習作

岐路

 セミがわしゃわしゃ鳴いている。くっきりとした木漏れ日が足元にちらちらと揺れる。ローファーのかかとで緑の針金を編んだフェンスを蹴るたびに、あちこちから飛び出した無駄に濃く鮮やかな葉が揺れる。素肌のふくらはぎにでも触れたのか、リナはチョコミントのアイスバーからぽってりとしたくちびるを離してわたしを睨んだ。

「やめなよ」

「ごめん。イヤだった?」

「こんなボロいフェンス、いつ壊れるかわかんないじゃん。とばっちりで怒られたら最悪」

 わたしはソーダアイスに舌を沿わせながらバスの来るはずの方向を見やる。アスファルトは強い日差しにあぶり出されて、車の一台も通っていない。始業式の帰りとあれば平日の昼間。山から住宅街へ下るだけの道にとっては当然ともいえる。

 木陰にいるかぎりは死ぬような暑さじゃない。夏はもう果ててしまって、名残だけがわたしたちをまばゆさの中にとどめている。リナは鞄から分厚い参考書を出して読みはじめる。それにならおうとして勉強道具のいっさいを忘れてきたことに気づく。並んで立っていたって、目指すものはあまりに違う。昔は何本もバスを見送りながらしゃべり倒して、両親に心配されるくらい遅く帰ったものだけど、そんなことはもうありえない。

 都会のキャンパスライフを謳歌するリナなら簡単に想像できる。可愛くて、頭がよくて、なにより自由だ。彼氏だってできるかもしれない。バイトもするだろう。

 耳が下ってくるバスのエンジン音をとらえた。そう、わたしはと言えば。わたしの未来には家と山と畑が待ち構えていて、家族のねっとりとした期待が絡んでいる。懇願して受けられることになったのも地元の看護学校だけだ。

 止まったバスは低く行き先を、このあたりではいちばん栄えた駅の名を告げた。リナは軽やかに乗り込んで、座席から小さく手を振った。

 わたしは横断歩道もない道を反対側へ、日陰の乏しい対岸へ渡る。山へ帰るバスは数分としないうちに到着するだろう。セミの声がうるさい。時雨というより滝とでも呼びたい圧がある。溺れてしまえたらいいのに。ゆるみはじめたソーダアイスを噛む。口の中にほどけた氷は真夏ほど冷たく感じない。目を瞑る。帰りたい場所があるなら家なんかじゃなくて、リナもわたしも日に焼けまくっていたあの夏。それ以外思いつかない。

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