#36  きーぼーど

「ごめん、正直に言うと、あと二日じゃどうにもならなそうだ」

 

 私は、こっちを真っ直ぐ見るトキさんから目をそらしながら答えた。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、トキさんはその答えを待っていたようで、引きつっていた表情をふっと緩めた。

 

「やっぱりそうよね。なら、ここで提案があるのだけど」

 

「…提案?」

 

「そうよ」

 

「どんな?」

 

「…歌は、ショウジョウトキに任せたいの」

 

「え?」

 

 トキさんの以外な発言に、私は瞬く。

 

「アスカは、本当はピアノという楽器を演奏したかったそうだけれど、自分に合わないと思って、新しくギターを始めたそうよ。だから私も、自分に合わないと思ったことよりも、合うと思えることをやりたいの。確かに歌を歌うことは好きだけれど、それでも皆が楽しくなければつまらないもの」

 

 トキさんは一通り話してから、口角を少し上げた。

 

「…ということは?」

 

「私は、キーボードをやってみたい」

 

 私の心臓が、その瞬間から波打つような鼓動を始めた。

 

 私に、キーボードを教えろと…?

 

 

 

 

「…と、いうわけで、それでも良いかしら?」

 

 倉庫の中で、トキさんは三人のメンバーにキーボードをやりたい訳を説明した。

 三人は、トキがそうしたいならもちろん良いよ、と承諾してくれた。

 

 だが、トキさんがキーボードをやるとすると、私が彼女達の歌を一から聴いて、キーボードの音程を決める必要がある。そんな難しいことが、私にできるのだろうか。

 

「じゃあ、とりあえずイワシャコさんとキクイタダキさんとショウジョウトキさんの三人で、演奏をしてくれない? それから、キーボードの音を決めたいと思うから」

 

「良いよっ!」

 

「やっとフーカにも聴いてもらえるっすー!」

 

「鼻歌で歌いますよ? (ドヤァ)」

 

 三人は定位置につき、それぞれ楽器を構えた。

 

 ショウジョウトキさんは、静かに息を吸う。

 

「ワン、ツー、ワンツースリーフォー!」

 

 キクイタダキさんの合図で、あの時と同じ、イワシャコさんのギター演奏が始まった。

 

 相変わらず、二人の演奏はとても上手い。

 アスカのような教え方を、私にもできれば良いのだが…。

 

 倉庫から外へ漏れ出す大音量のロック。それに負けない音量だが音程はきちんと合っているショウジョウトキさんの鼻歌。三人ともノリノリで、とても楽しそうに歌っていた。

 

 歌自体も、テンポの良い拍子で、曲調もとても明るい。子供向けアニメのオープニングのようだが、フレンズ達の優しい雰囲気にはピッタリだろう。

 

 演奏が終わった瞬間、私は思わず大きな拍手をした。

 

「すごい! 格好いいと思うよ。これでショウジョウトキさんの歌とトキさんのキーボードが完成すれば、博士も拍手してくれること間違いないよ」

 

「ありがとっ。でもフーカ、キーボードは使えるの? どうやってトキに教えるの?」

 

 イワシャコさんの質問に、私は少し間を置いてから答えた。

 

「いや、私はちょっとだけできるんだ」

 

「え、そうなんすか?」

 

「うん。だから、この曲に合う音程を考えて、トキさんに教えることはできるよ。あと二日あれば」

 

「さすが、ヒトは何でもできるんですね! (ドヤァ)」

 

 何でもできる訳ではないが、そう言われると何だか嬉しくなる。

 

 実を言うと、私は絶対音感というものを持っている。

 これは生まれつき持っていたものであり、母も絶対音感を持っていた。

 

 ただ、私もその才能を最近使っていないので、どこまで発揮できるかは分からない。

 

 久々に鍵盤を触ることに反感はあるが、コンクールではあるまいし、博士に認めてもらえればまずはそれでオーケーだ。

 

 それに、ここは夢の中なのだから。

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