第54話 プノとの会話

 プノがタブレットを手にしたようなので次に移行する。

 無線ルーターに電源とLANケーブルを接続し、それを外れないように細工した物をエンデルに渡す。


「それを入れるんだ。ケーブルはこちらに出したままでな」

「はい! 了解なのです」


 エンデルは受け取った物をアイテムバッグへと入れた。

 電源タップの付いた延長ケーブルとLANケーブルをひとまとめにしてあるので、多少引っ張られても大丈夫なようにしてある。

 そしてその端部は、こちらのコンセントに刺さっているし、LANケーブルはルーターに刺したままである。


「よし、これで向こうで無線ルーターを取り出すのを待つだけだな」

「うーん、そんなもので何ができるんだい?」


 ピノがしつこく訊いてくる。


「ふふふっ、まあ黙って見てなさい」


 俺は黙ってノートパソコンを引き寄せ、準備を始める。


「むーん、なんだよ勿体ぶって……あっ! アキオ兄ちゃん引いてるよ!」


 ピノが不貞腐れたように言った瞬間、ケーブルが、クン、ククンッ、と引っ張られた。


「おっ! 掛かったか⁉ って、釣りじゃねーよ!」


 スルスルとバッグに引き込まれるケーブル。

 気持ち長めのケーブルなので問題ない。俺は引き込まれるケーブルを掴み、引きに合わせるように、クン、と引っ張り返す。だから釣りじゃないからね。


「おっ!」


 すると向こうでケーブルを引くのが止まり、合図のようにもう一度、クンクンッ、と引いてくる。


「おおっ! どうやら成功のようだぞ!」

「「「おおおおおっ!」」」


 成功という言葉に一同興奮気味に声を上げた。

 だが、その成功がなにを意味するのかまでは、今は分からないだろうに。


「よし、これで半分は成功したぞ! さあ、お楽しみはこれからだ!」


 パソコンの画面をみんなに向け、立ち上げているスカイプのビデオ通話をクリックする。

 連絡先は先程既に登録済みのタブレット端末である。後はコールが出来れば……成功という事だろう。



 そして固唾を呑む俺達の耳に、スカイプのコール音が鳴り響くのだった。

 プノには手紙でコールが鳴ったら、指定した形の部分を指で触るように指示してある。


 しばしのコール音の後、画面が切り替わり、異世界にいるであろうプノーザの姿が映し出される。


「「「おおおおおおおおおおおおおーっ!!」」」

『──ひゃっ!!』


 その映像に感嘆の声を上げる三人。

 その大声に虚を衝かれたかのように驚き、引き攣った表情をするプノーザという少女。

 だが三人の元気でいる姿を確認すると、驚きよりもほっと安堵した気持ちがまさったのだろう。顔をクシャっと歪め、涙をぼろぼろと流し出すのだった。


『……ぴ、ピノお姉ちゃん、師匠、姫様……よかったの、本当に良かったの……ぐしゅっ』

「おーいプノ! なに泣いてるんだよ、元気か?」


 そんなプノに笑いながら問いかけるピノ。

 少しはプノの置かれていた状況を酌んであげなさいと言ってあげたいが、それが姉妹のいつもの感じなのだろうと思った。

 ピノも本当に嬉しそうに笑っているのがその証拠だろう。

 ちなみに画面越しに何か話すプノの言葉は、やっぱり俺には理解できなかった。不思議なものだ。


「アキオさん、こ、これは、いったいどういう事ですか?」

「アキオ様、まさか向こうの世界とこれで繋がったという事でしょうか?」


 エンデルと姫さんはパソコン画面を覗き込みながら、不思議そうにしている。


「ああ、そうだ。タブレットに付いているカメラで、向こうとこちらで通信をしているんだよ」

「つ、つうしん、ですか……」

「ああ、これでいつでもプノと連絡が取り合える。向こうからもこちらを呼び出せるから緊急時などには重宝するだろ?」

「なるほど、これは凄いものです。こんな方法があるとは……やはりこちらの世界の技術とやらは、魔法よりも有用なものなのですね……」


 うーむ、俺からすれば、こんな亜空間を使用することや、髪の毛が生える魔法の薬の方が物凄く感じるけどね。

 電気が無ければ、電気製品なんてタダのガラクタでしかないし、こうやって電気を送れてその環境を作れたことで使える技ではある。

 あ、それを考えれば魔法も同じことなのかな? 魔力が無ければ使い物にならない。魔力はこちらでいう所の電気みたいものだな。


 三人は向こうの世界のプノと色々と話し、少しは落ち着いてきたようだった。

 俺の自己紹介も済ませたが、やはり俺の言葉はプノには理解できないようで、エンデルに通訳をしてもらった次第だ。


「プノ、さっき送った『すし』というのは食べたかい?」

『ううん、あれはまだ食べてないの。生のお魚のようだし、酸っぱいと書いてたから、痛んだものを送って来たとおもって警戒したの』

「大丈夫だよ、そういう食べ物なのさ。旨いから早く食べなよ」

「そうよプノーザ。食べながらこれからの事を伝えますね」

『う、うんなの……』


 そう言うとプノは寿司の折り詰めを開き、食べ方を教わりながら食すのだった。

 なるほど、寿司を警戒していたのか。

 ちなみにプノの言葉はエンデルが通訳してくれているので、俺にも理解できるという仕組みだ。

 プノは醤油をつけ寿司を食む。


『──はぅ! 美味しいの‼』

「だろ? その黄色い玉子の『すし』は、プノの大好物だと思うぞ」

『こ、この黄色いのが卵なの? 卵なんて高級なものを使っているなんて「すし」は高級食品なの~』


 ピノはプノに寿司の事を説明しながら食べて貰っている。

 うんうん、こうしてみるとお姉さんしているじゃないか。そう思った時、


『──ふがっ!!』


 美味しそうに寿司を食べていたプノが突然素っ頓狂な声を上げた。


「あはははっ! どうだい? 効くだろそれ。あはははっ!」

『な、なんなの~~辛いの~! つ~んとするの~~!!』


 涙をぼろぼろと流しながら、鼻頭をおさえるプノ……。

 やりやがったなこいつ……玉子の寿司にワサビを仕込みやがったのか。そういえば回転寿司屋さんで、ごそごそと何かしていたような気がしたのはそのせいか……。

 悪戯好きな奴だ……。


 画面越しに姉妹の微笑ましい喧嘩がしばらく続いたが、そろそろ本題に移ろうと思う。


「さて、エンデル。ではこれをプノに渡してくれ」

「はい、了解なのです!」


 八個のボイスレコーダーが入った袋をアイテムバッグに入れる。

 それも設定を済ませ、ワンタッチで起動を可能にできるようにしてある。


「プノーザ、受け取りましたか?」

『はいなの師匠』


 向こうの世界に届いた袋をプノが取り出し、中に入っているボイスレコーダーを確認した。


『これはなんなの?』

「それは音声を記録する装置だそうです。赤い丸が付いた突起を押すと録音が始まります。約二日間分の音声の記録が可能なそうなので、今から姫様が言う人に持たせてください」

『お、音声の記録が二日間もなの⁉ そんな高等魔道具でも無理な事をこんな小さなものが……なの?』


 エンデルの説明に目を丸くして驚くプノ。

 やはり魔道具でも出来るようだが、そんな長時間の録音は無理らしい。それにその記録魔道具は、かなり大きくなるという話だった。

 それに比べ、最新式のボイスレコーダーは親指サイズで薄い。そんなもので音声が録音できるとは到底思えないはずだ。


「プノ様、今から挙げる者にその音声記録のできる『きかい』をお渡しください。そうですね……その城内の魔力反応を調査する魔道具とでも言ってお渡しすると、問題ないかと思います」

『は、はいなの』


 渡したはいいが、またスイッチでも押されてしまったら録音が中断してしまうので、その辺りも何か対策を講じないといけないかもしれない。


「──へ渡してください。2日後に一度回収して調査するという事で」

『はい、分かったの姫様』


 姫さんは、ボイスレコーダーを渡す容疑者の名前をプノに告げた。

 俺にはその名前を聞いたところで誰なのかはさっぱり分からない。唯一分かったのは、お父様といった件だけだった。姫さんのお父さんという事は、王とかそういった人物なのだろうと推測される。

 だが自分の父親にまで容疑を掛けているのかといえば、それは否という他ないだろう。

 おそらく姫さんは、父親に接してくる何者かが、今後何かしらのアクションを仕掛けてくると予想しているのかもしれない。その為の録音なのだろう。


 姫さんの細かな指示を受け、プノは神妙に頷き指示を反復するのだった。


「それじゃあ最後にこれを渡そうか」


 最期にプノのために買ったスタンガン警棒タイプ(伸縮する)をエンデルに渡す。


「はい!」


 電池もセットしてあるので即使えるようにしてある。ホルスターも付属しているので、腰でも太腿でもどこにでも装備できることだろう。

 俺としては太腿に装着するのがお勧めだ。女性はサイホルスターが良く似合うと思う。個人的な意見だが……。


『これは何の武器なの?』

「それは雷を発生させるロッドで『すたんがん』というそうです。指で引く部分があるでしょ? そこを引くとロッドが伸びて雷を発生させるそうです。それを敵に触れさせて雷を浴びせると、敵は無力化できるそうです。アキオさんが買ってくれたのですよ」

『か、雷を……なの? ま、魔法も使わずに雷なんて……そっちの世界はどれだけ文明が進んでいる世界なの!?』


 やはり何事も根本には魔法を基準に置いているようだ。こちらの世界の技術は想像できないのだろう。

 説明書によると、4万ボルト以上の電気を発生させることができるらしいので、ある程度のショックがあると思う。無闇に使うものではないが、もし襲われた時は役に立つことだろう。

 そもそも、鎧とか装着している奴には効果覿面かもしれない。どこに触れていても電気が体全体に回るだろうからね。


 使用上の注意事項を伝え、予備の電池も渡してあるので交換の方法も教えた。

 どうやらプノという子は、そういった物に適応するのが早いようである。簡単に説明しても、すぐに要領を得てしまう部分は、脱帽するばかりだった。

 こちらの世界で機械音痴な女性が多いのに比べれば、目をみはる部分がある。


 俺の用事も済んだので、後は異世界人同士で積もる話もあるのだろう。

 色々と話をしているようだった。



 俺は傍らでそれを聞きながら、夜が更けてゆくのだった。

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