第71話 魔王襲来対決の時

 黒い影が目の前に現れた。


「なぁ~ははははははははっ! 我参上なのだ!! なぁ~ははははははははっ!!」


 珍妙な笑い声をあげる影。おそらくこれが魔王。

 全身黒ずくめの影がゆっくりと姿を現す。


「ん……?」


 俺は目を擦る。

 確かに黒ずくめで特徴ある笑い声は魔王なのだと理解できる。しかし数度映像で見た魔王は、こう、なんというのだろう。背もそれなりに高く、ボン、キュッ、ボ~ンのダイナマイトボディだったような気がするが……今目の前に現れた黒い影には、そのダイナマイトボディの片鱗すら見えないのは目の錯覚だろうか。


「なあ、エンデル。こ、これが……魔王か?」

「さ、さあ……」


 エンデルですら回答に詰まる。

 ようよう姿が明瞭になってきた時、俺とエンデルは首を傾げた。

 そこに立っていたのは、だぼだぼの黒衣を纏った、幼女体型の何かだったのだ。

 そして笑いながら一歩踏み出すと、


「なぁ~はははははっ! 貴様が大賢者エンデ──ふゅげっ!!」


 自分のだぶだぶの黒衣に足を取られ、ビタン! と盛大に顔面から庭に転ぶのだった。


「お、おいおい、大丈夫か?」


 そう心配して言った次の瞬間、


『ザザザッ……アキオ様! 気を……けてなの! も、もう……ザザッ……とり……んい、したようなの……ザザザッ……』


 と、プノの声がヘッドセットに飛び込んで来た。

 途切れ途切れで何を言っているのかは理解できなかった。しかしプノの鬼気迫る声は、俺達に何かを訴えているようである。

 そして、地面に転んだ魔王? の後ろの空間からもう一つの影が飛び出して来たのはそれと同時だった。


「いやああ~~~っ!」

「──えっ?」


 悲鳴を上げながら飛び出してきた影は、ちょうど俺に向かって真っすぐに飛んでくる。


「なぁ! ──おわーっ!!」


 ──ドン。と激突する俺と影。

 俺に向かって来た訳も分からぬ何者かを、受け止めるように地面へと倒れ込む。


「あいててててっ……」


 背中から地面に倒れた俺の上に何者かが乗っているようだ。

 少し後頭部を打ち付けたのか多少くらくらとする。しかし俺に覆いかぶさっているのは何者だろう。少しいい匂いもするし……。

 俺に覆いかぶさるものを押し退けようと、少し朦朧としながら両手で押し上げる。


「ん?」


 両手に、むにゅ、とした得も言われぬ柔らかな感触が……既視感である、デジャヴュである、この感触はつい最近も経験したことがある柔らかい感触! なおかつ手のひらにジャストフィットするかのような、完璧なささやかな盛り上がりは……。

 エンデルのささやかなお胸!

 じゃないよね?

 と、朦朧とした頭で思っていると、


「な、なな、何をしているのですかアキオさん‼」


 エンデルの声が頭の上の方から聞こえて来る。


「あれ、エンデルはそこか? じゃあこれは誰……⁇」


 エンデルは俺の頭上で真っ赤になってふくれている? という事はこの俺の上に乗っているのは誰なのだろうか? ようやく頭も鮮明になってきた。

 もみもみ、と両手を動かす。手のひらにささやかだけども柔らかい感触が抜群だ! うん、パーフェクト!

 すると、


「い、いやあああああああああああああああああ~~~~~~っ!!」


 ──ばちん!


 と、悲鳴と共に俺の頬に衝撃が奔る。


「──ぬおおっ! いてええええっ!」


 俺の頬に一撃を入れたであろう何者かは、そのまま俺の上からどいてくれた。

 俺は頬を押さえながら庭を転がる。


「痛てえーな! 何しやがるんだ!」


 頬を押さえながら一撃を放ったであろう何者かを睨み付ける。

 そこには赤いドレスを着ている女性が立っていた。どこぞのお嬢様風のツインドリルのような珍しい髪形の女性は、胸の辺りを押さえながら真っ赤な顔で言い募る。


「な、何をするのとは、こちらのセリフでしゅ!! わ、わた、わたわた、わたくしゅの、む、みゅねを揉みしだいておいて、何を言うのでしゅ!!」


 噛み噛みで文句を連ねる何者か。

 なんという奴だ、勝手に異世界から飛んできてぶつかってきた癖に、なおかつ俺の上に乗っかってきたのはそっちじゃないか。

 そりゃ確かに胸を掴んだのは悪いことかもしれない、ありがとう、しかしそれは不可抗力であって、けして狙ってしたわけじゃないんだよ。マジありがとう。

 でも叩くことはないよね、叩くことは……。


「叩くことはないだろう、叩くことは!」

「う、うるさいのでしゅ!!」

「アキオさん! 私以外の女性の胸を……」

「エンデルは黙ってて、ややこしくなりそうだ」

「だ、黙ってなどいられないのです! 妻以外の女性の胸にタッチするは浮気なのです!」

「いや、そうじゃないから、不可抗力だから……ていうかどこでそんな浮気なんてこと覚えたの?」


 テレビドラマかなんかで余計な知識を付けたか? それとも向こうの世界でもそういった修羅場が存在するのだろうか?

 そんなこんな胸を揉んだ揉まないで問答していると、


「──ふんぬが~~~っ!」


 地面に倒れていた魔王? らしき幼女体型が、むくりと起き出した。


「うぬぬぬぬっ……我を差し置いて、貴様ら勝手に何をしているのだ~っ! 先制攻撃を仕掛けるなど卑怯ではないか! 不覚にも足を取られるとは……」

「は? 勝手に裾踏んで、勝手に転んだだけだろ?」


 顔面を地面に強かぶつけたのだろう……鼻血を流しながら怒り心頭である。

 褐色の肌に赤毛の髪の毛、少し釣り目な赤い瞳。頭の角は小悪魔の角を連想させる。見た目ピノと同じぐらいの年齢だろうか。まったくもって幼女体型である。


「うるさい! 貴様等の卑怯な攻撃を食らうなど、我も慢心していたのだ……」

「あいや、だから何もしてないよ、自爆だから……な、なあエンデル、こいつが本当に魔王なのか?」

「どうなのでしょう、あの魔王はこんなに胸が小さくなかったと思うのですが……」

「いやいや、胸だけじゃないよね? 幼女になっているよ?」

「何をごちゃごちゃと話している! 我が魔王プルプ──ふぎゅえ!!」


 ──ビタン!!

 再度一歩踏み出そうとしてまた裾を踏み豪快に顔から倒れ込む幼女魔王?


「おい、本当に大丈夫か?」


 転ぶのもそうだが、おつむの方も大丈夫か心配になる。

 本人が魔王といっているのだからそうなのだろうが、それにしては現状把握をしなさいと言ってあげたい。自分の体がダイナマイトボディではなく、幼女体型になっている事を理解しなさいと……。


「──ふんぬが~~~っ!! またしても稚拙な罠に引っかかるとは」

「だから何もしてねーよ!」

「うるさい! ハッ!──ぬあああああ~~~っ!! 角が……我の角がぁ~~~っ!!」


 再度鼻血塗れの顔を上げた時、頭に付いていた小悪魔の角がポロリと地面に落ちる。

 それを見た幼女魔王は、この世の終わりともいった表情で地面に寂しく転がる角を見ながら泣き叫ぶ。


「き、貴様等……よくも、よくも我の角を……」

「だから……何もしてないって……全部あんたが自分でした事だ」

「黙れ黙れ~っ! こうまで我を小馬鹿にするとはいい度胸だ異世界人!」


 むくりと立ち上がり怒りを顕わにする幼女魔王。

 はぁ~っ、と溜息しか出なくなる。話も通じない程おバカなのだろうか?

 そんなこんなしていると、アパートの二階も一段と騒がしくなった。

 ドン、ドン、とドアへ体当たりしているような音が響き渡り、バン! といった大きな音を立てて扉が開かれた。


「やっと開いた、無事かね要君、エンデル君!」「エンデル様!」「ししょ~~~う!!」


 という声が聞こえた。それと同時に魔王は、


「先ずは貴様から血祭に──ぬあっぅ‼」


 俺に向けて何かをしようとしたのか、その瞬間。

 コーン! という中身のなさそうな音を響かせ、魔王の頭に何かが直撃した。

 うん、エンデルの杖が……。


「お、おい……」


 大家さん達が無理くりドアを開けたことにより、弾き飛ばされて来たのだろう。エンデルの杖が飛来し、石が嵌め込んでいる部分がちょうど側頭部へ当たり、次の瞬間ぐるりん、と白目を剥き、パタリと、鼻血を吹き出しながら倒れ込む幼女魔王。

 異世界から登場早々三度も倒れるとは……何とも忙しない奴だろうか……。

 余程ダメージか大きかったのか、気を失ったままピクリとも動かなくなった。死んではいないようだが……。

 まあ確かに硬かったよあの石は……俺も軽くだが経験者だからその痛みは十分わかる。それもおそらく二階から降ってきたのだ、重力加速度も付加されているだろうから、かなり痛い筈である。杖の先端だったら頭に突き刺さっていたんじゃないかとゾッとするぜ……。


「どうやら、倒したみたいだ、な……」

「あ、はぃ……勝手に倒れてしまったみたいなのです……」


 俺とエンデルは、先程までの覚悟がバカらしくなるほど拍子抜けしてしまう。

 お互いに顔を見合わせ苦笑いするしかなかった。


 そして二階から降りてきた三人が合流する。


「ね、姉様……」


 姫さんが降りてくるなり、赤いドレスの女性の前に立ちそう言う。

 あ、そういえばもう一人いたことをすっかり忘れていた。というか姉様? 姫さんのお姉さんのフェル姫という事か?


「エル……」

「な、なぜ姉様がこちらへ……」


 気まずそうにする姉姫さん、姫さんもどう対応していいか分からないようだ。

 詳しいことは分からないが、姉姫さんの策略で姫さんはこの世界に飛ばされてしまったのだ。そこにどういった感情が生まれるかは俺には何とも言えない。

 憎しみが勝るのか、悲しみが勝るのか……。


「どうやら、わたくしも騙されていたようですね……もう反抗する意思はありません……エル、煮るなり焼くなり好きになさい……」

「ね、姉様……」


 姉姫は殊勝にも敗北を認めたようだ。

 姫さんもこの状況をどう対処すればいいのか迷っている様子である。まあ、異世界人の事は異世界人で話し合えばいいと思う。部外者の俺が口を挟む問題じゃないと思うから。


 と、こちらの騒動がいとも簡単に終結を見せようとしている時、異世界側が混乱を始める。


『ははははっ! 皆の者良く聞け! これでこの世界に邪魔者は誰もいなくなった! 故にこの世界は儂のものだ! ははははっ!』


 そんな声がヘッドセット越しに聞こえてきた。


「プノ? 大丈夫か?」

『ハイなの……今さいしょうのおじさんが、本性を現したところなの……』


 小声で実況してくれるプノ。

 どうやらこの一連の転移のシナリオは、ハンプとかいう奴が仕組んでいたということらしい。



 プノのいる異世界は、いったいこの先どうなるのだろう……。

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