第34話 草をむしろう!

 【異世界のかしまし娘 お仕事です】


 朝食を終えたエンデル達三人は、昨日の夜アイテムバッグから見つけた、異世界にいるプノーザの手紙の件で談議していた。


「プノーザの手紙がアイテムバッグに入っていたのです」

「えっ? プノ様の手紙ですか?」

「ん⁉ そうか、プノの奴考えたな!」


 エンデルがプノの手紙がアイテムバッグに入っていたことを二人に話すと、エル姫は何の事やらさっぱり分からないといった体で首を捻るが、ピノは合点がいったように頷いた。


「姫様。あちらの世界と連絡を取り合う手段がありました」

「えっ? 連絡が取れるのですか⁉」

「はい、このアイテムバッグで手紙のやり取りができます」

「へっ? アイテムバッグですか⁇」


 エル姫は余計混乱した。

 エンデルの搔い摘んだ説明では、エル姫に何も伝わらないのだ。

 ただのアイテムバッグでどうやったら異世界へ手紙を届けることができるのか。まずそこを説明しなけらばならないだろう。

 ということで、そういう部分はピノが肩代わりする。


「姫様、このアイテムバッグはアイテムバッグなんだけど、少し他のとは仕様が違うんだ」

「仕様ですか……」

「普通のマジックバッグといえば、そのバッグの中の物をその同じバッグの中からしか取り出せないけど、このバッグは共用バッグなんだ」

「共用ですか……」


 そこまで説明してもまだあまり良く分かっていないエル姫。

 アイテムバッグには特定の亜空間魔法が付与されることにより、見掛けの容量の数倍から数十倍の容積を拡張することができる。それをマジッバッグと総称している。

 実際マジックバッグは非常に高価なモノで、一部のお金持ちや商人が持ち歩くような高級品であり、滅多に市場には出回らない希少品でもある。

 それは何故かといえば、その亜空間魔法を付与できる魔導師が少ないからに他ならない。それに亜空間魔法を付与できたにせよ、その魔導師の実力により拡張できる容量も変わるのだ。


 故に今ピノが言った機能を備えたアイテムバッグなど、市場に出回るものではないだろうし、当然のことながらそういったものが存在することすらエル姫は知らないのである。


「そうさ共用アイテムバッグさ。対になったアイテムバッグに、各々同じ亜空間を共有させて使用できるように亜空間魔法を付与したものだよ。師匠直伝の亜空間魔法は容量が無制限で、離れた場所にいてもその中身を共有できる優れモノなんだよ。これを魔道具として開発に成功させたのは妹のプノさ」


 妹のプノの手柄を自分の手柄のように胸を張るピノ。エンデルと同等の大きさの胸はまだ成長過程である。

 妹の有能さゆえに、こちらの世界とあちらの世界の交信手段が確立されたのだ。我が妹ながら自慢したくなるのも分かるというものだ。


「亜空間で繋がっているのですか……」

「ええ、亜空間は、どこの世界とも繋がっています。世界と世界の狭間にある亜空間は今このバッグの中で私たちが今いるこの世界と、プノがいる世界とを繋いでいるのです」

「な、なんと! ではわたくし達は元の世界に戻ることができるのですね⁉」

「「……」」


 エンデルの最終的な補足でアイテムバッグの有用性を概ね理解したエル姫は、それを使えば元いた世界に帰れると歓喜の声を上げた。

 しかしエンデルとピノは、エル姫のその喜びに応えることはなかった。

 二人して顔を見合わせ、「あなたが説明しなさい」「師匠が説明しなよ」みたいに目で訴え合っている。


「エル姫様。申し上げにくいのですが、生物は亜空間に滞在することはできません。その時点で命を失ってしまいます。ですので術式で生きた状態の物は入れられないようにしております。ですから生物の召喚には大規模な召喚陣を使い、亜空間を介さずに召喚する方法が選ばれているのです。残念ながらこのアイテムバッグでは戻ることは叶いません……」

