第35話 定時で帰る♪

 【プノーザの苛立ち】


 召喚の間で調査を再開したプノーザ。


 今朝方アイテムバッグを確認したところ、昨日書いた手紙が消えていた。


「きっと師匠が気付いて読んでくれたの。良かったの……ほんとに良かったの……」


 ほっと胸を撫でおろしたプノ。

 その後また魔力追跡魔道具を使い師匠と姉のピノーザの位置を特定。それとお姫様の位置も特定できたことで、同じ場所に三人がいることを突き止めた。


「良かったの……でも……」


 しかし、3人が別の世界にいることを、たとえ突き止めることができようとも、その後その三人を呼び戻す方法が無いに等しいことを理解しているプノは、自分の力のなさを痛切に思い知る。


「なんでプノは、ピノお姉ちゃんのように魔法が得意じゃないの……?」


 自分の持って生まれた才能のなさを呪うのだった。

 しかしいくら望んで願おうとも、早急に魔法が得意になるわけではない。

 そんな現実を前にプノは、今出来ることをしようと心に誓う。


「さいしょうさんが誰かを見つけて来てくれると言っていたの……いまはそれを頼りにするしかないの……」


 ハンプ宰相が心当たりがあると言っていたことを思い出し、とにかく今は自分の知識の限り召喚魔法陣にどこか不備がないかを調査してゆくのだった。


「早く返事が来ないかな……」


 調査を進めながらもアイテムバッグを確認するプノ。

 事ある度にアイテムバッグを確認するが、師匠や姉のピノからの返信は一向に入っていなかった。

 自分の知識の未熟さを知るプノは、今はこの世界にいなくとも手紙の返信があるだけで心細さかから解放されるような気がするのかもしれない。そんな僅かな繋がりでも今のプノにとっては心強い絆になるのだから。


「なにをやっているの……?」


 何度目かアイテムバッグを確認した時、どことなく苛立ちを覚え始めるプノ。

 異世界にいる師匠や姉のピノーザは、自分の事など心配していないのだろうか。こんなに心配しているのに。

それとも向こうの方でもこちらに戻る方法を探ることに手がいっぱいで、返事を書く暇もないのだろうか。

 などと、色々な正負の感情がない交ぜになった思考が生まれてしまう。


 とうの異世界にいる三人は、楽しみながら庭の草むしりに汗を流していることなど、露ほども知らぬプノだった。



 プノの心労は蓄積する一方である。



 ◇



 うは~、こんな時間に帰路に就くなんて何年振りだろうか。


 定時に帰るというのがこれほど気分がいいとは思わなかった。

 カッパ課長は恨めしい顔で渋々見送ってくれていたが、少しでも仕事に支障を来せば即この約束事は解除されてしまう。気を付けなければ……。


 ウキウキ気分で駅に着き、電車に乗ろうとすると、朝と同じくらい混雑しており吃驚した。確かに金曜の終電間際も混雑するときもあるが、こんなにぎゅうぎゅうの電車は久しぶりである。駅構内や通路も人がいっぱいだったし、まるで別世界に迷い込んでしまったかのようだ。

 ああ、これが定時で帰るという事か……俺もようやく人並みのサラリーマンになった気分だ。なんてすこし感慨深く思う。


 別に仕事をちゃんとこなしていれば、こうやって定時で帰れるのなら一生懸命になれるのにな。ただ嫌だ嫌だと言いつつも、会社にしがみついているしかできないダメ社員。効率も何も考えない会社。みんなが効率よく真面目にやれば改善の余地はまだまだあると思うのだが……まあ俺一人声を大にして叫んだところで何も変わらない。却ってみんなに煙たがられておしまいである。出る杭は打たれるのではなく、最近では抜かれるのだ。ハブられておしまいである。

 きっと会社自体がクズだから、クズしか残らないのだろうか。そういう俺もクズなのかもしれない……今までこんな考えも湧いてこなかったのだから。

 社畜、それは考えることを諦めさせる洗脳みたいなもの。牛や豚、鶏なんかの家畜と同じものだ。考えたらやっていられないのである。食べられることを知ってしまったら、餌も食べたくなくなるよね。考えたら負け、もうその会社を辞めるしかない。

 やっぱ、俺も少し考えた方がいいかな。三十歳になる前には転職しないと、厳しいものがあるよね。

 俺も26歳、リミットは3年チョットか……。

 給料が少し下がっても、定時で上がれて自分の時間の持てる会社に再就職。そして誰かと結婚して子供も二人ぐらい授かり、人並みに幸せな家庭を築く。

 うーん、なんかそういうのもいいね~。


 ──はっ! そういえばエンデルの言うことには、俺はもう彼女の夫認定されているんだった‼ なんてことだ、恋人との淡い交際期間が全くないじゃないか……。


 ぎゅうぎゅうの電車でそんなことを考えながらも、なぜかあまり嫌な気分じゃない俺がいる。それはおそらく、俺の帰りを待っている人がいるからだろうから。いや、俺が早く会いたいのだろうか?

