第128話 ラストチャンス
聖教国首都近くに飛行場として造成された開けた場所に、一陣の風が吹いた。
上空にはエンデルに依って封印されているエンシェントドラゴンが、滑走路にいる全員を睨み付けるように浮いている。その周りを大きく旋回しながら偵察機リーパーがこちらに映像を送り続けていた。
いったいどんな作用が働いてあの巨体を浮かせているのかは分からないが、異世界の魔法という未知の力が働いていることだけは確かなのだろう。
偵察機のように揚力も働いていないのに重力に反して浮いているだけでも、でたらめな現象であることは間違いない。こちらの世界の常識では理解できない現象だろう。
そして飛行場に用意されている場所で、いよいよエル姫さんの儀式が始められようとしていた。
成功すればエンシェントドラゴンは、聖域である霊峰、あの大家さんが考えなしにガスタンクを爆破した岩山にある、洞穴内のとある場所に封印されるということらしい。そして数十年なのか数百年かは分からないが、魔法の効力が残っている内は、エンシェントドラゴンは眠りにつくという寸法らしい。
今回目覚めたのは、大家さんの作戦での不測の出来事だったというわけだ。帝国軍には絶大な効果を見せたが、エンシェントドラゴンにまで絶大な効果を与えてしまっては話にならない。まったくもって迷惑甚だしいことである。
まあ知らなかったのだから責められる問題でもないのだけどね。
そしてエル姫さんの魔法が失敗したら。
そこは考えないようにしたい。
それでも失敗しても、大家さんとアイリーンさんが次の作戦を必死に模索している最中なので、何とかなると信じている。
失敗した時の為に動く準備は既にできているのだ。被害が大きくなる前にエンシェントドラゴンを倒すことができるように、準備は着々と進めている。
しかし俺はエンデルを信じている。
だから絶対に失敗などしない。そう思っているのだ。
そしてエル姫さん達がエンデルに依って異世界に召喚されてから、一時間余りが経過しようとしていた。
『エル姫様、始めましょう』
エンデルは魔力の回復が完了したのか、エル姫さんに儀式を始めようと伝えた。
『エンデル様……もうよろしいのですか? もう少し回復するまで休んでいた方が……』
『いいえ、封印の浸食が予想よりも早いようです。一刻の猶予もありません。早くしなければ、
エンデルの申し出に、もう少し休んだ方がいいと言い竦めるエル姫さんだった。
映像を見る限りでも、まだ血色の良くない表情をしているので俺も同感なのだが、エンデルはもう時間がないと首を横に振るのだった。
確かにエンデルがエンシェントドラゴンを封印してから、かれこれ3時間ぐらい経過しようとしている。予想ではこちらの世界の時間で約5、6時間ぐらいと言っていたが、もうその半分は経過してしまっている。予想はあくまでも予想の範疇でしかなく、エンシェントドラゴンの封印への浸食が早い以上、いつ封印を破られるか分からないということだろう。
『それでもこの神聖魔法は、わたくしの万全な状態の魔力量でも、その全てを使うほどの大魔法だという話です。今の状態のエンデル様にその余裕があるとは思われません……』
『もう半分以上は回復しておりますし、一刻も早くしなければ』
『半分では余裕がないのではないですか……?』
エル姫さんの総魔力量よりも、エンデルの総魔力量の方が勝っているのは確かなのだろうが、魔力量に余裕がなければ、身体への負担が増大すると考えているエル姫さんは、再度もう少し休んでからと言うが、エンデルは譲らない。
やはり先ほどエル姫さん達を召喚した時よりも、エンデルの回復が遅くなっているようだ。薬や食べ物で回復させるのも、限界に来ているのだろう。先ほどは今ぐらいの時間で全回復していたのに、未だ半分しか回復していないのだから。
『大丈夫。プノーザもおりますし、最悪の場合はこれがあります』
エンデルは両手に持った何かをエル姫さんに見せた。
それを見たエル姫さんは、驚きの表情で口を開く。
『そ、それは魔法石ではありませんか⁉ そんなモノを使ってしまっては、それこそエンデル様への負担が……』
エンデルの手の中にあるのは魔法石。
プノが必要になるかもしれないと、魔力を豊富に蓄えた魔法石を用意していたのだ。プノの話では、魔法石とは本来魔道具などに魔力を供給するために使われるものらしい。こちらの世界でいうところの、一種のバッテリーのようなものと言えばわかりやすいだろう。以前も魔法陣にプノが魔力を込めてその道具を使えるようにしたように、それよりも規模の大きなものを動かしたりする場合に使われるそうだ。
魔法石は宝石のようなものなのだが、こちらの世界の宝石とは全く違う。長い年月を掛け地中や空中にある魔力を蓄積し、結晶化したものが魔法石ということらしい。そうプノが話していた。
そしてここでエル姫さんが懸念しているのが、魔力が足りない場合、その魔力をエンデルが使うと言い出したからだ。
要は、エンデル達が持つ魔力と、魔法石が内包する魔力は、全く質が違うということらしい。その質が違う魔力をエンデルが取り込み、そしてその魔力を自分の魔力として使おうというのだ。
分かりやすくいえば、エンデルの身体をインバーターやコンバーターのように使うということだ。直流電源を交流に変えたり、電圧の大きさを使える大きさの電圧に変換するように。
魔法石の魔力を人が使える魔力に変換する。ということだ。
俺達に魔法の事はよく分からない。けれどもプノの説明を聞いただけでもその危険性は、多少なりとも理解できるというものだ。
プノもそれが分かっていて用意していた。だがエル姫さんはそれを許容できないと言っている。
