸先輩がた、ご担当いただきました編集のみなさまはじめ、多くのかたに手を引かれ、背中を押されてきたこの五年はいまだ、現実とは信じられないほど輝かしい日々でした。一方で、どなたの目にも留まらなかったはずの十五年にも、別の色の光があったように思います。
このたび、発表の瞬間を皆で待つといういわゆる「待ち会」を初めて開くことになりまして、受賞を聞いたときにはまわりにたくさんの人がいました。期待してくださる方がこんなにいる、と幸せな気持ちになると同時に、いきなり遠い世界に来てしまったようでもありました。
振り返れば「待ち会」なんて言葉も知らなかった大学生の頃、たった一人が新人賞の選考会の日を一緒に過ごしてくれたことがあります。至って個人的な話ではございますが、今につらなるかつてのわたくしを物語ることで受賞のことばと代えさせていただきます。
親の目のある実家で電話を待つのは落ち着かないと言ったら、ひとり暮らしをしていた友人が家に招いてくれました。携帯電話と着替えと財布だけを持って休みの日なのに学校の最寄り駅で降りました。友人は駅前で買い物を済ませようと言って、コンビニエンスストアを指さしました。
お昼をまわったばかりでしたので、それぞれお弁当を買いました。ハンバーグか何かだったと思います。ケチャップであえたスパゲッティと、ブロッコリーと、玉子焼き。付け合わせのほうが記憶に残っているようです。籠には缶チューハイとスナック菓子がすでに山と盛られていまして、訊けば祝杯をあげるためだということでした。安上がりな選択です。かわりに、溢れんばかりの若さがありました。わたくしはただ笑いました。期待するのはおそろしく、はなから諦めたつもりでいたのです。
友人は隣の百円ショップを見るや、ちょっとここで待っていてくれと言い置いて走って中に入りました。家に皿がないのだろうかと疑うくらいには必死に見えました。百円ショップ自体が安さ以外に魅力のない店と思う人の多かった時代です。最近ではおしゃれな店舗もひろくみられるようになりましたけれども。
つまらないテレビを見ながらお弁当を食べました。当時のコンビニ弁当といえば今ほど味の良いものではなくて、もっと手軽さに特化したものであったように思います。友人は甘い玉子焼きに文句を言い、もっと塩気がないと玉子焼きとは認めないと極論を展開しました。くだらない会話で埋めなければ冷たい沈黙が落ちてきそうで、ずっとしゃべり続けていました。
途中でいきなり立ち上がった友人が鞄を持って押入れに籠り、何事かと思って開けようとすると中で押さえているのかびくともしません。テレビだけが笑い声を響かせる十分あまりが過ぎて、ようやく出てきましたが友人の手に鞄はなく、前髪が汗で額に張り付いていました。
夜になって、いよいよ心細くなったとき、電話が鳴りました。皆さんがご存じのように、そのときは落選でした。
泣いてしまったようで、友人はおろおろとティッシュの箱を持って右往左往していました。わたくしは勝手に冷蔵庫から缶チューハイを出して開けました。断りもせずに台所に立てかけてあった玉子焼き用のフライパンをコンロに置き、卵を割りました。醤油だけで味をつけて焼いて、箸で二つにわけて皿にも乗せずふたりで、手づかみで食べました。泣き笑いになりながら友人もチューハイのプルタブを引き、なんだかよくわからないまま夜が更けていきました。
突然後ろから何かを首に掛けられました。百均のおりがみの金色で作ったメダルでした。押入れ騒動はそれのためだったようです。赤いリボンの金メダルは軽く、壊さぬようにそっと持って帰りました。今でも箱に入れて大切にしています。友人はそのことを知ると笑いましたが、捨てることのできないもののひとつです。
今も変わらず、わたくしはしょっぱい玉子焼きばかり焼いています。小説でも似たようなものです。世に広く受け入れられている甘やかさが私にはないのだと思います。だからこそこうして認められた日の嬉しさは、一生色褪せることなく覚えていられるのだと思います。
ありがとうございました。
(お題:百円ショップ、コンビニ弁当、缶チューハイ、玉子焼き)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます