第33話 金貨を売りに行く
【異世界から来たかしまし娘三人は】
「おはようございます姫様〜起きてますか〜」
「ぅああああ、お、おはようございますエンデル様!」
エンデルは、いつまで経っても朝食に訪れないエル姫の様子を覗いに部屋に行くと、エル姫はまだ部屋着のまま右往左往していた。
エル姫は元いた世界の事を思い夜更かししたせいか、少しお寝坊でもあった。瞳も多少充血している。
「どうしたのですか姫様?」
「あ、いえ、いつもは侍女に何かと世話をしていただくものですから、着替えの方法がいまひとつ分からなくて……」
昨日はエンデルにお風呂の説明と一緒に着替えの手伝いもしてもらっていたので、なんとか着替える事ができたのだが、お城ではお姫様という立場上、常に側に侍女達が控えており、着替えから何から何まで面倒を見てくれているので、一人では何もできないエルなのである。
「ああ、そうですね。姫様はいつもたくさんのメイドさんに、着せ替え人形のようにおもちゃにされていましたものね」
何度かそんな場面を見た事があるエンデルは、思った通りのことをズケズケと忌憚なく言う。
「お、お人形……おもちゃ………」
姫付きの侍女が『今日はこの服が』『いえいえ、こちらの服が』『いえいえいえ、こちらの服が』などと楽し気に服選びをしている様は、まさにそうなのかもしれない。
「民草では誰かに服を着せてもらうなんて、本当に小さな頃だけですよ」
「そ、そうなのですね……一人では何もできないわたくしは、半人前なのでしょうかね……」
一人で着替えもできないことを歯痒く思うエル姫。
「はい! 半人前ですね」
「しょ、正直過ぎます、エンデル様……うふふっ」
「?」
エンデルの天然とも言える物言いに凹みはするが、姫という自分にそんな気を使うことなく意見することに、怒りというよりも、どこか楽しくも新鮮味がある会話におかしくなって来るエル姫だった。
「でも、こちらの世界の衣服は非常に着心地がいいですし、機能的にも申し分ないです。肌着、特に乳当てが最高ですね──ぬっ‼」
この世界の衣服、特に下着を絶賛するエンデル。
しかし、エル姫の着替え用のブラジャーを拾い上げ、その大きさに眉間に皺を寄せる。
「姫様、私が御着替え手伝います!」
「えっ、あっ、ちょ、わきゃあ~」
無理くりスエットを脱がせ、パンティー一丁の半裸に剥かれるエル姫。
「さあ、乳当てを付けますよ姫様~」
「あ、え、は、はい……」
「ぬぬぬっ! なんですかこの凶悪なお胸わっ! まったく不埒極まりますねっ! えい、この~っ、むむむぅ~ああ~なんか腹が立ってきます!」
「えっ? なっ、ちょ、ま、待って、な、なな、何をするのですか、エンデル様~!」
自分の胸にはないボリューミーなエル姫の胸に嫉妬心が湧き上がるエンデル。つついたり揉んだり引っ張ったりと、やりたい放題である。
「なあ~師匠と姫様~、まだか~あたし腹が減ったよ~──おおっ‼」
そこにピノが現れた。朝食を前に待てども来ない二人を、痺れを切らせて呼びに来ると、何か楽しそうなことをしているので興味がそちらに移る。
「おおっ、何楽しい事してるの師匠! もしかして姫様の豊満エロボディーを弄んでるのか? あたしも仲間に入れてよ!」
「あいえ、ちょ、ピノ様まで……いやん、聞いて下さいまし、き、着替えをしたいのです! わたくしの身体で遊ばないで下さいまし~!!」
「ええーい、なんか見てるだけで腹立がつな。あたしもこんなおっぱいになりたいよ。師匠はもう遅いかもだけどね」
「う、うるさいですよピノーザ! 今に見てらっしゃい、まだまだ大きくなるんですからねっ!」
「いや無理だって。ていうか、アキオ兄ちゃん、師匠のその小さなおっぱいが好みらしいぞ? 無理に大きくする必要ないと思うよ?」
「そ、そうですか? な、ならこのままでもいい、かな?」
「な、お二人とも……わ、わたくしの胸を揉みながら何を言っているのですかぁ~? いい加減に着替えさせて下さいましぃ~!!」
エル姫の切ない叫びが部屋にこだまする。
昨晩の悲しみも、この二人と居ると幾分薄れて来るのは何故だろう。そんな気持ちになるのだった。
◇
昼休みにちょっとだけ会社を抜け出し、会社の近所にある貴金属買取店に向かう。
エンデルから預かって来た硬貨を鑑定してもらう為である。
【金・プラチナ・貴金属・高価買取】といった謳い文句が店頭にでかでかと踊っている店で、今回初めて入る店だ。
というより、社畜の俺には一生縁がない店だと思っていたのだが、人生は分からないものである。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた雰囲気の店員が、恭しく歓迎してくれる。
なんたら鑑定団みたいな白い手袋をした人達が数名おり、いかにも金持ち風のおばちゃん相手になにやら鑑定をしている人もいた。
「お客様、本日はどのようなご用命でしょうか?」
早速俺の前に来た女性店員が営業スマイル満点でそんなことを言って来る。
見るからに鑑定できますよ、みたいなきちっとしたスーツ姿で、胸にはしっかりと鑑定師と書いたネームプレートを付け、ポケットには白い手袋が覗いていた。
「あ、ええ、ちょっと見て欲しいものがありましてね」
「はい、貴金属でしょうか? それとも時計などですか?」
どうも、貧乏くさく見えるのだろうか? あまり歓迎されていないような気がする。たぶん気のせいなんだろうが。自意識過剰だな。