「エンデル、大丈夫なんだな?」
俺もたまらず口を挟んでしまう。
『はい、大丈夫ですアキオさん』
エンデルは確信をもって返事をした。
エンデルが時間がないというのだから間違いないのだろう。それに、ここでエンシェントドラゴンに封印を破られてしまったら、それこそ元の木阿弥である。エンデルに再度封印術を施す魔力も体力もないだろうし、もし仮に封印できたとしても、エル姫さんが儀式をできるだけの魔力もないのだ。やるしかない。
チャンスはこの一度だけ。
「というわけだエル姫さん。エンデルを信じよう」
『でもアキオ様……』
「信じるんだ‼」
『は、はい……』
戸惑うエル姫さんに俺は強い口調で信じろと言った。
これから使う魔法がどれだけ難しい魔法なのか俺には分からないが、エンデルを信頼せず、不安を抱いたままでは、成功するものも成功しない可能性がある。
「エンデルを信じ、完璧な魔法であいつを完全に封印しなくてどうする? 失敗は許されない。この儀式が成功しなければエンデルだけではなく、たくさんの人が死ぬかもしれないんだぞ? エル姫さんはエンデルの事を信頼し、魔法にだけ注力すればいいんだ」
その後エンデルがどうなろうが、この一度のチャンスを逃してはならない。なによりもエンデルが一番それを望んでいるのだから。
エンデル自身が大丈夫と言っている以上、大丈夫だと俺達も信じるしかないのだ。
『分かりました!』
エル姫さんは迷いを断ち切った表情で応えた。
『エンデル様、参りましょう!』
『はい、エル姫様!』
エンデルとエル姫さんは、意を決し書見台の前へと立つのだった。
長く、そして意味の分からない呪文のような言葉が、エル姫さんによって朗々と紡がれてゆく。
この魔法はエンデルが行ったように魔法陣を必要としていないようだった。聖教国の教義を受け、その資質を持つ者にしか使えない神聖魔法。
その呪文を唱えるエル姫さんは、若干光を纏っているような、そんな神々しき光が次第に強くなってきている。けしてスケスケの衣装が光って見えるわけではない。
エンデルは呪文を唱えるエル姫さんの背後に立ち、背中に手を当て己が魔力をエル姫さんに送り続けている。呪文が完成するまで魔力を送り続けるのであろう。
そしていよいよ終盤を迎えた。
エル姫さんの呪文と共に、空中に摩訶不思議な光が浮かび上がってくる。エンデル達が地面に書いたような魔法陣が、空中に光で構築されてゆく様は、とても幻想的だった。ホログラムで作られているみたいだが、どこにも投影機のようなものがないのだ。不思議でしょうがない。
『──女神エロームの名のもとに、かの災厄を結界内へと封印せよ‼』
エル姫さんが金ぴかの錫杖を高々と掲げ、呪文は完成された。
カッ! と発光を強めた光の魔法陣は金色に輝く。そしてそれが徐々に上昇を始める。
エル姫さんは金ぴかの錫杖をエンシェントドラゴンに向け、最終最後の魔力を送り続ける。
するとエル姫さんの背後で魔力を送り続けているエンデルの身体が、くらりと揺れる。それを後ろで支えるプノ。しかしそのプノもどこか力が入っていないようだ。おそらくプノも魔力を送っていたのだろう。そしてその魔力が少なくなってきたと。
そしてエンデルは、エル姫さんへと魔力を送っている手とは別の手に、魔法石を握りしめた。
最終最後までエンデル自身の魔力が持たなかったのだろう。それでも魔法石を一つ二つと握りながらもエル姫さんへと魔力を送り続ける。
魔法陣がエンデルに封印されているエンシェントドラゴンの真下に到達した。
すると遠方にある聖域である岩山に光の柱が天へと立ち昇る。その光の柱は雲を突き抜け、次いで弧を描いて空を駆けた。そしてエル姫さんが構築した光の魔法陣へと落ちてくる。
カッ、と眩い輝きと共に、エンシェントドラゴンの巨大な身体を光の柱が包み込む。
──ガアアアアアアアアァァァァァ‼
エンシェントドラゴンは最後の足掻きとばかりに咆哮を上げる。しかしエンデルの封印がなされているため、その咆哮は大気を震わせるほどでもなかった。
ぐるぐると回り始める光の魔法陣は、エンシェントドラゴンを球形に囲みだす。
完全に光の球に閉じ込められたエンシェントドラゴンは、そのまま光の柱の中を高速で移動してゆく。光の点が空を駆け、そして岩山の底へと消えると、光の柱は何事もなかったかのように消え失せた。
「……」
俺は勿論、この場にいる誰もが声を出せないでいた。
終わった? これで危機は去った? そう思える状況になっても、誰も声を上げることがなかった。
そしてどれくらい経っただろうか。
「やったな!」
大家さんがやっと声を上げた途端、
──うおおおおおぉーっ‼
と、全員が声を上げた。
『やりました、アキオ様、ヒナたん様‼』
「よくやったぞエル君!」
よほど疲れたのか、金ぴかの錫杖を持つ手を力なく下ろしたエル姫さんも、ようやくほっとした息を吐きながら、聖域への封印に成功したことを喜んだ。
大家さんも労いを込めてエル姫さんを称えた。
「やったなエル姫さん、エンデル!」
『はい、エンデル様のおかげ……』
俺が労いの声を二人にかけると、エル姫さんは背後にいるエンデルへと振り返り、エンデルのお陰で成功したと喜びを分かち合おうとした時、
「おい、エンデル⁉」
『──エンデル様‼』
エンデルは魔法石を握りしめたまま、ぱたりと地面に倒れ伏してしまったのだった。
「──エンデルぅーっ‼」
エンシェントドラゴンの封印は成功を収めた。
しかしエンデルは、この一連の活躍で魔力を使い果たし、そして倒れてしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます