23 こっち向いてよ。
朝比奈さんがこちらに向かって手を振っている。「蒼真!」と言いながら響花さんは朝比奈さんに向かって手を振り返している。ああ、なんかこの辺……胸の辺りが痛む。そっか、今日は朝比奈さんも参加する予定だったんだ。
「へへ。サプライズだよ。私の彼氏の蒼真です」
「ごめんね、遅くなっちゃった。本当はみんなよりも早く来て準備する予定だったんだけどね」
すげー爽やかな笑顔。タンクトップの上からシャツを羽織った朝比奈さんは、コンロとグリルを持参してくれていた。風で髪がなびくたびに、耳についたピアスが見え隠れする。
「そこの男の子たち。ごめんだけど、ちょっと手伝ってくれる?」
「あっ、はい」
返事をしたのは侑。朝比奈さんの元に向かう侑の後ろを、俺はついていく形となった。「これ、持てる?」と言いながら、網などを渡してくる朝比奈さん。
相模まつりのときも思ったけど、近くで見ると本当にイケメン。太陽が目の前にあるかのように眩しい。
「あ、えーと……、光稀くんと侑くんだったよね?」
「そ、そうです」
「あ〜よかった。ちゃんと名前教えてくれたのに間違えたら失礼だからね」
朝比奈さんは手を胸にあて、ホッと撫で下している。何だかそんな仕草ですら、めちゃくちゃかっこいいと思える。しかも、こんな高校生の俺らに対しても子供扱いせずに、なんて優しく接してくれる人なんだろうか。これは響花さんも好きになるよな。
「朝比奈さん、やっぱすげぇかっけぇな」
侑が耳元で囁いてきた。侑も俺と同じことを思っていたらしい。
「そうだな」
さっきまでのテンションが出ない。まつりで会った時、あの短時間ですらあんなに心が痛かったのに、あの日の何倍もお似合いの二人の姿を見なくちゃいけない。もちろん二人は付き合っていて、お互い好き同士なんだから、そこは……俺がとやかく思う権利はどこにもない。
「じゃあとりあえず、グリルの準備をする班とテントを張る班に分かれようか」
朝比奈さんはたった今合流したばかりだというのに、すぐに俺たちに馴染み、その場の指揮を始めた。迷いのない指示に、誰もがスッと言うことを聞いてしまう。
「じゃあ俺はこのままグリルの準備して火起こしするね。テント班に男の子ひとり手伝った方がいいね……侑くんできる? テントの張り方はここに書いてあるから、その通りにしてくれればいいよ」
朝比奈さんは侑にテントの張り方が書かれたメモを見せながら説明をしている。ああ、イケメン二人が並ぶと本当に絵になる。
「じゃあこっちも準備始めようか、光稀くんと……」
「未来」
「未来ちゃんだね。よろしく。これは重いから、最初俺たちに任せてくれたらいいよ。あそこにある炭の箱軽いから、こっちに持ってきてくれるとありがたいな」
「うん」
パタパタと炭の箱目掛けて走っていく未来。その後ろ姿を呆然と見つめている俺。
「光稀くん?」
すると突然かっこいい顔が目の前に現れた。俺は思わず「うわぁ!」と声を出し、尻餅をつく。
「あっ、ごめん。驚かせてしまったね。はい、立てる?」
「あ……、はい」
尻餅をついて朝比奈さんを見上げる俺に手を差し伸べてくれた。
「こらー蒼真、光稀くんいじめちゃダメでしょ!」
「あはは、ごめん響花」
――こんな人にやっぱり俺なんか到底及ばない。テレビや雑誌でよく特集している理想のカップル、それはまさにこの二人のことを言うんだろう。
「光稀くん、それこっちに」
「はいっ」
「テント班どう?」
「こっちももうすぐできそうだよ」
朝比奈さんの的確な指示により、バーベキューの準備は難なくスムーズに終わった。爽やかに登場して、まるでリーダーのように周りをうまく使う。
「できたぁー!」
「完成しましたね」
「よかった。みんなのおかげで早く準備終わったね。もうお肉焼いちゃう? みんなお腹空いてるかな?」
「みっくん、川でちょっと水浴びしようよ!」
「お肉焼くなら私、お手伝いします」
そして、それぞれの時間が始まった。トーコは俺の腕をひっぱり、川へ連れて行く。侑と響花さんは、持ってきた折りたたみ椅子に座り二人で休憩している。泉ちゃんと未来と朝比奈さんはバーベキューの準備をしている。野菜を切ったり、肉の準備をしたり、未来はせっせと飲み物を紙コップに注いで、侑と響花さんに渡しに行っている。
みんな、すごく楽しそうだ。俺は空を見上げる。一面木に囲まれているが、俺の立っている場所は太陽が丸見えで、暑い日差しがまっすぐ俺に照りつける。それがとても目に差し込んでくるので、俺は片手を上げ太陽を遮る。
