#54  ずかん

 私は、みんなの分のコーヒーを淹れてから、ヤタガラスさんにこの世界に来たいきさつを説明した。そして、アキちゃんの本当の名前を調べたい、ということも話してみた。

 ヤタガラスさんは興味深く、相づちを打ちながら私の話を聞いてくれた。

 

「光の中を通って、か…。やはり、あの時のヒトと同じ原理で来ている」

「あの時のヒト、って…?」

「ちょうど、アスカがいた頃だ。ヒトはパークからはるか遠く離れた所に住んでいたらしく、ここに来るための手段として、その光を利用していた」

「あ、博士も同じくようなこと言ってたような…」

 

 私は、目線を泳がせながら過去の記憶を辿る。

 

「ただ私も、その光の正体は知らない。だから、その件についてはもう少し調べてみる。光についての本は、ここには置かれていないようだからな。他のチホーの図書館で資料を集めてくるとしよう」

「…え、良いんですか?」

「あぁ。フーカ、お前も元の住処に帰りたいのだろう? フェスティバルが終わったらそこへ帰れるよう、色々と調べておく。礼には及ばない」

 

 ヤタガラスさんは、さらっとそう言ってコーヒーをすすった。

 当然私は申し訳なく思ったが、ここで気を遣ってもヤタガラスさんは自分の意思を押し通すだろう。私は素直に頭を下げた。

 

「…ありがとうございます」

 

 正直、この世界から消えたくない気持ちも少しだけあるのだが、帰ろうかはフェスティバルが無事に終わってから考えよう。

 

「それで、彼女の名前を調べたいと言ったな。良いだろう。ついて来い」

 

「…あ、ありがとうございます!」

 

 アキちゃんは慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げてからヤタガラスさんの後を追った。それを見たハシブトガラスさんは、呆れ顔で小さなため息をつく。アキちゃん達のことは、まだ認められていない様子だ。

 

「えーと、確かここだったよな、ハシブトガラス?」

 

 ヤタガラスさんが立ち止まったのは、『動物』と書かれた札のかかった本棚の前だった。子供でも届きそうな低い位置に、『鳥』と書かれたコーナーがある。

 

「はい。鳥の図鑑は、そこですね」

 

 ハシブトガラスさんは鳥のコーナーを指差し、比較的大きな図鑑を引っ張り出した。表紙には『世界の鳥』という題字と共に、様々な姿形の鳥が描かれている。

 

「これに、私の名前が載っているんですか…?」

 

 アキちゃんが緊張した様子で聞くと、ハシブトガラスさんは図鑑をめくりながら答えた。

 

「えぇ、多分。ただ、この図鑑はフレンズについて書かれている訳ではないので、あなたとよく似た鳥を探さなくてはなりません」

 

 一ページに三種類ずつ載っている鳥の写真を覗きこみながら、アキちゃんは眉間に皺を寄せる。

 

「これが、フレンズになる前の鳥、なんですか…?」

「そうです。それでは、皆で手分けして探しましょう。図鑑はまだまだ沢山あります。きっと、彼女の鳥もどこかに載っているはずです。特にフーカ、あなたは一番字が読めるのですから、頼みますよ」

 

 それからは、本のページをひたすらめくり、アキちゃんの容姿と鳥の写真を照らし合わせながら調べる作業が続いた。

 数秒ごとに見られるアキちゃんはおどおどしていたが、しばらく経つと慣れたようで、落ち着いて図鑑をめくるようになった。

 

 私は、比較的文字の多い複雑な図鑑を担当した。

 ページをぺらぺらとめくり、青っぽい鳥を見つけたら詳細を読む。その方が効率が良かった。ただ、青と言っても沢山の鳥がいて、どう判別すれば良いのか分からない。

 少しでも気になった鳥がいたら、全員でアキちゃんと見比べて確認する。しかし、なかなかピンと来る鳥が見つからない。

 

「これはどうですか?」

「カワセミですか…。うーん、彼女にオレンジ色は入っていないので、多分違うかと…」

「あ、これは? えーと、オオルリ?」

「この鳥だとしたら、赤いスカートは履いていないだろう」

「あ、確かに…」

 

「あっ、これです!!」

 

 様々な議論が上がる中、最初に確信的な声を上げたのは、ハシブトガラスさんだった。

 瞬間、全員がハシブトガラスさんの本を覗き込む。

 

「ほ、ほんとだ!」

「確かに、この鳥とよく似ているな」

「きっと、これで間違いないですよ!」

 

 私を含め、誰もがこの鳥だ、と確信した。そして、アキちゃんが「何という鳥ですか…?」と、期待まじりに聞いてくる。

 私は、写真の右側に書かれた和名を読み上げた。


 

「…ヤイロ、チョウ……?」

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