#35  おんてい

 私は無意識に呆然としてしまっていた。

 

 ショウジョウトキさんは、それはそれは安定した音程で鼻歌を歌って見せた。

 さっきまでブレーキ音のような金切声を出していたのに、何なんだこの変わり様は…?

 

「どうでしょうか? (ドヤァ) やっぱり、ショウジョウトキは歌の才能がありますよね? (ドヤァ)」

 

「うん、ほんとにすごい……」

 

 今回だけは、彼女のドヤ顔にあっさり納得してしまいそうだ。ショウジョウトキさんは、それほど上手に歌えていた。だから、このまましばらく鼻歌で練習をすれば、更に音感が掴めて口でも歌えるようになるかもしれない。

 

 これで一つ目の壁は乗り越えた。

 

 問題はトキさんだ。

 

 トキさんは、ショウジョウトキさんが陽の目を見たことに特に嫉妬はしておらず、どちらかというと自分が三人の足を引っ張らないか気を使っているようだった。

 

「私もちゃんと歌えるようにならないと……ごめんなさいね、みんなの足を引っ張ってしまって」

 

「そんな、全然大丈夫だよ。まだ時間はあるし、じっくりやれば良いと思うよっ」

 

「そうっすよー! まだまだ待てますから!」


「頑張ってください! (ドヤァ)」

 

 トキさんは何度も謝ったが、残りのメンバー達は気にしていないようだ。

 

 だが、どんなに雰囲気が良くても、ここからの練習プランをまた考え直す必要がある。極端な例を上げると、学力偏差値が五十の子と三十の子に同時に勉強を教えるようなものだ。トキさんには音程を取るという課題がまだ残されているが、ショウジョウトキさんはその課題はクリアしている。

 

 とりあえず、ショウジョウトキさんにはイワシャコさん達の練習に合流してもらい、鼻歌で音を取るよう指示した。ボーカルが鼻歌のバンドというのもなかなかユニークで面白いかもしれないが、博士は笑ってくれない気がするので止めておこう。

 

 まずは、トキさんが音程を取ることが第一だ。

 

「本当にごめんなさいね、フーカ」

 

「謝らなくて良いよ。誰も気にしてなんかないし、まだ時間もあるからさ」

 

「そうね…」

 

 トキさんは、確実に落ち込んでいる様子だった。しかし、そうした所で彼女の歌声が改善されるはずもない。

 今は、練習あるのみだ。

 

「じゃあさ、さっきのショウジョウトキさんみたいに鼻歌で音程が取れるって可能性もあるし、まずはトキさんも鼻歌で歌ってみない?」

 

「そうね、私もそう思っていたわ」

 

「よし、じゃあ行ってみよう」

 

 トキさんは小さくうなずくと、鼻ですっと息を吸った。思いきり吸うなと言われたことは、きちんと覚えてくれている。

 

 ショウジョウトキさんのように上手く行くと思ったのだが、たかをくくった私が甘かった。

 

「~~~~♪゙」

 

 瞬間、私の耳たぶが引きちぎれそうなほどビリビリと震えた。

 

 どうやったら、鼻だけでここまでの音量が出せるんだ…?

 

「……うーん、悪くはないんだけど、やっぱり音程がね…」

 

「ダメかしら…」

 

 トキさんが、足元を気まずそうに見る。

 

「あーいやいや、別にそんなダメなんてことは無いよ、ただ……」

 

「ダメならはっきり言ってほしいわ」

 

 トキさんが、私を真剣な眼差しで見た。

 

「あ、ご、ごめん」

 

 私は慌てて謝る。

 トキさんにまで少し怒られてしまった。

 

「ダメでしょう? 私の歌」

 

 トキさんは、そう言うなり私をまっすぐ見つめてきた。

 

 私は言葉に詰まった。

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