16 心が痛む、春の終わり
相模まつり当日。
開始早々、まつりは大賑わいを見せている。花火が上がるとともに、一斉に会場となっている公園に押し寄せる人混み。公園の半分を占めるたくさんの屋台にはさっそく人が長蛇の列をつくっている。今日のイベントは地元相模原市のアイドル〈サガミーズ〉の曲披露と、一発屋と呼ばれる枠組みに当てはまる芸人や、あまりテレビではお見掛けしない計三組のお笑い芸人のネタ披露。
俺等の当日の役割は、舞台の裏方や人手不足な屋台の手伝い、一定時間に行われる公園にゴミ拾いなど盛り沢山だ。
「そろそろ一組目の芸人さん、ネタ準備入ります!」
「越前くん、中城くんちょっとこっちの大道具運ぶの手伝って!」
「あ、はいっ!」
一言でいえばもうめちゃくちゃ忙しい。水を飲む時間もなく、流れる汗を首から掛けているタオルでひたすら拭う。俺等三人は当日役人だけが着るオレンジのティーシャツを渡され、それを着ている。当たり前だろうが役員ティーシャツはとても目立つので、作業の合間にたくさんの人に声を掛けられる。その中には同級生や、同級生の家族もいて、声援をもらった。侑なんて女子に囲まれてすげー騒がれてる。あ、あの表情はすげー困っている時の顔だ。同級生というか、見たことのない年上っぽい女の人もいた。大学生かな? 侑ホントにモテすぎ! まぁ俺には響花さんがいるからいいけど。あ、トーコが助けに行った。
芸人さんのネタが始まって、大勢の人が大笑いしている中でも俺たちにそれをゆっくり楽しんでいる暇はない。
「ごめん、こっち来れる!?」
「すぐに向かいます!」
あっちこっちに引っ張りだこ。時間の流れもとても早く感じる。三〇分しか経っていない感覚だが、すでに二時間経過していたりする。それくらいやることも多い。息をつく暇もないとはこのことか。
そんな多忙な時間を必死に走り回り、俺等三人が合流できて一息つくときには、もう午後の一四時を回っていた。
「あああ~っ、やばい。これ忙しすぎ!」
「たしかに。これは疲れたな。てかトーコ、どこで何をしてたか全然分かんなかったし」
「ちょ、あっくん! あたしはちゃんと屋台の手伝いしてたんだからねっ!」
そんなことを言いながら役員専用のテントの中で扇風機に当たりながら、支給品のお弁当を食べる。お米の真ん中に梅干が乗っている日の丸弁当。無難だけど、やっぱりこれがうまい。
というか、いっつもこういったイベントは裏方じゃなくて参加する側だったから、こんな思いでイベントの準備や当日を回していることを知れたことは本当に勉強になったし、いい経験になっている。何気ない装飾も何日もかけて作ったものだし、『これ微妙だね』と言う人々が指しているものだって、何日もかけて考えたとびっきりの案だったりするのだ。『えーなんで(人気芸人の名前)じゃないのー!?』と不満が飛ぶが、この人たちのスケジュールを抑えることだって相当苦労している。というか、人気芸人が呼べるならとっくの昔に呼んでいる。このまつりのすべてに、いろんな人の思いが詰まっているのだ。役員みんなに共通していることは、このまつりに来てくれる人を楽しませたいというたったひとつの思い。お金がもらえるわけでもないのに、人がここまで頑張れるのって、何か目標としているものや描いている夢、やりたいことがハッキリしているからだと気付くことができた。響花さんの言っていた、まだ見つかっていない俺の夢――俺はこの残りの高校生活で、それを見つけることはできるだろうか。いや、見つけていきたい。俺は、そう思うようになっていた。
「そういえばみっくんの好きな人って、来てた? あたし全然そんな余裕なかったんだけど」
「はっ! た、たしかに! 俺も忙しすぎて全然見てなかった! ああ~もうすでに来ていたらどうしよう」
俺はすっかり失念していた。というか割と表立ってというよりは裏側で手伝いをすることが多かったから。本当に気付かなかったかもしれない。
