第20話 師匠発見!

 【大賢者エンデル捜索隊 まだ頑張る】


 召喚の間に緊張が奔る。


「ピノお姉ちゃん! 師匠の居場所が特定できたの!」

「おお、でかしたプノ!」


 大賢者エンデルの魔力の残滓を辿り、亜空間の先にいる師匠の居場所を特定できたプノ。

 優秀な魔道具を作った甲斐があったってものだ。


「おおっ! 見つかりましたか!」


 ハンプ宰相はその知らせに細い瞳を輝かせ歓喜の声を上げた。


「プノ様ご苦労様です」


 エル姫も一頻り安堵した表情を浮かべ、プノへと労いの言葉をかける。


「いいえなの。このくらいたいしたことないの」

「それはそうと、その場所から大賢者エンデル様を連れ戻すにはどうすればいいのですか?」

「う~ん、ピノお姉ちゃん。どんな方法があるの?」


 エル姫の問いに首を傾げるプノ。

 魔道具に関しては他の追随を許さぬ知識は持っているが、こと召喚に関してはまだまだ未熟なプノは、姉のピノの指示を仰ぐ。


「そうだねぇ~……プノ、向こうの師匠の状態はどんな感じかな?」

「うん、師匠の魔力はかなり少ないの。その場所の魔力もほとんど無いに等しいような場所なの。もしかしたら、魔法も使えないような世界なのかもしれないの……」

「うう~ん、それは厳しいねぇ~」


 妹のプノの報告を受け、姉のピノは顔を顰める。

 エンデルの魔力が枯渇に近い状況で、こちらから誘導したにしろ魔力不足でエンデルを引き戻すことはできない。その世界自体に魔力が豊富であれば何とか手はなくもないのだが、それも望み薄のような事を言っている。

 ならば方法は一つしかない。


「仕方ないね、師匠を特定していれば、魔力もそんなに使わなくて済むし……それに幸運なことに、まだ大量の師匠の魔力がこの場所に滞留しているからこれを使えば何とかなるかもしれないけど……」

「うん、そうなのかも。もう場所は特定できているから、多少空間が安定しても追跡は可能なの。後はピノお姉ちゃんがじっくり魔法陣を点検するの」

「そうだね……でも……姫様、ちょっといいかい?」


 場所の特定はでき、エンデルの追跡も可能になった。後は魔法陣を完璧にして再度召喚を行えば、エンデル一人ぐらいであれば簡単に召喚は可能だと考えるピノ。

 だがそこに少しの問題があることも同時に確信している。


「何でしょうかピノ様?」

「いえね、ここの残留魔力は師匠のものなんだけど、それとわたしの魔力を足しても、どうも足りなさそうなんだよね」

「魔力が足りないのですか……」

「うん、誰か魔力を補填できるような、有能な魔導師でも居ないかな?」


 ピノの難点は、魔力量が不足していることである。

 いかに師匠であるエンデルの魔力が残留しているとはいえ、人一人が転移した後の残りカスのような魔力と、まだ魔力量の少ないピノの保有量では、到底一人の人間を転移させるだけの魔力量には追いつかないのだ。

 そこで考えられることは、他に魔力を豊富に持っている魔導師から魔力を補填してもらうといった手段である。


「魔力の補填ですか……」


 エルはそんな魔導師の心当たりを思い浮かべるが、そんな優秀な魔導師などエンデル以外にそうそう思い当たるはずがない。


「複数名ではいけないのですか?」

「うーん、出来れば一人がいいね。複数になれば魔力の操作が安定しないし、一人一人の魔力の質も違うから、失敗する可能性が俄然上がるんだよ、というか、まず失敗するね」


 今迄、多数の魔導師の複合召喚が成功しない理由がそこにあるのだ。

 しかしそうなれば、それだけの魔力を有する人物など本当に心当たりがない。あるとすれば……。


「それであれば姫殿下しかおりませぬな」


 ハンプ宰相がそう口を挟んできた。


「あ、そうか、姫様は、教皇様の娘さんだからそれなりに魔力はあるって事かな?」

「え、ええ、まあそれなりには保有しております。ですが召喚に関しましては全くの素人です。わたくしがおこなって上手く行くとは到底思えません」


 エルは神聖魔法系の魔導の使い手ではある。聖教会を母体とする聖教国は神聖魔法を代々継いでゆくのが習わしで、召喚魔法はその中にはないのだ。故にいかに魔力の保有量があったにしろ、その特性上違う魔導は操れない。そういうものなのである。

 本来であればこの特別な魔法陣を起動するだけの魔力を持った者など、この世界には大賢者であるエンデルしかいないだ。

 だが魔力は少ないがピノにはこの魔法陣を起動するだけの知識はある。あとは、他人の魔力を流用するだけの能力も有しているので大丈夫だと踏んだのだ。


「いや、姫様には魔力だけ貰えればいいよ。あとはあたしがその魔力を操作するからさ」

「はい、分かりました! それで大賢者エンデル様をこの世界に戻せるのであれば、このわたくしの全魔力、いえ命の限りを惜しみなくお使いくださいまし」


 凛とした姿勢で覚悟を決めるエル。

 エンデルさえ戻れば自分の命などはいらない。そう決意するのだった。

 エンデルが戻れば再度勇者の召喚が可能になり、この国、ひいてはこの世界が救われる。ただその一念なのだ。


「大袈裟だね姫様は。命まではいらないよ。ただ足りない分を補填するだけだからさ」

「はい、それでも存分にお使いくださいまし」

「うん分かったよ、姫様はこの国想いのいい姫様なんだね。うちの師匠に姫様の爪の垢を少し煎じて飲ませたいね」

「いえ、大賢者エンデル様もこの世界の事は憂いておりました。わたくしとまったく同じ気持ちの事でしょう」

「あいやぁ~そうかなぁ~、食べ物を前にするとそんなことも吹っ飛んじゃうからな、あの師匠は……」

「そうなの、食べ物に目が無いの……もし世界が滅亡する寸前であろうと、食べてさえいれば幸福感に満たされて逝くような師匠なの……」

「そ、そうなのですか……?」


 確かに思い当たる節がないわけではない。

 召喚の儀の直前の晩餐では、これから行われる召喚の儀に対する緊張など微塵も見せずに食べ捲るエンデルの姿を見たエル。

 この城で世界の命運をかける一大儀式の前に、他の者は緊張し食欲も減退する中で、『あ、これ食べないのですか? では私が食べてもいいのですね⁉』とか言いながら各テーブルを回っていたエンデルを思い出す。

 その時には、この一大儀式を前に、なんと豪胆な方だろうと思っていたのだが、どうやらただの食いしん坊だったのかもしれないと理解させられるエルだった。

 ただ魔力の回復の為には食べ物を大量に摂取するエンデルの特異体質でもあるのだが、そこはまだ誰も知らないのであった。


「よし、なら今日中に魔法陣のチェックは済ませるから……そうだね、明日のお昼に師匠を戻すことにしようか?」

「はい、分かりました。ピノ様、プノ様、何卒よろしくお願い致します」

「まあ仕方ない、なんとかしてみるよ」「はいなの姫様」


 乗り掛かった舟であるピノプノ姉妹は、エルの頼みを快諾するのだった。


「……」


 その姿を後方で見るハンプ宰相は、細い目を少し見開き、うんうんと頷くのであった。

 召喚の行方がうまく行きそうなことを喜ぶかの如く……。



 大賢者エンデル捜索隊の作業は、その後佳境を迎えるのだった。



 ◇



「おい社畜要君! なぜわたしに隠し事などするんだね? 大家と言えば親も同然、隠し事など言語道断。そんなことをする要君には庭の草むしりを命じるよ!」

「あのね、今の時代プライバシーが最も重視されるんですよ? 大家さんに迷惑さえかけなければどうでもいいでしょ? だいたい親じゃないし、歳だって二つしか違わないじゃないか! それに庭の草むしりってなんだよ! ネトゲしている暇あったらちゃんと管理しなよ。大家であるあなたの仕事では? それから社畜はやめて下さい!」

「なんと反抗するのかね? ネトゲは私の生きる糧、それをやめてまで草むしりなどしない!」

「……」


 腕を組み少し大きな胸をこれでもかというくらい持ち上げて威張り散らすヒナたん、こと、コーポ柊の大家さん。

 どこにそんな威張れる要素があるんだ?

 なんて大家さんだろう。自分がネトゲしたいからって住人にアパートの管理を押し付けるなんて最低な大家だな。


「まあ、エンデル君と言ったかね? どうやら君は異世界から来た賢者で間違いないのだね?」


 そう、やはりオタクな大家さんは侮れなかった。

 エンデルとの会話で速攻言語の違和感に気付かれ、結果この大家のヒナたんに、洗いざらい吐露したのだ。どのみち隠していても、エンデルと話をしていれば、いずれはボロが出るから、それでもいいのだが、この大家もまた不思議な人である。

 エンデルが正直に話をし、異世界からどうしてこの地に来たのかを淡々と語るのだが、それを何の疑いもなく受け入れてしまう所は驚くばかりだ。


「はい! 異世界から来た大賢者です! そしてこちらに転移して来たところで、アキオさんと出会ったのです。運命の出会いです‼」

「ちげーよ! たまたまだよ! たまたま! 偶然にも程があるだろ!」

「ビビッ、と来ました!」

「来ないからビビッと! コツンと来たから!」

「うむ分かった。歓迎しよう異世界の住人エンデル君! ようこそコーポ柊へ!」

「はい! よろしくなのですヒナたんさん‼」

「あんたも簡単に歓迎するなよ! 少しは怪しめよ!」


 意気投合をして、ガシッ、と握手するエンデルと大家のヒナたん。

 まったくもって理解しがたい二人である……。



 こうしてまた一人、異世界の秘密を知る者が増えた。ううっ、頭痛の種も増えたようだよ……。

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