第106話 続々と集まる

 開戦まで残り10日を過ぎた頃になって、続々と帝国兵が国境付近へと進軍してきた。


 帝国は、聖教国の国境手前まで軍を進め、開戦の時までの間そこに大規模なキャンプを張るようだ。たぶん前線基地にするのだろう。

 続々と到着する帝国軍の兵士たちは、次々と天幕を設営してゆく。


 聖教国との国境付近には大きな湖があり、その湖畔には広くて平らな草原が広がっている。そこを本拠地にして攻め入ってくるだろうことは予想済みだった。

 なのでこちらも何かと準備を急がせていたのもこの付近でのことだ。


「予定通り湖周辺に基地を構築するみたいだな」


 偵察機から送られてくる映像や、国境付近に配置しているドローン部隊から次々と送られてくる映像を元に、帝国軍の監視も順調だ。


「しかし、これだけの軍勢が集まってくると壮観だな」

「ですよね……」


 大家さんも腕組をしながらモニターを見つめてその兵隊の数に圧倒されている。

 総勢およそ5万の軍勢は、草原を埋め尽くす勢いで終結しつつある。騎馬用の馬などもいれると、その数は途方もない。こちらでいう所の小さな町一つ分ぐらいの人口が、大移動しているようなものだ。まったく信じられない規模である。


「戦争が始まるのですね……」

「こんなんで、勝てるのか……?」

「……」


 姫さん達とピノは、草原に群がる兵士達の数に圧倒され、いよいよ戦争が始まるのだと再認識したのだろう。暗い表情でモニターを見詰める。

 ガチムチな兵士がごまんと集結している様は、悪夢でも見ているかのような光景で、こんな兵士とまともに戦えば勝てる相手ではないと、後ろ向きな考えが湧き上がってくるのだろう。


「大丈夫なのです! アキオさんとヒナたんさんが、必ず何とかしてくれるのです!」


 エンデルは相変わらず能天気にそう言うが、こういった場合には意外と助かる。

 暗く淀んだ空気のままでは、みんなの士気も下がるというものだ。


「まあ結果はどうあれ、今はやれることをやるだけだ」


 俺は勝てるとは明言しない。

 色々と作戦は立ててはいるが、その全てがうまく行くとは限らないし、戦況など簡単に読めるものではない。こちらが思った通りに帝国が動くとは限らないのだ。

 大家さんが言う通りに無血で戦争を終わらせることができれば良いが、そう楽観視していいようにも思えない。


「先輩……あ、じゃなく大社長!」

「お前やっぱバカにしてるだろ?」

「してないっすよ~むしろおおいに尊敬してるっす大社長!」


 明らかに面白がっている後輩山本君。

 バカにされている感がひしひしと伝わってくるのだが。


「大社長言うな! ここでは今まで通りでいい」

「そうっすか? でもそんな訳いかないっすよ。僕は雇われてる立場っすから。ならここでは『閣下』とでも呼ぶっす!」

「や、やめろ! その呼び名で呼ぶな、心を抉るな!」


 先日の嫌な記憶が蘇って来る。

 あんな小細工をして帝国の暗殺者、シュリを聖教国側に寝返らせたのを思い出すと、今でも羞恥に悶えてしまう俺がいる。

 大家さんの命令だったとはいえ、なぜあそこまでしなきゃいけなかったのか、今でも良く分からない。


「そんなことより閣下、魔大陸側もそろそろ帝国軍が集結しつつあるっす」

「だから、閣下言うな!」

「なんか偉そうでいいではないか、アキオ閣下」

「お前も言うのかマオ!」


 もうなんなんだよ……まあいいか……。

 マオと後輩山本君は、魔大陸の監視を重点的に行っている。

 こちらも帝国軍が魔大陸との国境付近まで進軍してきたようだ。その数は聖教国側の軍勢の半分ではあるが、それでもおおよそ二万五千もの兵が集結するのだ、警戒を怠ることは出来ない。


「それよりも魔大陸側の準備は、順調なのか?」

「うむ、こちらは魔大陸に入ってからの準備をしているので、開戦日までには準備も終わる予定だ」


 マオは開戦までには準備が終わると安堵しながら言った。

 魔大陸側の準備は少し遅れ気味だが、国境付近で帝国軍に何らかのことをできるだけの場所はなかった。

 魔大陸側に入ってから本格的な作戦が建てられる場所があったので、開戦後そこで一網打尽にするべく準備を進めているのだ。


「そうか、ならいいが、斥候を送られるかもしれないから、その辺りは十分注意しろよ?」

「うむ、分かっているのだ、下僕山本と二人で交替で監視しているから問題ない」

「徹夜なら慣れてるっすから、マオちゃんは無理しないでいいっすよ」

「ふむ、下僕は愛い奴じゃな」


 二人はどこか幸せそうな雰囲気だ。

 なんか日増しに二人の距離が縮んでいるように思うのだが、別に俺には関係ないので放って置く。


 魔大陸側の国境には今まで国境警備らしい関も壁もなかったので、簡易的に壁を作らせた。

 宣戦布告を受けているのだから、いちおうは警戒しています的なものを作ったほうが良いだろうということだ。

 開戦後はそこも無人化し、魔大陸内に簡単に侵入させる予定でいる。

 帝国軍の数に恐れをなし逃げ出した。そんな感じで進めようと考えている。


「よし、開戦まで間もない。とりあえず何があるか分からないので国境付近の町や村の住人を安全な場所まで移動させよう」


 ここに来て大家さんが命令をする。

 非戦闘員の避難を開戦前までに済ませたいということだろう。


「作戦に不要な人員も、一般人を護衛しながら移動するように」

「万が一の時は戻って来てもらうんですよね?」

「勿論だ。隊を指揮する者には、常に連絡を取れる状態にする」


 万が一の場合、兵士だけでも戦線に戻って来てもらわなかればならないので、隊長クラスの者には連絡が取れるようにしておきたい。

 主要な人物には端末を渡してあるので、その辺りは大丈夫だろう。


 とにかく指示がスムーズに伝達できなければ、作戦も意味を無くすかもしれないのだ。

 その辺りだけは徹底したいところだね。


 どちらにしても負けたらそこで聖教国も魔族の未来もなくなってしまう。

 大家さんが言うように無血で戦争を終わらせることができれば、それはそれに越したことはない。しかし現実はそう甘いものではないだろうし、何が起こるか分からないのだ。

 絶対に勝てるという保証もない以上、俺達は全力を尽くすしかない。

 この日本とは別の異世界でおこなわれる戦争。直接戦争に参加はできないが、何とかしたい。そう思う今日この頃だった。



 こうして俺達は、開戦までの残り10日を複雑な思いで過ごすのだった。



 ◇



 それから数日後の事。


「ハーィ、ヒナタ‼ 元気そうさねぇー‼ オーゥ、アキオさんもエンデルさんも、この前ぶりだがや~!」

「ん? 本当に来たのかアイリーン……」

「アイリーンさんウェルカム」

「いらっしゃいなのです~」


 満面の笑顔と方言満載で、アイリーンさんがアメリカからやって来た。

 どうやら冗談ではなく、本当に異世界戦争の見学に来たようである。


「なんだやヒナタ! ずいぶんとバストがおがった(育った(北海道弁))べさ‼ 昔はエンデルさんぐらいペタペタやったきに……ま、負けたっちゃ……」

「ふん! 学生の頃と一緒にするな!」


 アイリーンさんの爆弾発言に、大家さんは胸を張って勝ち誇る。

 というよりも、学生の頃はエンデルぐらいだったのか……。

 あいや、ちょっと待て。エンデルを目の前にしてペタペタ言わないでくれるかな? 本人落ち込んじゃってるんですけど……。


「ハッ! でもヒナたんさんが、昔小さなお胸だったなら、きっと私ももう少しすれば大きくなるのです!」

「……」


 うーん、あまり明るい未来展望を抱かないほうが良いと思うぞ。

 おそらく大家さんは、有り余る財力で胸を偽装しているのかもしれない。きっとそうに違いない。


「アキオさん、なんで無口なのですか? 私のお胸が大きくなる予定なのです。喜んでください」

「いや、大きくなくていいよ……」


 期待が大きいほど大きくならなかったらがっかりするだろうね。

 というよりも、俺は大きなお胸にあまり興味はないのだ。今のままで十分です。

 うぷ~ぅ、と、エンデルは頬を膨らませるが、そのままで十分可愛いです。


 アイリーンさんは方言満載なので、また例のヘッドセットを渡す。


「で、アイリーンは遊びに来たつもりだろうが、そうはいかんからな」

「ワォ! やっぱりこれは凄いですね~。売り出したら大金持ち間違いなしですよ!」


 ヘッドセットに再度興味津々のアイリーンさん。

 またお金儲けに心が揺れているようだ。でも何度も言うけどダメですから。


「聞いてるのか?」

「ええ、分かってますよ。ちゃんとお手伝もする為に来たんですから」

「そうか、それなら遠慮なく扱き使ってやる」

「お手柔らかにね。あ、それと整備士二人連れて来てますから、偵察機の整備の場所と宿泊場所お願いね」

「分かった。ずいぶん気が利くな」


 アイリーンさんは米軍の整備士二人も連れてきたらしい。

 確かにそろそろ偵察機の機体整備も必要かと考えていた。しかし自衛隊にはこの機体はなく、どうしようかと悩んでいた所だったのだ。いちおう自衛隊のパイロット二人にはゲームと言っている手前、本物の機体をどうするかという相談もできないしね。

 ちなみに整備、交換用部品などは、まる一機分はこの前一緒に買って来てある。


 万全の状態で開戦を迎えないとね。


 アイリーンさんは、一通りみんなと挨拶を交わし、その後大家さんから異世界の状況を興味深そうに指令室で説明を受けていた。

 モニターに映し出される異世界の状況に、眼を輝かせながら聞いている。

 しかし大家さんは、貴重な労働力が来てくれたと思っているのだろう。真剣に教え込んでいた。

 まあ、国防総省に勤めているいわばプロの人が入ってくれるのなら、これほど心強いことはない。どちらにしても人員不足なので、おおいに手伝ってもらうことにしよう。



 こうして開戦までの時は刻んでゆくのだった。

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