#52  からす

 図書館へ向かう最中、ウグイスさんに花火を上げたい理由を細かく聞いてみた。

 ここジャパリパークにはいくつかの地方があるらしく、その内の一つ、アンイン地方でイベントが行なわれた際に、人の手によって花火が上げられたらしい。

 

「確かアスカは、『なつまつり』と言っておりました」

「あ、夏祭りね。確かにお祭りといえば花火だな」

「花火って、どんなものなんですか…?」

 

 アキちゃんが興味津々な様子で聞くと、ウグイスさんは記憶に残っている花火の描写を意気揚々と話し始めた。

 

「花火というのは、夜空に咲く大輪の花…そんな感じです。実際には『ひ』と言うもので出来ているらしいですが、ヒトが作っていたので難しいことはよく分かりません。大きな音と共に、真っ暗な空を背景に一瞬で咲き、消えていく…儚いですが、それがより美しさを際立たせていて…!」

 

 口数の少なそうなイメージとは裏腹に、ウグイスさんはそのままマシンガントークを始めた。アキちゃんは頷きながら一生懸命話を理解しようとしている。

 しばらく私も一緒になって聞いていたが、だんだん辛そうになるアキちゃんが気の毒になり、思わず口を挟んでしまった。

 

「あっ…あれ、図書館?」

 

 丁度良いタイミングで、大きな建物が見えてきたのだ。

 私が指を差すと、ウグイスさんは話を止め、「そうです! あそこになります」と声を弾ませた。アキちゃんは大分頭を使ったようで、ウグイスさんに聞こえないような小さな溜め息をついた。

 

 壁を白塗りされたコンクリート製のその建物は、ドーム状の丸い形をしていて、屋根には天窓がついていた。晴れている日は、館内で電気を使わないようにしていたのだろうか。

 

「それでは、行きましょう」

 

 ウグイスさんは緊張しているのか、先程よりも静かな声で言った。

 私も、ハシブトガラスさんがどんなフレンズなのかをある程度予測する。

 何としてでもウグイスさんの夢を叶えてやりたいが、大きなトラブルにでもなったら元も子もない。ハシブトガラスさんを怒らせ過ぎた時は、とりあえず逃げようと心に決めた。

 

 図書館の入口は大きなガラスでできた手押し製のドアで、室内が丸見えだった。建物の曲線に沿って置かれた棚が、丸く並んでいる。棚の中には、無数の本が色とりどりに並んでいた。

 そして、ドアの上にある看板に、『ジャパリ図書館 3号館』と書いてある。

 ログハウス以外で初めて見たこの世界の建物を見物している間に、ウグイスさんがドアを開け、中を覗き込んでいた。

 

「あのー…重ね重ねすみません…ウグイスですが…」

 

 ウグイスさんはかなり緊張しているようで、小声で慎重そうに声をかけた。

 館内に彼女の声は響いたようだが、返事が返ってこない。

 アキちゃんが、声を震わせた。

 

「も、もしかして、無視…?」

 

「いや、無視だとしたら、私が呼ぶ」

 

 私は少しむきになって、ウグイスさんと代わって館内を覗いた。確かに、中には人影はなく、誰かの声もしない。

 

「あのー! 誰かいませんかー?」

 

 実際に図書館でやったら怒られるレベルのボリュームで呼んでみるが、やはり返事はない。

 まさか、ハシブトガラスさんは怒って出ていってしまったのだろうか…?

 

 誰もいないのなら、館内へ入っても問題ないだろう。それに、最低限アキちゃんの名前を調べたい。私は、博士のように図々しく館内へ足を踏み入れた。

 

「えっ、ふ、フーカ様?!」

「入っちゃって大丈夫なんですか?!」


 二人は慌てて私を引き留めようとする。

 

「? 大丈夫じゃない? 誰もいないんだし」

「いや、で、でも…」

 

「ここに何か用か?」

 

「わあぁっ?!」

 

 しどろもどろするアキちゃんとウグイスさんの背後から、突然聞き慣れない声がした。私達は一斉に退き、声の主を見る。

 声の主は、全身真っ黒な髪と服に、赤い目をしたフレンズだった。頭に大きな羽があるので、鳥のフレンズのようだ。

 そして、そのフレンズの背後で、似たような真っ黒な鳥のフレンズが一人、アキちゃんとウグイスさんを見てはっとした。

 

「! あなた達は…」

 

 この容姿からして、2人がヤタガラスさんとハシブトガラスさんで間違いないだろう。多分、前にいる赤い目の子がヤタガラスさんで、その後ろにいるのがハシブトガラスさんだ。

 ハシブトガラスさん(?)は、アキちゃんとウグイスさんを不審な目で見ながらヤタガラスさん(?)に何か言おうとしたが、その後ろにいた私と目が合った瞬間、驚いて口に両手を当てた。

 

「あ、アスカ…さん?」

 

 いや、残念ながら、私はアスカではない。

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