「えっ、では、単に向こう側と連絡を取り合えるだけ、という事ですか?」

「そうだよ姫様。ただ無事でいることを伝えられるだけでも、今は良しとしなきゃね……」

「そ、そうですか……そうなのですね……」


 勘違いとはいえ一瞬でも戻れる可能性があると考えていたエル姫は、事実を知ると落胆の色を隠せず俯いた。

 こうしている内にも向こうの世界ではいつ戦争が始まり、いつ魔王が動き出すかもしれないかと思うと気が気ではないのだろう。

 確かに自分はこの安全な世界でその難を逃れるかもしれないが、向こうの世界では多くの人々が苦難にあえぐのである。

 国や民を思うエル姫の心中は、複雑を極めるだろう。


「で、師匠。プノからは何だって?」

「ええ、無事でいるかの確認と、今回の召喚に関して少し気になる点があることが書いてあったわよ」

「ふーん、あたしも少し気になったんだよねぇ~」

「気になったのに確認もせずに召喚を行ったのですか、ピノーザ?」

「だって、師匠もそうだろ? 確認して問題ないから発動させたんだろ?」

「そ、それはそうですけど……」


 師匠のエンデルにしか構築できない召喚魔法陣。その魔法陣を検証して、一か所の不備は発見し、そこを修正したのだが、また同じ事が起こってしまった。


「ズバリ師匠の目が悪かったから粗を見逃した! それしか考えられないね。なぜならその『めがね』というものが証拠だ!」

「し、失礼ねピノーザ!! 目は確かに悪かったようだけど七度も床を舐めるように確認したんですよ? 間違えるわけが……間違えたのかな……間違えたから……」


 エンデルは徐々に自信がなくなって来る。


「今更そんなこと言ってもしょうがないね。まずはここでお世話になるんだから、それなりになんかしないとね」

「そ、そうです、忘れていました。ヒナたんさんの所に行きましょう!」


 お昼ご飯は大家の日向のところでご馳走になることになっており、なにか三人に仕事を用意しているとのことを思い出すエンデル。

 こうしてはいられないと立ち上がる。


「ほら、姫様もいつまでも落ち込んでいないで行くよ」

「……は、はい」


 エル姫もお世話になる以上は、なにかをしなければならないと重い腰を上げた。


「エル姫様、そう悩んでも仕方がありません。なるようになるものです。向こうのプノと密に連絡を取りながら、なにかいい案が浮かぶかもしれませんよ」

「ええ、分かりました……」

「師匠はお気楽すぎるよ。そんな方法簡単に見つかるとは思えないね」

「まあ何とかなりますよ」


 悩むことをしないのか、それとも悩みを知らないのか。

 エンデルはこんな状況でも朗らかにしているのだった。



 大家の日向の所へ訪問すると、早速居間に上がらされる。


「うん諸君、まずはこれに着替えなさい。せっかく買った服が汚れては要君が悲しむからね」

「「「……?」」」


 居間には既に3人分の着替えが置いてあり、それぞれサイズも揃えてあった。


「この服は?」


 エンデルが首を傾げズボンを摘まみ上げる。

 色とりどりの模様が入ったズボン。吸湿性が良さそうな長袖のTシャツ。つばの広い帽子のようなもの、後ろの方には布が下がっており首のあたりを日光から保護するようになっている。


「作業服だ。そのズボンは、もんぺという」

「もんぺい、ですか……仕事用の衣服なのですね」


 門兵には全く見えないが、発音でそう聞き取れたのだろう。


「着替えたら早速作業にかかってもらう。今日は庭の草むしりをしてもらおうか」

「「「はい」」」


 と、雇い主に従順に返事する3人。


 着替え終わり庭先に出ると、既に色々な道具が用意されており、大家の日向から各々軍手を手渡される。履物も長靴が用意されており、既にそれに履き替えている。

 昨日の内に服やら道具やらを手配し、朝一番に届けてもらったという話だ。何かと手際の良い日向である。


「なんか面白い格好ですね」

「とても不思議です……」

「楽しそうだな!」


 三人は軍手を嵌めながら各々感想を述べるが、一様に楽しそうである。


「ではこの庭の草むしりを頼む。少し広いから、今日中に終わらせろとは言わない。疲れたら休憩を取ること。熱中症にならないように、こまめな水分補給を忘れない事。むしった草は一か所に集めて、後でゴミ袋に詰めること──」


 大家の日向は得意げに諸々の注意事項を述べて作業開始である。

 老朽化が進んでいるアパートの割には、敷地は無駄に広い。三人では一日や二日で終わらなそうな庭なので、ゆっくりやるように指示をするのだった。


「では作業はじめ!」

「「おーっ!!」」「はぃ!」


 三人はそう返事をし、入り口側の方から攻めてこようと打ち合わせし移動する。

 大家の日向も楽しそうだ。事あるごとにデジカメでパシャパシャと三人の姿を撮っている。もちろん着替え姿もバッチリだ。


「うむ、これはいい……異世界から来た美少女大賢者と幼女弟子、それにお姫様、もんぺ姿で草むしりを堪能する……う、売れそうだ!」


 何を企んでいるのか分からないが、たぶん碌なことは考えていないのだろう……。


「ではよろしく頼む。何かあったら部屋にいるので声を掛けて欲しい!」

「「「はい!」」」


 そう言って日向は部屋に戻るのだった。

 アパートの管理をしてくれる安い労働力が得られたことにご満悦なのである。


「おお~薬草とか生えてないのかな?」

「見た感じ雑草のようですね。あ、でもこれは食べられそうな草です」

「こ、これはきついですね、中腰は腰に堪えます──きゃっ! く、蜘蛛ッ!!」

「あははは、姫様蜘蛛ぐらい何だってんだよ~それもこんな小さい蜘蛛で、あははは」

「す、すいません……城の庭は専門の庭師に任せているものですから……こんなことはしたことがありません……」

「そうですね、姫様がこんなことをなさるなんて、普通はないでしょうからね。うふふふ」



 異世界から来た三人は、楽しそうに会話しながら草むしりをするのだった。

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