#37 さっきょく
自信満々にイエスとは言ったものの、やはり音楽家でも何でもない私に曲を作るという仕事は難し過ぎたらしい。
私は顎に手を当てながら、イワシャコさん達の演奏に耳を傾ける。
これで何回目だろうか。
さっきから、三人の演奏をひたすら聴かせてもらいながら、キーボードの音を考えている。
とりあえず、前奏からサビまで出すべき音は作れた。きちんと頭の中に入っているし、今すぐにでも教えられるのだが、最後まで考えてからの方が良いと思ったのだ。
ただ、問題は、トキさんがあと二日でその音を覚えてくれるかどうかだ。
あれだけの歌を歌うのだから、キーボードの扱いもそれなりに荒いだろう。
ここまでやってきて、博士のつまらなそうなものを見る顔が頭に浮かぶ。とても不安になってきた。
演奏が終わり、私は三人に何度目かの礼を言った。
「ありがとう。うん、何となく分かったから、一緒に演奏してみて良い?」
「もちろんだよ!」
「じゃあ、もう一回行くっすー!」
メンバー達の元気の良い返事に応えて、私はキーボードの手前の椅子に座った。
やっぱり、鍵盤の上に置いた手は震える。
キクイタダキさんの合図で、演奏が始まった。
もう、伴奏をするつもりはなかったのに…
夢の中だと、何でもやろうと思えてしまうのだ。
私は、複雑な指使いなどは一切しない演奏なのに、初めてここまで集中した。
今まで以上に綺麗なハーモニーが、倉庫に響く。
演奏後、四人は盛大な拍手をした。
「すっごーい! メチャメチャ良くなったよ!」
「いつもよりも響きが綺麗っすー!」
「これならショウジョウトキの歌も映えますね! (ドヤァ)」
「すごいわフーカ。でも、私にも演奏ができるのかしら…?」
三人は嬉しそうに手を叩く中、トキさんは少し不安げな表情をしていた。
「うん、あとまるまる二日頑張れば、きっとできるはず。どんなに歌が上手く行かなくても、音楽が好きってだけでそれは才能だからね」
『才能』という言葉を聞いた瞬間、トキさんの表情はぱあっと明るくなり、
「本当? 私、できる気がしてきたわ」
と、答えた。
キクイタダキさんが、良いこと言うっすねー、と言ってくれたが、私はただ、中学時代の先生の言葉を真似しただけだ。
会話が一段落し、私は窓から差し込んだ赤い光に気がついた。
ポケットに大切にしまっていたスマホを取り出し、時間を確認する。ロック画面には、17時09分と表示されていた。
「わ、もうこんな時間。そう言えば、みんなはどこで寝……」
振り返った瞬間、私を囲んでスマホをガン見する四人の顔が目に飛び込んできた。
「わ、な、何?!」
「いや…それ、何?」
「初めて見ます…!」
「光ってる…の?」
そうか、フレンズ達はスマホの存在を知らないのだった。
あの博士と助手が知らないことを、彼女達が知っている訳がない。
ここで軽く説明してやろうかと思ったのだが、ここで私に一つのアイデアが浮かんだ。
「…そうだ!」
「わ、今度は何ですか?!」
「カメラを使おう」
「……かめら?」
「そう、カメラ!」
みんなの演奏をカメラで撮影…厳密に言うと録画すれば、自分達の演奏を見返すことができる。
「明日から、これを使おう」
「いや、フーカが何考えてるか全然分かんないんだけど…」
「後で説明するよ。今日は取りあえず、これで終わりにしよう」
聞いたところでは、イワシャコさんとキクイタダキさんはこの倉庫で寝ているらしい。トキさんとショウジョウトキさんは、ひでり山の近くに寝る場所があるそうだ。
なら私は、どこで寝ようか。
フレンズ達は元々野生動物だったこともあり、ある程度環境が悪くても寝れるのだろうが、人間は最低限マットか何かを敷かないと寝れない。それに私は、つい数日前までふかふかのベッドの上でごろごろしていたのだ。
決めた。アリツカゲラさんのログハウスに帰ろう。
トキさんとショウジョウトキさんが丁度通りかかる場所らしいので、連れていってもらうことにした。
やはり、空を飛べるのは便利で羨ましい限りだ。
「ごめんね、わざわざ運んでもらっちゃって」
「良いのよ。こっちこそ、遅くまで練習に付き合わせちゃってごめんなさいね」
「明日もよろしくお願いしますね! (ドヤァ)」
「うん、よろしく」
二人が山の向こうまで飛んでいくのを見送ってから、私はログハウスのドアを叩いた。
すぐに、アリツカゲラさんのは~い、という返事が聞こえてくる。
「フーカです。今夜も泊めてもらって良いかな?」
「あ、もちろんですよ~」
そう答えながら、アリツカゲラさんはドアを開けてくれた。
どうやら、博士達はここには来ていないらしい。
「ごめんね、毎晩迷惑かけちゃって。やっぱりベッドじゃないと寝れないと思って…」
「良いんですよ~。あ、ジャパリまん食べます~?」
「良いの? じゃ、お言葉に甘えて」
私はソファに座り、山積みにされたじゃぱりまんを一つ手に取った。
それに続いて、アリツカゲラさんも向かい側のソファに腰かける。
「フーカさん、パークに慣れてきたんですね~」
「え?」
「だって、この前みたいに敬語を使っていないですもの~」
「……あ」
私は、我に返った。
そう言えば、アリツカゲラさんにまでタメ口を使ってしまった。
「確かに、あの時ハカセ達に敬語を使うなと言われてましたけどね~」
「まぁ、そうだけど……何かごめん」
「謝らないでくださいよ~。私は、タメ口のフーカさんの方が良いと思いますけどね~」
「そ、そう?」
「それで、どうでした~? バンドの方は?」
「うん、何とか博士に認めてもらえそう」
「本当ですか? 良かったです~! 今から楽しみにしておきますね~」
アリツカゲラさんと会話をしながら、私は壁にかかったあの写真を見た。
フレンズ達と肩を寄せ合い、楽しげにピースする一人の人間。
私はいつの間にか、彼女と同じようにフレンズ達に認めてもらいたいと思っていたのかもしれない。
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