第23話 鬼神の反撃

 生徒指導、体育教師。問題児の相手を長年しているんだっけか。

 培った経験と筋力は厄介だ。その辺の不良かぶれ以上に強い。頭を狙ってもみぞおちを狙っても全て受け流されてしまう。悪ガキの相手をしているとパターンの分析も早いし、反撃の一つ一つが重い。


 だからといって負ける理由にはならない。負けるわけがない。


 胸を狙った一撃を放つ。一宮はそれを弾いて隼の顔に手を伸ばした。その腕を掴んで懐に入り、背中に乗せて力の限り投げ飛ばした。

 柔道の受け身で身を守った一宮が姿勢を低くして突進して来る。


「アホやんけ」


 さっと横に避けて横っ腹を蹴り飛ばす。ボールのように跳ねた一宮に駆け出し、顔が隼に向いた瞬間、鼻だけを的確に狙った膝蹴りを放つ。メキャッと嫌な音がして一宮の頭が後ろに反れる。顎を蹴り上げて全身を反らせ、回し蹴りで胸を貫く。

 自分よりも軽い隼に蹴飛ばされ、鼻血を垂らす一宮は人形を掲げた。聡明が持っていたのとは違う中年男性の関節人形。人形は頭を高速回転させて隼に狙いを定める。

 ──気持ち悪い。

 口をガバッと開け、無数の糸が飛び出し、隼に一直線。しかし、糸は隼の手前で消えた。

 隼がため息をついて一宮の顔面に右ストレートを入れた。体を大きく逸らして倒れた一宮はすぐさま立ち上がり、回し蹴りで隼を遠ざける。近くを転がっていた燃えカスを投げつけ、不意打ちで人形をかざす。だが、一宮が何度人形をけしかけても隼には何一つ影響がない。


「どうして効かん!!?」


 隼の首にぶら下がるルビーの原石が怪しく輝く。人形から糸が迫るとルビーが全てはじき飛ばしていた。

 焦る一宮は人形を別の方に向けた。隅の方から聡明が現れ、隼に迫る。

 聡明の相手は隼ではない。あと数メートルの距離にまで近づいてきた。それと同じく、雄々しい声も近づいてきた。


「おおおおお──っ!!」


 その場にしゃがんだ隼を踏み台に跳躍。赤髪をなびかせて薫が聡明の額を一蹴する。

 少し離れた床に打ち付けられて聡明は動かなくなった。地面に倒れる聡明と青い顔で口を開けっぱなしの一宮の前で、薫と隼は危機感のない話をする。


「あの異物さぁ、一宮の人形のだったってよ。情処課の主任が言ってた」

「マジか。うわぁ、さっきまで聡明の方だと思ってた。え、これ要る?要らなかっただろ」

「あ、もしかして、もう言っちゃった?ケータイ燃えたから間違いだって教えらんねかったし。悪ぃな!かっこつけ!」

「後で手合わせしようか赤毛猿」


「借りはきっちり返したぞ。あとはお前だ」


 薫は聡明に向かって満足気に言うと、矛先を一宮に変えた。依然として顎の外れかけた一宮に、じりじりと迫るように問いかけた。


「逮捕される気は?」

「全くない!」


 一宮が人形を掲げた。ぐったりとする聡明が空に引っ張られるように起き上がり、人形を薫の前に突き出した。


「同じテにのるかよ!」


 女の子の人形は目を光らせる。だが薫にも影響が出ない。輝くターコイズが胸元で揺れる。

 持参の警棒で聡明の手から人形を叩き落として奪い取った。薫は意地悪に歯を見せた。一宮は追い詰められて言葉にならない叫びをあげる。

「どうして!なぜ効かん!?能力は奪った!抵抗できる力はない!そんなことが……」


「そりゃあ、コレがあるからな」


 薫が首に下げた宝石を見せつける。キラキラと輝く原石は膜のような白いオーラを放つ。それが最大の秘密であり最強の武器だ。


「俺ら以外にも能力者は数多いる。その能力者の中には『消失』の能力を持つ者がいる」

「能力者から能力は消えないが、使ことは出来っからな。それが能力者の加護を受けた『無効石』ってわけだ」


 薫はドヤ顔しているが、一宮一般人には超理論だ。『消失』させる能力なんて、反則技を受け入れられないだろう。


 無論、『能力を消す』わけだから、身につける能力者も自分の能力を使えない。そのデメリットを代わりに、『一切の能力の影響を受けない』という最強のメリットがある。

 能力を使えない現状では非常に有利に立てる秘密兵器だ。

 ──語っておいてなんだけど、コイツ『秘密』の意味わかってんのかな。



 一宮は尋常ではない汗をかき、血走った目を震わせる。

「あと少しだったのに……」

 一宮の独り言に共鳴して聡明も「足リナイ」と呟いた。


「足リナイ、足リナイ……アトヒトツ、柊馬ガ揃エバ完璧ナノニ……」


 そこに足音が聞こえた。扉に手をつき、肩で息をする柊馬が大声を出した。



「約束守れよ!嘘つきぃぃぃぃ!」



 隼はその一言で先手を打った。聡明の背後に回って腕を押さえつける。聡明の体から力が抜けて隼に体重を預ける。一宮が聡明に人形を向けたが、聡明にも隼の石の力が効いていた。操れる人間がこの場からいなくなった。

 万事休すこの場で一宮は一縷の光を見出した。人形を柊馬に向けた。薫が焦って柊馬の元へ駆け出した。しかし、それより早く無数の糸が柊馬に巻きつき、体の自由を奪い、小さな玉を飲み込ませた。


 一宮は微笑んだ。希望が見えた。逆転勝利を確信した。だが、一宮に訪れた未来は望んだものとはかけ離れていた。




契約違反ゆびきれた



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