第11話 捜査打切



 どうして───



 生徒、教員、事務員の他用務員。校内の誰に聞いても失踪者を知る人がいない。名簿を見ても名前は無く、リストを見せても首を傾げられる。



 生徒は『存在』ごと失踪したことになる。



 駐車場のバイクに乗ってエンジンをかける。ヘルメットを装着して駐車場を出る。


「オレ忘れないで!」


 車道に出る寸前で薫が後ろに飛び乗った。バイクを唸らせ車の少ない通りを豪速で走り抜ける。署へと向かう近道で、ヘルメット越しに受ける風が痛い。


「全員『知らない』と答えた。口裏合わせしたと思うか?」

「いーや全然。数人程度ならともかく、全校単位は無理だ。数百人が同じ答えをする嘘っつーのは基本ありえない」

「だよな。そうなるとやっぱり能力関係か?存在ごと失踪とか……」

「念のためにアリバイ確認したが、『僕カンケーないから!』って超怒られた」

「そりゃそうだろ」




 少秘警──刑事課


 林道を抜け、玄関に乗り捨てるようにバイクを置く。奥の事務室に駆け込むと、長谷とお菊が仁王立ちで待ち構えていた。淹れかけのコーヒーの香りが室内に広がっている。


「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」


 長谷が真剣な眼差しで選択肢を差し出す。薫は迷わず「良いニュース」と答えた。


「消えた生徒の保護者全員にお会いすることが出来たわ」

「それが良いニュース?じゃあ悪ぃ方は?」

 長谷が深いため息をつく。重々しく開いた口からいなす言葉は予想通りのものだった。



「全員一致で『知らない』と答えたことよ」



 ──ああ、やはりそうか。

 薫は学校であったことをざっと説明する。それを聞きつつ、長谷は壁に寄りかかって腕を組む。お菊と暗い顔で耳を傾けていた。


「嘘みたいでしょうけど、どの家にも生徒の写真がないのよ。警察特権で部屋も見せてもらったし、市役所の戸籍も確認したわ。でも……」


「記録も無かったんだな?」


 長谷は「……ええ」と苦しそうに返す。

 今度は本当の消失事件。前の大仕事以上に厄介なものだ。

「俺らの収穫も聞いて」

 薫が机にクッキーを置いた。

「これを食った奴らが失踪してる。もしこれが共通点だとしたら、なんか反応あるんじゃねーの?」


 それを聞くなりお菊が黙ってクッキーを情処課に持っていく。その間に薫と長谷は今後の話を深めていく。

「薬か毒かはわからないけど、反応によっては特殊課に要請が必要ね」

「クッキーを食った奴に共通する事っつったら学力が上がる程度だった。一気に伸びた奴もいる」

「学生には夢のような話ね。でも失踪するって辺りなら身体操作の能力で考えましょう」

「記憶や記録を消すカラクリも見つけねーとダメだろ」


「そうね。でも、こっちで全部片付けるわ」


 長谷のこの一言に薫があからさまに嫌な顔をする。

「そりゃどういうことだよ」

 不機嫌な低い声で長谷に問うと、重い深呼吸が帰ってきた。

 そういえばいつも飲まないコーヒーを淹れていた。隼たちが事件を担当する捜査本部では絶対と言っていいほどコーヒーを飲まない。つまり、コーヒーを淹れるというのは……

「単刀直入に言うわ」



「この事件は今を以て上司おとな管轄しごとになったということよ」



権限譲渡バトンタッチ』を意味する刑事課の暗黙のルール。

 もちろん薫が納得するわけがない。「はぁ!?」と噛みつくように吐いて長谷に詰め寄る。長谷は二メートルの距離を保って説得する。

「別件で思わぬ事が発見されたの。もしそれが本当ならあなた達が危ないわ」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ!オレらの事件ヤマだぜ!?」

「そうだけど、別件の捜査で危険度が格段に上がっちゃったの。私より上がそう判断したのよ」

「乗り掛かった船から降りろってのか!?ここまで分かってんのに今さら引くなんて出来るか!つーかその別件てなんだよ!」

「それは言えないわよ。まだ事実確認そのものが済んでないんだから」

「じゃあオレは引かねーぞ」

「事情が事情なのよ。お願い私の可愛いベイビーちゃん、言うことを聞いてちょうだい。あなた達を死なせないためなの。これは上司命令よ」


 反論を封じられて薫は歯ぎしりする。長谷の思い詰めた瞳が薫に「ごめん」と言った。長谷が事務室を出ると、薫は怒りに任せて近くの机を蹴り飛ばす。派手な音と共に崩れた机から小さな火柱が立つ。

 かける言葉も見つからず、隼は拳を強く握りしめた。しんとした事務室で、冷めたコーヒーの一滴がドリッパーからこぼれ落ちる。水面に波紋を立てて静かに消えた。

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