第59話 連絡方法は完璧ですよ

 【草むしり再開】


 エンデル達は朝食を摂った後、作業服に着替える。

 また草むしりの今週が始まろうとしていた。


「エンデル様。プノ様から連絡はありましたでしょうか?」

「いいえ、今朝はまだありません」


 日向の所に向かう途中エル姫がそう訊いてくる。

 向こうの世界の動きが気になるのだろう。


「では、誰かが交代で『ぱそこん』という『きかい』の前で番をしておかなければいけないのではないでしょうか? 緊急連絡がいつ入って来るか分かりませんですし……」


 プノからの連絡がいつ入って来るか分からない以上、パソコンの前で誰かが待機していた方が良いと言い出す。確かに全員で草むしりをしていては、連絡が来ても誰も応答することができないのだ。

 もしも緊急を要する事態が起り、こちらの指示を貰おうと思っても、誰も応答しなければ危険ではないだろうか。そう思うエル姫であった。


「あ、心配はいりませんよ姫様。そんなこともあろうかと、アキオさんはちゃんと考えてくれているのです。ほらご覧ください」


 エンデルはそう言いながら胸ポケットからスマホを取り出す。


「何なのですかそれは?」

「アキオさんが持っている『すまほ』という通話の機械と同じものなのです。これがあればいつでもプノーザからの連絡が受けられるようになっているのです」

「なんと、そんな小さなもので……」


 エンデルが貰ったスマホは、亜紀雄が機種変更をしてそのまま下取りに出さなかった古い機種である。SIMカードが入っていないので、通常のキャリアの基地局電波での通話はできないが、Wi-Fi環境があればタブレット端末のように使うことが可能である。アパートの敷地内なら十分通話が可能な範囲なので問題はないのだ。


「ええ、これがあればいつでもアキオさんとも会話できるのです」

「なんと、便利なものなのですね……」

「ほらほら、見て下さい。ここをこう押せば──」


 スカイプ画面から亜紀雄の連絡先をタップし呼び出すエンデル。

 呼び出し音が鳴り、


『もしも~し、エンデルか? 何かあったのか⁉』


 亜紀雄が驚きの表情で画面に映し出された。


「おおおお~っ!」

「アキオさん! 通話できるかどうか試したのです!」

『あ、失敗したな……何言っているのか全然分かんないんだけど……』

「不思議ですね、この通話の『きかい』越しでは、言葉が本当に分からなくなるのですね……」


 会話する言葉がお互い分からないので、会話自体が成立しない。


「ふふふっ、そんなこともあろうかと──モ~ウス、モ~ウス、アキオーサン、ワタシ、ノ、コトバ、ワカリマスノデスカァ?」

『おお、エンデル! 分かる、分かるぞ! でも、申す申すじゃなくて、もしもし、な。どこのお武家さんだよ!』


 片言の日本語だが、意味は通じる。

 まるで外国人の日本語の話し方に笑えてしまうが。

 そんなエンデルを見て亜紀雄は驚きを隠せなかった。たった一週間かそこらで異国の言語を僅かだが話せるようになっているとは、思いもしなかったようだ。

 ちなみに『もしもし』という電話の受け答えは、電話がこの日本に初めて回線が引かれ、交換手が最初の第一声に『申します申します』というのが転じて『もしもし』となったという経緯があるそうだ。エンデルは、あながち間違っていないのである。