「おーい、あんたたち。休憩終わったら風船配りの手伝いしてくれんか?」
役員のおっちゃんが声を掛けに来てくれた。話を聞くと、公園の一番メインの出入り口付近にある風船を配る係の手伝いをしてほしいということだった。
「入り口付近なら見つけやすいかもな」
「あっくんの言う通りね。もしまだ来てなかったらすぐ発見できるかもよ」
「そ、そうだな。その、もし、その人に会えたら……お前らのこと、紹介したいんだけど、いい、かな」
「はぁー? いいに決まってんじゃん! なぁーにもじもじしてんのよ!」
「ちゃんと教えろよ、光稀」
「ありがとう。あー俺、後半も頑張れるわ」
「えっ。じゃああたしたちの分もよろしく」
「俺たちちょっと近くのコンビニでアイス食ってくるから」
「お、おいっ! ちょ、待て、バカたれ!」
最終的にはいじられながらも、俺のやる気は非常に湧き上がってきていた。ここ最近会っていなかった響花さん。俺のことは覚えてくれているだろうか。『名前何だっけ?』なんて訊かれないだろうか。不安だし、心配。久しぶりに会うし、ちゃんと喋れるかな。でもそんなの通り越して、会いたい。響花さん、俺は今すぐあなたに会いたいです――
「わーっ! ふうせんちょうだいー!」
「お姉ちゃんちいさいねー!」
「ふうせんよこせよっ! 俺青がいいっ!」
休憩を終えた俺たちはというと……、子供たちに揉みくちゃにされていた。たくさんの風船を両手いっぱいに持った俺たちは、手作りの大きな門を潜った子供たちに真っ先にターゲットにされた。あっという間に囲まれ風船をせがまれる。中には風船を取り合いする子供、ちゃんと受け取れなくて空に飛んでいってしまう風船を見ながら声に出して泣く子供が多く、その対応は結構大変だった。トーコは子供のあやし方が上手だった。「ちいさいっ」と言われると「こらー!」なんて言っているけど、ちゃんとフォローしていてみんなのお姉さんみたいだ。問題は侑だ……。侑は大きいから、男の子たちに「おんぶしろ!」とシャツを引っぱられ、「怪獣だ! くらえ!」と目に見えないビームを食らわされている。しかも反応がうまくできないので「倒れろよ!」とか言われておどおどしている。普段女の子ばかり囲まれている侑も困っているけど、子供たちの前では本当にどうしていいのか分からないみたいだ。ククク、カンチョ―されてる。子供って加減を知らないから侑めちゃくちゃ痛そうにしてる。やばい。悪魔の笑みが止まらない。
そんなこんなでここでも時間はあっという間に過ぎていく。だんだん人の入場が少なり、出ていく方が目立ってきた時間帯。響花さんには、まだ会えずじまいだ。やっぱり午前中に来ていたんだろうか。それだったら自分から誘ったくせに本当に申し訳ない。今日会えなかったらそれこそLINEを入れてみよう。
「ねぇねぇ、みっくん」
「ん? どうした、トーコ」
侑が子供たちに両腕を左右に引っ張られているのを背景に、トーコは俺に声を掛けてきた。
「あの人、すっごくイケメンだね。モデルさんみたい」
トーコの指差す先に、その男の人は立っていた。手作りの門の近くにある大きな木にもたれかかっている。トーコの言う通り、本当に誰でも目を引くようなとてもかっこいい男の人だった。俺の目は侑のおかげでだいぶ免疫がついていたと思っていたけど、そんなのぶっ飛ぶくらいに俺は見惚れてしまった。
侑と同じくらいの身長だろうか。スラッとした体つきに、ジャケット姿がよく似合っている。元々色素が薄いのか、髪の色と瞳の色がおんなじ薄茶色。外国人のように彫りの深い顔付き。すっげーかっこいい。その証拠に、その男の人の周りでは女の子がキャーキャー言っている。というか本当にイケメンすぎて、正直こんな田舎のまつりにいることが不思議に思うほどの佇まいだった。
「いいなぁ。俺もあんなイケメンに生まれたかった」
「な、なに言ってんのよ。もう、いいじゃん」
「ああ~……、やっと抜け出せた。って何やってんだ二人とも」
