21 誘いたいヒト
「――と、いうことなんだけど、どう? 侑は」
「バーベキューかぁ」
翌日、俺は学校で早速侑に声を掛けた。
「バーベキュー自体は楽しそうだけど、部活休めないからな。いつやる予定?」
「俺らもうすぐ夏休みだろ。そこはどうって話」
昨日の響花さんからの提案。
【SoL】の常連さんに向けたイベントを企画しているみたいなんだけど、段取りを知っておきたいということで一泊二日でバーベキューの予行練習をしようと誘ってくれた。俺たちが夏休みに入るので、侑やトーコの部活の休みに合わせて開催してくれるという。
「ああ、なら顧問の先生に確認しておく。なんかまとまった休みはあるみたいだから」
「よっしゃ! トーコはどうかな?」
「透子は大丈夫じゃないか? 部活っていっても同好会だし、あんまり夏休みは活動しないって言ってたしな」
「そっか。じゃああとで訊いてみるか」
侑確保。侑はこう見えて、結構こういうイベントに参加するのは好きな方だ。なんだかんだで毎回すごく楽しそうにするもんな。トーコは今日直の仕事で次の授業の準備をしているからあとで確認してみよう。
「場所とかどうなってんの?」
「なんか響花さんの親戚の家の近くに、すげーいいところがあるらしい。しかも超隠れ家的なスポットでマイナスイオン満載だってさぁ」
俺は両手を広げマイナスイオンを感じるポーズを取る。
「そこでだ。あと二人くらいなら誘っていいってことだったんだけど、泉ちゃんとか来るかな。誘ってみようと思うんだけど」
「あ、あぁ。そうだな」
泉ちゃんの名前を出すと、侑の眉がピクッと動いた。
「どうした侑? あ、ていうか昨日二人で歩いてただろ」
「は? 見てたのかよ。ど、どこにいたんだよ」
「響花さんのトリマーのお店だよ。侑たち、父さんの墓に近いあの大通り歩いてただろ?」
「そ、そっか」
侑、動揺してる。長年一緒にいるから、感情表現は薄くても、ちょっとした変化で考えてることは何となく分かる。でも、何で動揺してんだろ。
「何隠してんだよ侑ぅ。俺らの間に隠し事はなしだろぉ」
俺は侑の制服を掴んでぐいぐいと引っ張る。それに伴い椅子の脚を器用に床から離してつけるを繰り返し、まるでブランコのように揺らす。侑は「やめろ、服が伸びるっ」なんて言って抵抗している。
そんな時、俺の横から慌ただしい足音が聞こえた。
「なぁーに楽しそうにしてんのっ。とーこちゃんもまーぜーてー!」
出たトーコ。日直の仕事を終え、走って帰ってきたようだ。しかもトーコのやつ、俺の頭に思いっきり抱きついてきた。
俺の頭部はトーコの腕の中に包まれる。細い女の子の腕にぎゅうっと力が入る。下手したら女の子の柔らかい部分が当たってしまうんじゃないかとドキドキした。そんな腕の隙間から侑の姿が見えたけど、下を向いてスマホをいじっている。ほら、トーコがそんなことするから侑そっぽ向いちゃったじゃないか!
「もうっ、やめろよトーコ。そんなことより、夏休み予定ある? 響花さんにバーベキュー誘われてるんだけど、ぜひトーコもって響花さんが」
「ふぅーん。そうなんだ。で、みっくんは行くの?」
俺はトーコを引き剥がしたけど、今度は俺の髪をシャンプーをするようにわしゃわしゃとかき回している。ああ……、もう髪がぐちゃぐちゃだ。
「あ、当たり前だろ」
「へー。当たり前なんだ」
「悪いかよ。お肉食いたいんだよ」
「お肉ねぇ。まぁいいや。うん、分かった。あたしも行ってあげる」
トーコも確保、したけど何だかもやもやする言い方だなぁ。
「あとさ泉ちゃんを誘おうと思って……あっ! 侑そういえば昨日はなんでいず――」
「あーっ。あー、じゃあ泉ちゃんには俺が声掛けとくわ」
俺が全部言い切る前に、侑は俺の言葉を遮って言葉を乗せてきた。下を向いてスマホをいじっていたくせに、急に顔を上げていつもより大きな声を出す。
「いいねぇ、泉ちゃん。休みのシフト合うといいけど」
「そ、そうだな」
侑、いったいどうしたんだろう。泉ちゃんのことになると、様子がおかしい。何かやっぱり隠してることがあるのかな。
俺の頭は未だトーコにこねくり回されながらも、そんなことを真剣に考えた。
「そういえばあとひとりって言ってたけど、誰かアテはあるのか?」
「え、あとひとり誘えるの?」
「うん〜響花さんはいいよって言ってくれてるけど……、あっ。なぁ俺、誘いたい子がいるんだけど、いいかな――」
「ただいま」
「あら、おかえり光稀」
俺が帰宅すると母さんが夕食の準備をしていた。母さんが家にいるということは、ワタアメの散歩もすでに終わっている。今日のこの匂いは、カレーか。この暑い中、汗をかきながら食べるカレーもうまいよな。
「母さん、未来帰ってきてる?」
「帰ってきてるよ。部屋にいるんじゃないか?」
俺は二階へ駆け上がると未来の部屋の前で一回深呼吸をする。すぅ、はぁ。よし。
ノックをすると小さな声で「はい」と聞こえる。耳を済まさないと聞き逃してしまうほど小さい。
「未来〜、入るぞ」
「お兄ちゃん。おかえり」
「あ、うん。ただいま」
未来は机に向かい宿題をしていたようだった。勉強机には教科書やノート、筆記用具が出されており、シャーペンを持ちながら椅子を引き、こちらを向いた。
「なに?」
「いや、えっと、未来は夏休み暇か?」
「宿題出るし、暇ではないけど」
「そっか。そうだよな、あはは」
妹相手に何緊張してるんだ俺は。
「いやそうじゃなくてな、バッ……バーベキューに行かないか?」
「バーベキュー?」
「そう、バーベキュー、兄ちゃんのそ、尊敬する人が誘ってくれたんだけど良かったら未来もどうかなって。侑とか透子も来る予定なんだ。分かるだろ? 兄ちゃんの大事な友達。場所もすげーいいところらしくてさ」
「…………」
俺ってば、何ひとりでペラペラ喋ってるんだろうか。未来なんて真顔でこっち見てるだけだし、な、なんか反応して――
「楽しそう。行きたい」
おっ。
俺は驚いた。
まさか未来から『楽しそう』だなんて言葉が出るとは正直思っていなかったからだ。
俺が未来をバーベキューに誘った理由、それはこの前の過呼吸のお詫びもあるけど、それ以上にみんなと触れ合うことで、少しずつ閉ざした心を開いてくれることを期待してのことだった。
「そっか。分かった。みんなの休みを合わせて日程を決めるから、未来の部活の休み分かったら教えて」
「うん」
俺は嬉しかった。未来が『行きたい』と言ってくれたこと。少しずつでいい、何でもいいから何かをきっかけにして、未来の将来がいい方向に向いてくれると兄としても嬉しく思う。
俺は部屋に戻ると、早速グループLINEで侑とトーコに向けて未来が参加することを伝えた。
そして数日が経過した。俺たちはだんだん近付いてくる夏休みに向けてバーベキューの日程を調整した。泉ちゃんもシフトを相談してくれることになったみたいで、しかもその辺は店長さんが融通を利かせてくれるらしい。普段から泉ちゃん頑張っているからな。それに加えて俺のバイトのシフト、侑とトーコ、そして未来の部活の休み。
そして奇跡でも起きたかのように、それらは非常にうまく絡まり合い、五人の休みがピッタリと調整できる日が見えてきた。少し時間は掛かったけど、夏真っ盛りの八月に、みんなでバーベキューを開催する日程が決まった。
それに伴い、俺たちはグループLINEを結成した。俺は【frappé】に行き、泉ちゃんのLINEをゲットするとすぐにグループを組み、みんなを招待した。
〔光稀です。響花さん、当日必要なものがあれば買ってきますので、遠慮せずに言ってください〕
〔響花さんです。グループに入れてくれてありがとう。当日みんなに会えるのがすごく楽しみ。じゃあ当日は――〕
〔侑です。了解しました〕
〔透子<(了解の)スタンプ>〕
〔泉です。この度はお誘いしてくれてとても嬉しいです。私も買い出し手伝います〕
〔未来です。よろしくお願いします〕
そして後日。俺と侑、トーコと泉ちゃんの四人はバーベキューに備え、必要なものをホームセンターに買い出しに行った。近所のホームセンターには、バーベキューコーナーが組まれており、そこに一通り揃っていたため、大きく探し回ることもなかった。
「じゃああと……これを買えばいいのかな」
「ていうか、あたしたちが準備するのってこれだけでいいの?」
俺とトーコはそれぞれ一箱ずつ炭の箱を持ち上げる。とは言っても思っていた以上に非常に軽い。バーベキューなんて初めてだからすげー楽しみだ。まだ買い出しなのに、本当にワクワクする。
「炭と、チャッカマンと、着火剤、ティッシュ……材料とか、肝心なグリルとかコンロは大丈夫なんでしょうか?」
「たしかに消耗品とか火起こしに必要なのしか書かれてないな」
「ふああっ、侑さんっ、ち、近……っ」
泉ちゃんが響花さんから送られてきた買い出しリストを見ていると、侑が上から覗き込む。その距離が近くて泉ちゃんが声を上げる。顔を真っ赤にしてスマホで口元を隠す泉ちゃん、本当に女の子っぽくて可愛らしい。
「ちょっと。なーに泉ちゃんばっかり見てるのよ」
「み、見てないしっ、いでででっ」
トーコが俺の足を踏みつけてきた。そんなに怒ることかよ。しかもなんでトーコが怒るんだ。しかも本当小さいくせに力は強い。
そして各々準備を進め、俺等はバーベキュー当日を迎えた――
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