「蚊を飼え蚊を飼えー!!」


 と母さんが朝から叫んでいます。一体何があったんだ。


「蚊を飼え蚊を飼えー!!」


 お母さんがなんと言おうと、僕は蚊を飼いません。


「蚊を飼うよ。」


 と妹が言って、飛んでいる蚊を捕まえました。妹は蚊をビニール袋に入れました。


 ブーンブーン!!


 蚊が、ビニール袋の中を飛んでます。ちっちゃくてかわいいな。


「蚊がかわいいねぇ。かわいいねぇ。」


 妹が蚊を可愛がっています。


「蚊がかわいいねぇ。かわいいねぇ。」


 妹が蚊を可愛がっていると、お母さんも蚊を可愛がり始めました。


「蚊は可愛いねえ。可愛い。」


「蚊はかわいい。ちっちゃくて可愛い。」


「可愛い。可愛い。」


 私はなんだかイライラしてきました。沸々と泥沼のマグマのように私の奥底に湧き立ってきました。この感情は嫉妬です。嫉妬に違いありません。人間の醜い感情です。


「ぷんっ!!僕の方が可愛いもん!!」


 と、私は言いました。


 じっ.....


 じじっ......


 じじじっ.....


 2人はこっちをみてきます。空洞の目で静かにこっちを見てきます。


 じじじじじっ.....


 じじっ....


 2人に見られている.....。私は前屈姿勢になり、両腕を後ろに広げました。ブリキのおもちゃみたいに両足で走り回り、羽根のように腕をばたつかせ、ぶーんぶーんと鳴きました。


 じじじじっ.....


 ぶーんぶーんぶーん


 ばたばたばたばた


 私は、蚊になりきったのです。


 じじじじっ.....


 ぶーんぶーんぶーん


 ばたばたばたばた


「お兄ちゃんも可愛いよ。」


 と、妹がいいました。


「たかしもかわいい。」


 と、母も言いました。


 私の心は満たされました。


 完

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