ようやく子供たちに開放された侑に、イケメンのことを教えてあげる。侑も「すげ……」って言って食い入るように見ていた。
その時――
俺の心臓は大きく高鳴った。
響花さんだ。
響花さんが公園に向かって歩いてきているのが見えた。本当に来てくれた。クリームを隣に連れ、靴音を鳴らすたびに草木や花が生き生きしているようにゆらゆらと揺れる。久しぶりに見る響花さんの姿。風でなびく髪を耳に掛ける仕草に、俺はドキッと唸る心臓を抑える。
「お、響花さん……っ!」
「えっ、どこどこ!? 噂のみっくんの好きな人やっと来た!?」
「ちょっ、全然見えないんだけど」
俺はぷるぷると震える手で響花さんを指さす。
「ちょ……っ! 何あの人、やば。すっごくキレー……」
「ああ、光稀が惚れた理由が分かった。あんな美人さん反則すぎる」
もう俺の頭の中は一瞬で響花さん一色になった。何と言って声を掛けようか、そんなことばっかり考えて、恥ずかしさのあまり唇を下を向いて噛みしめる。俺は髪の毛を
そんなことをしていると、響花さんがきょろきょろしながら門を潜り、公園の中に入ってきた。
「わわっ、入ってきたよみっくん。行く? 行く?」
「えらいきょろついているけど、あれ光稀を探してんのかな?」
「えっ、そ、そんなことないと思うけど」
「いやでも、そうかもしんないから行ってあげれば?」
「そ、そうだよみっくん」
「そうだな。二人のことも紹介したいしな」
響花さんに声を掛けるだけでも緊張してしまって、想像以上にかなりの勇気を必要とする。高校生の俺なんかの誘いを流さずにちゃんと受け入れて、来てくれた響花さん。本当に優しすぎます。でも俺は、あなたのそんなところを好きになった。ここまで俺の気持ちに応えてくれるあなたを好きになる想いは、どんどん加速して止まらない。響花さん――俺は心の底から、あなたのことが好きです。
越前 光稀。勇気を出して、あなたの元へ行きます。
「響花さ――」
「響花」
――あれ?
何だろう。一瞬、何が起きたのか理解できなかった。俺が響花さんの名前を呼ぶのよりも、ずっと爽やかで透き通った声が俺の好きな人の名前を呼ぶ。
響花さんは、俺じゃなくてもうひとりの声の主の方を向いてすっごく幸せそうな顔をする。顔を真っ赤にして、照れくさそうにして、そこにぶわっと花が咲き誇ったかのような響花さんの笑顔、初めて見た。
響花さんの名前を呼んだのは、さっきのイケメンの男性。響花さんは手を振りながらクリームと一緒に男性の元に走っていく。
なんて美男美女で絵になる二人だろう。ほら、トーコ。隣で固まっていないでさ。シャッターチャンスじゃないか? すげーあの二人の周り、キラキラ輝いて見えるよ。
男性に頭を撫でられて、頬をピンクに染める響花さん。ああ、なんて幸せそうな表情だろうか。クリームも男性の周りを走り回り、とても懐いているように見える。
そんな笑顔の下で、二人の指先は深く、強く絡み合い、やがて互いの指と指を交差させて、手を繋ぐ。
なんだこれ。めちゃくちゃ痛い。どこが? どこだろう。
頭が、両手が、体が、心が、とっても痛いです、響花さん。
「あっ、光稀くんだ。おーい!」
ずっと気付いていたのに先に声を掛けてくれたのは響花さん。いつもと変わらず明るく透き通るような声で、俺の名前を呼んでくれた。そして男性と繋がれた手を離すことなく、二人で一緒に俺たちの前にやってくる。
「良かった会えて。遅くなっちゃってごめんね」
いえ。本当に来てくれただけで、今こうやって会えているだけで俺は本当に嬉しいです。
「あ、紹介するね。彼は私の――」
次の言葉は、もう予想はできていた。
分かってしまった。
そしてそれは、あなたの口から聞きたくない言葉。
「私の、彼氏だよ」
俺の心臓は、ナイフで抉られたような深い深い痛みに襲われた。
〔春〕・了
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