第57話 アイテムバッグ欲しいな~

 【姉姫 フェル】


 お昼になり食事を摂りながら言い知れぬ不安がフェル姫の胸中に蟠る。


「──あの大賢者の弟子は、いったい何を企んでいるのです」


 側に控える侍女に顔も向けずに問う。


「魔力の測定などと申しておりましたが……」

「それはわたくしも聞いております。わたくしが言いたいのは、そんな魔道具があるのかという事です」

「は、はい。あの方は、魔法は得意ではない代わりに、魔道具製作に関しましては、この国でも1、2といわれるほどの魔導技師だそうです。今回の異世界への魔力追跡をしたのもあの方が製作した魔道具と聞いております。それに、異世界から届いた手紙の事も考えると、余程の魔道具が作れる実力がおありだと考えられます」

「ふん、そんな有能な魔導技師でしたか……これは厄介ですね……大賢者の二人の弟子が、これほどのものだったとは、予想外でしたわ……」


 フェルはスプーンを握り締めたまま、テーブルをドン、と叩く。


「ですが、今更魔力の事を調査してもどうにもならないのではないですか? 魔法陣の不備で転移しているのですから、見当違いも甚だしいと思うのですが」

「ふん、悪足搔きかもしれませんね。ですが用心に越したことはありません。向こうにいるエルと何らかの連絡を取り合っているのでしょうから、実は違うことを調査しているのかもしれません……」


 エルからの手紙を受けとり、その文面を見るに、こちらの世界に戻って来る方法は今の所ないと書いていた。

 魔法という概念すらない世界で、魔力もごく僅かしか存在せず、その魔力の回復も見込めないということだ。それゆえに、後の事は姉であるフェルに任せると、最後に書いてあったのだから。

 しかしそうはいっても侮れないのがエルである。

 こと、国の事となれば自分の身を賭してでも、と考えるような妹なのだ。若しかしたら何か考えがあるのかもしれない。

 そう思うフェル姫だった。


「とにかく予定通り事を進めます。早ければ数日後には各国の使者が集まるでしょう。その時この世界の覇権は今まで通り我が国と、そうせねばなりません」

「はい……しかし良いのでしょうか……?」


 フェルの言葉に侍女は表情を曇らせる。


「今更なにを臆することがあるのですか? もう後には引けないのですよ」

「しかしあの者たちが約束を守るとはとても思えません。姫様、騙されているのではないのですか?」

「騙されていようと、その方法以外にこの世界を、わたくしのものにすることができないのです。唯一あの者たちとの接点を持つわたくしだけが出来ることなのです」

「は、はい……で、ですが他の国もそれをおとなしく呑むとは思えません……」

「ふん、その時はその国ごと消えてもらうことになるだけです。簡単な事です」

「しかし、帝国はそう簡単にはゆかないかと……」

「ええーい、ごちゃごちゃと考えてもしょうがないのです。もうやるしかないのです!」


 侍女の忠告にも耳を貸すこともなく一蹴する。



 投げられた賽は、もう戻すことはできない。ただ野心のままに進むのみなのである。



 ◇



 昼飯をみんなで食べに行き、部屋へと戻って来た。


 今日はカーネルおじさんの店で食べてきた。

 注文時、余りの注文量に『テイクアウトですね?』という店員さんに向かい、『いえ、店内でお召し上がりです!』と、極めて真面目な顔で言ったにも拘らず、信用してもらえなかったことは内緒である。

 4人で30ピース(バケツ3つ)とサンドセット4つも注文して、テイクアウトじゃない方がおかしい。誕生パーティーでも開くのかと普通は思うはずである。

 ニコニコ顔でバケツ3つを抱え、店内のテーブルに着く俺達を、店員は勿論周りのお客も会話を止め、好奇なる眼差しを投げて来るのだった。


 まさか4人でそれだけ食べるの? 男一人に女の子三人(その内小さな幼女が一人)で食す量ではないよ? やりやがるな男子! 一人でバケツ二つも食べるのか? いやいや、後からまた何人か来るんだよ、あはは。 だよね、そうだよね、あはははっ。


 そんな会話が聞こえてきそうな店内だった。


 しかし待てど暮らせど追加の応援部隊など現れず、あれだけあったチキンが骨だけになった頃、店内は一段と静かになり、BGMが一際大きく店内に響いていたように感じたのは、俺の耳がおかしくなったせいではないだろう……。

 もう大食漢のエンデルを見慣れたはずの俺でさえ、見ているだけで鳥の脂で胸焼けしそうな感じだったのだから。

 エンデルの顔は艶々とテカってたよ。


「いやあ~美味しかったですね『ふらいどちきん』というものは」

「ええ、鳥があんなに美味しく調理できるなんて、初めて知りました」

「うんうん、今度作り方を教わろうよ。もし帰れたなら『ふらいどちきーん』屋さん開こうかな。あの味は向こうの世界でも大受けするよ! 間違いないね!」


 などなど、余りの美味しさにテンションも上がる異世界人の三人だった。

 確かにカーネルおじさんはこの世界をフライドチキンで征服したような人だしね。人種問わず美味しいと思うのは当然のことかもしれない。


「でもあれだな、今度からはテイクアウトにした方が良さそうだ。あれだけ食べると注目を浴びてしまうから、身の置き場に困るよ」


 女の子がまさかあんなに食べるとは思わなかっただろうね。大喰い選手権見ているような感じだ。


「そうですね、私の食べっぷりは、どうもどこの世界でも物珍しく見られます」

「まあ可愛い女の子があんなに大喰いすると、余計注目を浴びるよな……」

「まあ! アキオさん! 可愛いだなんて、嬉しいのです!」

「あいや、食べる量は可愛くないけど。と続けるところだったんだが」

「はぅ、そうですね……」


 しょぼんとするエンデルを見て、あはは、と笑う残りの三人。

 食べたいものを我慢させることもないだろう。ここにいる内は好きに食べるといいのだ。

 そう半分は諦めている俺だった。


「ところでエンデル。話は変わるが、そのアイテムバッグはもうないのか?」


 エンデルが持ってきたアイテムバッグは、ルーターとコンセントを異世界に送っている為に、部屋から移動させることが難しい。もう固定しておいておかなければならないので、持ち歩くことはできないのだ。


「はい、今の所この一つとプノーザが持っている一つの対しかありません」

「そうか……」

「どうかしたのですか?」


 俺の質問にアイテムバッグは一対しかないというエンデル。

 もしまだあるなら一つ欲しかったのだが、無ければどうしようもない。


「いや、まだあるなら一つ欲しかったんだが……」

「何かに使うのですか?」

「うん、まあな……」


 もしもう一つあるのなら、会社に態々出勤する手間が省ける。そう思ったのだ。

 会社のシステムは社内LANが構築されているので、外部からのアクセスはできないようになっている。ネット上からアクセスできれば在宅でも作業は可能なのだが、顧客情報や社外秘のデータが膨大に蓄積されているために、外部からのアクセスなどができないようにしているのだ。

 まかり間違って不正アクセスでもされ、顧客の大切な情報や、新しく開発しているソフトウエアが流出しようものなら大変なことになるからである。損害賠償などでは済まない。吹けば飛ぶような零細ブラック企業、簡単に会社存続の危機を迎えるのである。

 外部記憶装置でデータを持ち歩くのも厳禁。社何にあるコンピュータ以外のアクセスは基本出来ないのだ。

 という事は会社に行かなければソフトの開発も出来ない。別のパソコンで作ったデータも入れ込むことができないので、どうしようもならないのだ。


「師匠、それならすぐできるだろ? 同じようなバッグが二つあれば、師匠が空間魔法の術式を組んで、その後プノに送って魔道具としての術式を追加してもらえばいいんだろ? どちらにしてもこちらの世界では魔力が少ないから、向こうの世界でプノに仕上げの魔力を注入してもらえばいいからね」

「そうですね。既にマジックバッグがあるのでそれも出来ますね。アキオさんの為なら私は何でもするのです!」


 ピノが俺には良く分からない講釈を述べているが、どうやらそう難しくもなく作れるという話らしい。


「そんな簡単にできるのか?」

「はい! 幸いこの世界には丈夫そうなバッグがいっぱいありそうですので、作る手間がない分楽なのかもです。同じようなバッグさえ用意していただければすぐにでも作りますよ」

「おおっ! それはいいな。それじゃあ、是非一つ作ってくれ!」

「はい、かしこまったのです!!」


 エンデルは、キリっと可愛いい笑顔で了解してくれた。

 ただ問題がある。どうもそのアイテムバッグを使うのには魔力というものが必要らしい。魔法など不思議パワーのないこちらの世界の人間では、アイテムバッグの中身を取り出せないのだ。

 現に何度かエンデルのアイテムバッグに手を突っ込んでみたが、その中に入っている物を取り出すことができなかった。というよりも、何も入っていない状態としか俺には判断できなかったのだ。

 要は魔法が少しでも使えないと、内容物を確認できないという事らしい。

 ただ中に入れるのは魔力があるない関係なく入れられるようなのだが……。

 非常に不思議なものだね、魔法って……。


 という事で、早速駅前の雑貨屋さんで同じようなバッグを二つ購入してくる俺だった。

 人間楽できるならその方が良いからね。



 なんか課長も味方してくれるようだし、俺の人生好転しているような気がするよ。

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