響花さんの周りでは、とても素敵な人や出来事が多い。それが人を惹きつけ、その人の心に強く根付いていく。俺もそのひとり。そして俺は響花さんにとても特別な感情を持っている。異性に対する恋愛感情。響花さんに出会って、とても楽しい時間を過ごして、いっぱいドキドキして、幸せな時間を過ごしていた。でもそこに現れた、朝比奈さんの存在。すげーカッコよくて、響花さんと同じく自分の店を持って、成功して、本当に素敵な人だと思った。そして今回一緒にバーベキューの準備をしたこの短時間で見せつけられた俺との圧倒的な人生経験と力の差。
好きだという気持ちは大事にしたい、それに俺は大好きな響花さんの恋を邪魔することはあってはならない。父さんにも誓ったじゃないか、応援するって。――でも、やっぱり二人を目の前にすると、やっぱりつらい。見ていたくないと思ってしまう。
俺は侑と話をしている響花さんの方に視線をやった。俺、何しょんぼりしてるんだろ。今日はせっかくのバーベキューなんだから楽しまないと――
「みぃーっくん!」
「おわぁ!」
俺の世界が傾いた。突然トーコが飛びついてきたのだ。俺はそのまま後ろに倒れ、川の中に思い切り背中をつけた。両肘を底につけ、上半身を軽く浮かせる。浮力があったから痛みはほとんどなかったが、驚きのあまり心臓がバクバクしている。
「みっくん何ボーッとしてんのよ。水遊びしよーよ」
「いてて……、あのなぁトーコ。そのボーッとしてる人に突然飛びついたら、あぶな……」
俺は目の前のトーコの姿に目を見開いた。俺のへそあたりで馬乗りになっているトーコ。俺と一緒に倒れたせいか服が濡れているのだが、その……ティーシャツからし、下着が……っ!
「みっくん。顔、赤いよ」
「ばばば、ばか。服濡れっ、濡れて。風邪ひく、ひくから早く着替えっ」
顔が赤いと言われ、余計に恥ずかしくなり目を背ける俺。しかし目のやり場がない。トーコはショートパンツを履いているので、足がむき出しになっている。更に馬乗り状態のため……ああっ! とにかくどうしようこの状況ッ‼︎
「みっくん。こっち向いてよ」
「は?」
いやいや何言ってんだこいつは。そんなじろじろと見れるわけないじゃないか。どんなに仲が良くても、トーコは女であり――
「ねぇ。響花さんじゃなくて、こっち向いてよ」
「――え?」
俺はトーコの言葉で、思わず顔をトーコに向けた。
トーコお前……、どうして――どうして、そんな悲しい顔をしてるんだ?
「どうして、あたしじゃないの?」
「ト、トーコ……?」
トーコの眉は垂れ、いつもクリッと開いた目は半分しか開いていなくて、とても泣きそうな表情をしていた。そんなトーコの顔を見たのは初めてで、俺はなんと言えばいいのか分からず、トーコの名前を呼ぶことしかできなかった。
――どうして、あたしじゃないの?
それ……その言葉……、トーコ――
「あ〜、透子ちゃんが光稀くん押し倒してる〜」
朝比奈さんの言葉で、俺の意識は現実に戻ってきた。「はぎゃっ!」と悲鳴をあげて周りを見ると、両手で顔を隠しながらも隙間からこちらを見ている泉ちゃん。未来の目を隠しながら笑っている朝比奈さん。「透子ちゃん大胆っ」と言いながら笑っている響花さん。そして、下を向いている……侑。
「へへへ〜、みっくんあたしのお色気攻撃に心打たれたって顔だよね〜」
「ちょ、バカ! は、早くどけよっ!」
俺は何とかトーコに退いてもらい、息を整えた。何だか、いろんなことが一気に頭をよぎる。トーコの言葉――あれはまるで、トーコが俺のこと……。
「お肉焼けてきたよ。早い者勝ちだから、食べたい人はおいで!」
「あ、朝比奈さん、あたし食べたい〜!」
俺の前からトーコはいなくなったが、その場から動くことができない。考えすぎか?自意識過剰なのか?
――どうして、あたしじゃないの?
そういえばトーコに好きな人を訊いたことがあるけど、何度も誤魔化され、はぐらかされてきた。俺の中では、トーコの好きな人は侑だったらいいなぁとか、俺が勝手に思っていたこともあったから、あの日写真部の教室で二人きりだったのを見て、本当にお似合いだと思ったんだ。
俺が響花さんのことを好きだと言ったあの日、トーコは化粧が落ちるほど泣いていた。
待って。
トーコ、お前――
「みっくん」
「はっ、はい⁉︎」
トーコが急に俺の名前を呼んで振り向いたので、俺は一歩下がって警戒してしまう。
「透けてるの、下着だと思ってるでしょ?」
「ばっ、ばか。そういうことは、そそそんな簡単にっ」
目が回る。「うん」なんて言えるわけないじゃないか。そもそも派手すぎる、しっ下着がっ。それに白いシャツなんて着てっ、ぬぬ、濡れたら透けるに決まってるじゃないかっ。
「これね、水着だよ」
トーコは、俺の気持ちをかき回す天才かもしれない。
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