 エンデルはきっとお腹を空かせて待っているのかもしれないと思うと、なぜかこの混雑した電車でも少し楽しく感じてくる。


 今日は何をしていたかな? 大家さんにいじめられていなかっただろうか? ちゃんと勉強しているかな? 姫さんとピノの面倒はちゃんと見ているかな? いや、逆に面倒掛けているかもしれないな。 

 ああ~早く帰りたい……。


 電車はそんなニヤけた俺を乗せ進むのだった。



 電車を降り家路を急ぐ。

 途中スーパーに寄り晩飯と翌朝の朝飯を買ってゆく。昼飯は大家さんが用意してくれる約束になっているので、気兼ねなく甘えることにしている。

 俺の部屋以外にも冷蔵庫(俺の部屋の冷蔵庫よりも大きい)があるので、飲み物等色々買うとかなりの量になってしまった。

 買い物袋を持つ手が凄く痛い。ビニールが細くなって指に食い込んでくるよ。失敗したな、後でみんなで買い物に来ればよかったかな。

 そう思ったが後の祭りである。指が千切れそうなのを我慢しつつアパートへと戻るのだった。


 あ、そうだった。炊飯器とかも後でネットで買おうかな……毎日弁当では食費もバカにならないだろうしね……あ、そうか、米だけ買えばいいか。確か大家さんが用意した家財道具には、そ辺りも網羅されていたよね。米は重いから後で買いに行こう。


 もう指が限界に達しようという頃、ボロアパートに到着した。

 痛いな~指がどす黒く鬱血しちゃっているよ……。

 荷物を玄関の脇に一度置き扉を開く。


「ただいま~……」

「おかえりなさい~アキオさん!」


 いつものように『はい、おかえり~』と、続けようとしたのだがその前に、部屋の中から元気よくエンデルがおかえりなさいを返してくれた。

 パタパタと駆けてくるエンデルを見てキュンとくる。

 ああ、いいね。なんていいシチュエーションだ。

 一人寂しい社畜生活にはなかった新鮮さだ。これで裸エプロンで抱き付いてきてくれ、チューでもしてくれたらもう言う事なしだよね。新婚さんいらっしゃ~ぃ、だよね。

 なんて思っていると、


「──んん!!」

「ちゅう~」


 惜しいことに裸エプロンではなかったが、抱き付かれてチューされる俺。


「ぱはっ」

「な、なな、ななな、なななななな、何してんのエンデルぅ~!!」

「おかえりのちゅう~です」

「いやいやいやいや、そ、それは分かるけどさ、急にするなよ急に……」

「はれ?」


 俺が驚き喚き散らすと、エンデルは俺に抱き着いたままキョトンとする。上目遣いな所がまた可愛い。

 もしかして、向こうの世界では、欧米諸国と同じような挨拶が主流なのか? ハグとかキスは挨拶の範疇内として常識的な?


「アキオさん、なんで怒っているのですか?」

「お、怒ってない。な、なんでって、この日本ではそんなお帰りの挨拶はあまりしないからな……向こうの世界では常識なのか?」

「いいえ、そんなことはありませんよ」


 違うのかよ!


「じゃあなんで……」


 なんか嫌な予感がする……。


「ヒナたんさんが、こうすればアキオさんは飛び跳ねて喜ぶと聞いたものですから、実践してみました」

「……」


 やっぱりか……あの腐れ大家め……。


「まあ、分かった、この件に関しては後でゆっくり説明するよ……」


 超~嬉しいんですけど!!

 なんて今は言えなかった。


「それより腹が減っただろ? みんなを呼んで来なよ」

「はい!」


 ご飯が食べられるのが嬉しいのか、満面の笑顔でみんなを呼びに行くエンデル。

俺は買い物袋を持って、部屋へとニヤニヤしながら入るのだった。



 そして異世界人との夕食が始まるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る