まあ、こんな俺が高価なモノ持っているように見えるわけがないよな。ただのくたびれたサラリーマン風の俺が……硬貨だから貴金属みたいなものだから、まあなんでもいいや。
「ええと、これなんだけど……」
「はい、拝見いたします」
店員は小さなトレイを差し出してくる。
俺は無造作にポケットに入れていたエンデルの世界の硬貨、大金貨、金貨、銀貨をそれぞれ一枚ずつトレイに乗せた。
「コインですね?」
「ああ、そうみたいだ」
「ん~っ、このコインは見たことがないコインですね? どこかの国のコインなのですか? それともどこかで発掘したとか?」
「いや、知り合いから貰ったんだが、それの価値を知りたかったんだ」
「なるほど……畏まりました。少々お待ちください」
そう言うと店員はトレイを持ってカウンターの奥の方へと向かう。
そこには彼女の上司なのか、見た感じ少し偉そうな男性がおり、俺の預けたコインをしきりに観察している。
例の鑑定師特有の白い手袋を嵌め、裏に表に慎重に観察したかと思うと、精密重量計のような機器に乗せたりしていた。時にはパソコン画面を指差し、ああでもないこうでもないと二人で話している。
うーん、早くしてくれないだろうか。昼休み中も仕事しないと、毎日定時で帰る予定が早速崩れてしまう。早くしてくれ〜。
一通り観察し終わると、二人して俺の所まで来る。
ん? 何か問題でもあるのか? 偉そうな男性が、少し渋い顔で女性の店員の先を歩いてくる。
「お客様。このコインはどこで入手されたのですか?」
「いや、入手先は知らないけど、とある知人に貰ったんだよ」
「ではどこの国のいつの時代のコインかは不明という訳ですね?」
「あ、ああ、たぶんこれをくれた知人もそれは知らないと思う」
「そうですか……」
いや、知っているけどいえるわけねーべよ。誰が異世界のどことも知らない国のお金だって言える? 頭おかしいと思われるのが落ちだよ。
知らぬ存ぜぬで通しますよ、はい。
「で、なにか問題でも?」
「いえ、たいしたことではないのですが、私も長年コインを見てきましたが、このようなコインは今回初めて目にするものばかりです。ある程度所在が知れているコインでしたら価格も算出できるのですが、何もかもが不明となると金属の構成元素分析をかけなければなりません。二、三日お預け願えれば分析してみますが、いかがでしょうか?」
へーっ、そんな手間がかかるのか。知らなんだ。
まあ、その価値が分かればいいし、今の所即使いたいという訳じゃない。ここはお願いして見るか。
「ええ、じゃあお願いします」
「では預かり証を作成いたします。少々お待ちください」
そう言うと男性は、後を最初に対応してくれた女性に任せて奥へと引っ込んでゆく。
それなりに面倒なんだな……。
「ではこちらにお名前と連絡先をお願いします。それと一応画像を取らせていただきますね」
そう言って預かり証書にサインしている隙に硬貨の写真を撮る女性店員。
「成分分析で何が分かるんですか?」
「あ、はい。金ならその純度を分析します。24K、22K、18K、14K、10Kと混合物の割合で決まっています。それにより価格も違いますので、その分析ですね」
「ああ、聞いたことがあるねそれは」
アクセサリーとかに良く刻印してあるやつだよね。
「おそらく今回の品が買取りとなれば、コインとしての価値ではなく、金属としての価格にしか転嫁できないでしょう。有名な金貨であれば、時代背景やその希少さによって値段が上下致しますが、今回のコインは出自も不明で時代も不明ともなれば、それは致し方ないかもしれませんね」
「へーっ、そんなもんなんですか」
「ええ、ただ、このコインは見た感じ純度が高そうですので、それなりに高価かもしれませんよ?」
「へーっ、見ただけで分かるんだ。鑑定師すげえな」
「ありがとうございます。見て触ってですけどね。この大きなコインは非常に柔らかいので、おそらくは22K以上、もしかしたら24Kかもしれません」
凄いな鑑定師。分析なんていらないじゃん。
そういえば江戸時代の悪代官とかが小判をかじるのは、柔らかさを確認するためと聞いたことがあるな。金は柔らかく、偽物で作った場合は固いから噛めばわかると……ほんとかな? 小判自体を見たことがないから何ともいえないけど。
「でも、あくまで見た目と触った感じですので。ただ24Kでしたら作られた時代はそう古くないですね」
「えっ? そんなことも分かるの?」
「ええ、いわゆる純金というものは分子構造が堅固ではありません。表面は常に流動するのです。ですから文字のようなものや肖像などが刻印されている場合、その文字や図柄は年数を経るごとに薄れてゆくのです。ですから、もしこのコインが純金だとした場合は、はっきりとした図柄が残っておりますので、ここ近年に作成された物だと鑑定できますね」
「へ、へーっ……」
感嘆の声しか出ない。
マジ凄いね鑑定師。俺には無理だな鑑定師は……そこまで几帳面に観察できないよ。
うん、これは金貨っぽいね! と、そのくらいの鑑定眼しかないと思う。間違いない。
とまあ、色々聞いたが難しいことは分からないので、元素分析とやらをお願いしてその店を出た。
数日後には結果が出るという事で、結果が出たら電話をくれるそうだ。
おっとこんな悠長なことはしていられない。定時で帰る為にはそれなりに仕事をこなさなければ!
俺は駆け足で会社へと戻るのだった。
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