第7話 クズの教典


「ではひとまず」


「わしらの首がつながった事に」


「「かんぱ~~~~~~い!!」」


 今現在もなお命の危機に瀕している哀れな石工、セリヌンティウスの事などいざ知らず、杯を打ち鳴らして乾杯をする天然パーマの青年と、白髪の老人の姿がそこにはあった。


 今更だが、彼らの脳内辞書には、「反省」とか、「申し訳なさ」、「羞恥心」といった単語は一切載っていない。


 セリヌンティウスを生け贄、もとい強制的に人質にすることで、メロスと与作の二人は一時的にその身を解放されることとなった。

 しかし、彼らが真っ先に向かったのはメロスの妹が待つ村ではなく、ここシラクスの市にある場末の酒場であった。

 先ほどまで震え上がって顔を青ざめていた二人は今、呑気に馬鹿笑いをしながら杯に入ったビールを煽り、頬を紅潮させている。

 盗人猛々しいとはまさに、この人間の屑どもの為に存在する言葉であった。


 しばらくして、ほろ酔いの老人はふと一旦辺りを見回したかと思うと、声の調子を落としてメロスに耳打ちした。


「さて、ここから本題じゃが……我々のこれからの方針についてだ。よもやお前、今更エア妹の結婚式へ向かうとでも言うまいな?」

「私に妹がいるのは事実だ。しかし、自身の命が危機であるこの状況で、もはやそのような些事は、まるきりどうでも良くなった」

「ではクソ天パ、お前これから一体どうするつもりじゃ」

「まあ待てクソジジイ。私が考えるこれからの方針案は大まかに2つだ」


 メロスはごほん、と咳払いをしたのち、口元を手で隠し、周囲を憚りながら、小声で語り始めた。


「まずひとつ。それぞれが三日以内にこの国を脱出し、あのバカ王の手の及ばない地域まで遠くに逃げる」

「流石ワシの見込んだ、見事なまでの屑っぷりじゃ。友人の命など蚊ほども気にとめておらぬ。しかしまあ、無難な策じゃな」

「うむ。そして次の策だ」

「ほう」

「我々の手であのバカ王を何らかの手段で暗殺、もしくは王城に放火する等の重大事件を連発させ、どさくさに紛れて処刑の件をごまかす」

「流石にスケールがでかいのう。そこまでいくとワシらは本物のテロリストじゃ。しかし、成功すればワシらは慌てて夜逃げすることなく、命拾いすることとなる。ついでにあのセリなんとかの命も助かるやもしれん。あまりにハイリスクハイリターンな策じゃ」


「私としては、1つ目の方針でいこうと考えるているのだが」

「まあ、それが妥当な線じゃな。2つ目は上手くいってもなんかこう、どのみちワシらの未来がない気がする」

「よし。では決まりだ」

「……しかしメロスよ。若いお前はまだともかく、哀れな後期高齢者であるワシの足では、3日以内に他国の国境まで踏破することは到底不可能じゃ」

「まあ、そこは自己責任ということで……ではジジイ、せいぜい達者でな」


 策の欠陥に気づかれたメロスが、突如思い出したかのように席を立ち、そそくさとその場を立ち去ろうとする。

 勘定も払わず店を出ようとするメロスの腕を、与作老人が掴んだ。


「待つのじゃクソ天パめが。まだ話は終わっておらんぞ。逃げる気か」

「ええい、放せジジイ。逃げるのではない。そういえば妹に結婚式のための買い出しを頼まれていたことをふと思い出したのだ。早く行かねば服屋が閉まってしまう」

「お前、今さっき村には帰らんと言ったではないか」

「気が変わったのだ。やはり兄として、かわいい妹の結婚式を見届ける義務があると思ったのでな」

「嘘をつけ嘘を。どうしてもお前が逃げ出すなら、今すぐこの場でお前を王城に突きだして、ワシの死刑だけを免除してもらったって構わんのだぞ」

「こ、この野郎……」

「まあ、一旦座れ。ワシにも考えがあるのだ。それを聞いてからでも良かろう」

「……では一応、聞いてやろう」


 メロスは、渋々元いたテーブルへと戻り、腰を下ろした。

 与作老人は一息ついてから、再び小声で言葉を紡ぎ始めた。


「わざわざ徒歩で、長い道のりを行こうとするのは愚か者のすることじゃ。つまり、文明の利器を最大活用しようではないか」

「つまり、どういうことだ」

「馬じゃよ。馬に乗って行けば徒歩では3日かかるような道のりも、1日あれば踏破できる」

「馬だと?そんな高額なものを買う金がどこにある?ついにボケたのかジジイ?」

「では、お前の懐にあるその革袋には一体、何が入っておる?」

「これは妹に預かった、結婚式の服を買う金だ。到底ロバ1頭すら買える金ではない」

「金が足りなければ、増やせば良いんじゃよ」

「どうやって」

「馬じゃよ。馬。馬で増やすんじゃ」

「ダメだ、脳が認知症に冒され過ぎていて、もはや言語が通じてないな。ジジイの修理屋ってどこだったかな?病院?保健所?」

「バカを言え、ワシはいたって正常じゃ!このシラクスで、馬といえば一つしかなかろう!」

「じゃあ一体何だというのだ」


 与作老人は、おおげさに胸を張ってこう言った。


「競馬じゃよ」

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