「アキオサン、チビット、ハ、アキオサンノ、コトバ、モ、ワカリマース! イッパイ、スゴイ、ネ!」

『ああ、凄い凄い。かなり凄いぞ!』

『あ、先輩! 彼女っすか? 紹介してくださいす』

『う、うるせえ! なんでもねえよ。そんなことより仕事しろっ!』

『いいじゃないすか~なに勿体ぶってるんすか?』 

『だからうるせーよ! じゃあなエンデル。急用じゃないなら切るからな!』


 ブツ、と通話は終了する。


「なんか良く分かりませんでしたが、忙しそうでしたね?」

「はい、アキオさんの『かいしゃ』という所は、悪徳商会なのです。ですので、こき使われているのでしょう。可哀想なアキオさんなのです」

「なんてことでしょう、こんな平和な世界にも悪徳商会が存在しているのですね……」


 ブラック企業で働く亜紀雄を想い、二人でしみじみと頷き合う。

 ともあれ連絡は取れるようなので一安心するエル姫だった。


「さあ、今週も頼むぞ君達!」

「「「はい!」」」


 大家の日向の部屋へ行くと、いつものように日向から指示を受け作業開始である。


「うむ、みんな体調は良さそうだな。裏庭は広いので大変だろうが、あまり無理はするなよ?」

「はい、分かりました」


 前庭も無駄に広かったが、その前庭の倍以上の広さがある裏庭は、下手をすれば終わるのに、二週間以上はかかるのではないかというほどに広い。

 ざっと見渡すだけで気分も萎えて来る。


「いやぁ~広いなぁ~、師匠、なんかいい方法ないかな?」

「う~ん、そうですねぇ~魔法が使えればすぐにでも終わるのでしょうが、まだ僅かしか魔力も回復していないのです」

「エンデル様、魔力が回復するだけでも凄い事ですが、この世界で魔法が使えるのでしょうか?」

「そうだよ師匠、あたしの予想では、若しかしたら魔法が発動しない可能性もあるよ」

「そうでしょうか? 私が感じるこの世界の魔力は、私の魔力に同調できるようなので、魔法の発動も可能かと思います」

「そうなのですか? どうも、わたくし達とエンデル様とでは、魔力の特色も違うのでしょうか? わたくしもこの世界では魔法が使えないと考えておりました。使えても向こうの世界とは、比べ物にならない程に弱い魔法でしょう、と……」


 この世界の魔力は微量で一風変わったものらしいが、その魔力を操れると話すエンデルに、二人は難しい顔をした。


「なんか師匠は変わってるよな」

「変人という意味ですか、ピノーザ?」

「まあ、変人には変わりないだろうね、いろんな意味で……」

「えええ~っ、なんかショックなのです……」

「まあまあ、そう落ち込まずとも。この世界で魔法が使えるというのなら、それはそれでよいことではないでしょうか。というより、まずはお仕事を進めましょう」


 エンデルの魔力が回復すると、それだけで帰ることができるかもしれないのだ。

 時間はかかるかもしれないが、望みは捨てていない。若しかしたら魔力の回復を早くする方法だって見つかるかもしれないのだから。

 まだまだ諦めていないエル姫なのだ。

 とにかく今はお世話になっている以上、日向と亜紀雄の為に何かをしなければならない。



 三人は、草むしりに汗を流すのだった。



 ◇



 【魔王は今】


「なぁ~ははははははっ! さあ、魔力も完全復活したぞ~、この身体も十分馴染んで来た。どうだ? この脳殺ボディ? むふふふ~ん♡ 我の美貌で人族などメロメロじゃないか? なぁ~ははははははっ!」


 玉座に座る妖艶な魔王は、豊満な胸を揺らしながら高笑いをする。


「はは~っ。魔王様の魅力に人間共は、完璧に平伏すことでしょう」

「なぁ~ははははははっ! そうだろうそうだろう! 人間如き、我が直接手を下すまでもなく、この美貌で全員従えて見せるわ! なぁ~ははははははっ!」


 臣下の言葉に当然のように頷き、己が魅力的な肢体をひけらかし愉悦に浸る魔王。


「では行くぞ! 手始めに大賢者共の抹殺だ‼」


 玉座から悠然と立ち上がり、細く括れた腰に手を置きポーズをキメる。

 目の上の瘤である大賢者と聖教国の姫を抹殺するため、エローム聖教国へと向かう魔王。


「さあ、これから我の世界征服の始まりだ! なぁ~ははははははっ‼」


 カツン、と魔王の足が一歩、硬質な床を踏み締める。



 魔王の世界征服への第一歩が、今踏み出されたのだった。

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