序章3 通う心

 気が付くと寝台の上は荒れに荒れ果て、布団はぐしゃぐしゃで体液でドロドロで、至る所に血の跡が残ってた。

 俺達は胸を大きく上下させながら天井のシミを数えながら、どちらともなく笑って一言、


「なんか思ってたのとちがう」


 互いに、同時に酷い感想が出た。そして、その感想を聞いてケラケラとまた同時に笑うのだ。


「アンタ下手過ぎでしょ」

「お前が勝手に盛り上がって無理やり突っ込んだのが悪い。おかげでもげるかと思ったぞ。というか皮が剥げたぞ。具体的に言うと根元まで」


 おかげであちこちにある赤いシミの半数近くは俺のものだろう。正直今自分の股間を直視したくない。


「私だって中がヒリヒリしてるんだから文句言わないで。まったく元とはいえ皇姫の私をこんな酷い目に遭わせてくれちゃって……どうしてくれようかしらね?」

「痛い痛い言いつつ、自分でも動かしてたろ。おまけに肩の肉食いちぎってくれたんだ。許せ」

「え、嘘!?」


 嘘なものか。彼女にも見えるように首を逸らして傷口を見やすいようにしてやる。超人性故に徐々に塞がりつつあるので出血は止まっているが、行為の最中はずっとだくだくと流れ出ていた。


「ホントだ。丁度私の口の形に抉れちゃってる。私のお腹の中アンタでいっぱいね」

「恋人の肉食って腹膨らませるやつはそういないけどな」

「人をカニバリストにするんじゃないわよ」

「か、かに? ……かに……蟹か。しばらく食ってないな」

「カニバリズムの話から普通の蟹の話に持っていくとか本当にアンタらしいわ」


 そう言われてもそもそもカニバなんたらというのがよくわからん。蟹は蟹だろう。この寒い時期は鍋に突っ込むに限る。

 そんな風にくだらない事を考えていると温もりが俺の半身を包む。そばに寄ってきた彼女はあれだけ痛がっていたはずなのに機嫌よさげに笑ってる。


 本当に酷い初体験ではあったものの、忘がたい記憶として刻まれたことだろうと思う。


「ちゃんとやり方考えないとね。正直、超人同士だとこんなに大変なんて知らなかった。毎度こんな風に戦争してたら子作りもままならなそう」

「生々しいことを本当に恥ずかしげもなく言うんだな」

「たった今まで私の中にいた人間の言葉とは思えないわね」


 彼女は鼻で笑いながら股を開いて「うわー生理の時より凄いことになってる」とか口走る。というかやめろ。そうやって恥ずかしげもなく股を開くのをやめろ。


「それにしても、ベッドすごいことになっちゃったね。シーツも布団も血塗れでもう使い物にならないわ」

「男女が交合まぐわった後というよりかは殺し合いでもした後みたいだ」

「酷い言い種――でも言い得て妙ね。私達はイカレ同士の番なんだから、この方が

「だろう?」


 雰囲気とか、空気感とか、色々台無しだった。だけど、終わってみると俺達の初めてはどう足掻いても綺麗に終われなかっただろうな、なんて思う。

 それに、このくらい派手にやれば一生消えることはないだろうし、丁度いい。


「――ねえ、貴方はここで止まってくれる?」

「それはできない」

「……じゃあ、貴方の胸に私はいる?」

「いるよ」

「そう。なら、私をちゃんと連れていってね。置いていったら絶対に許さないから」

「嫌だと言ってもお前はきっと強引にでも付いてきただろ」

「もしそうなったら、付いていくだけじゃ済まさない。硬い拳のおまけ付きだからね」


 頬を緩めて、白い歯を見せて、彼女は少年みたいに笑った。


 俺の道は天津神になっても遠く険しいみたいだ。それでも俺は自分の生き方を曲げられない。“ならば、その旅路に私も連れていけ”、彼女の言わんとするところは詰まりこんな感じだろう。


 相変わらずの気性に、俺もまた笑みが零れる。


 流石は元皇族、肝が本当に座っている。俺の愛した女はどこまで行ってもそこだけはぶれないらしい。


「――よし、この連休中に結婚式をあげましょう」

「うん、本当に突飛な事言うのな?」

「何? 嫌なの?」

「嫌な訳あるか。だけど、俺時々付いていけないときあるぞ」


 さっきの性交もそうだけどこいつ刹那に生き過ぎなんじゃないかと思う時がある。


「思ったらほにゃららってことばがあるでしょう?」

「思い立ったが吉日と言いたいのはわかるんだが結婚式なんざいきなりできるもんじゃないぞ」

「アンタ私を誰だと思ってるの? 一般常識くらい修めているわ」


 ならどういう意味だ? なんて思いながら小首を捻ると彼女は不敵な笑みを浮かべて寝台の上に立ち上がると腕を組んで俺を睥睨する。


「私たち二人だけでやればいいのよ!!」


 彼女は月光を後光に割と普通なことを如何にもかっこ良さげに言い放つのだった。これで全裸じゃなくて尚且つちょっと内股じゃなかったら惚れ直していたかもしれない。……今は今で愛おしさのあまり押し倒しくて仕方ないが。


 しかし、二人だけで結婚式と言っても何をすればいいのやら。そもそも、結婚式ってなんだ? 今までまったく興味が無かったから言葉の上でしか知らないぞ。三三九度なら流石に知っているが他は……よく知らない。


「どうせならお互いの国の結婚の伝統を持ち寄りましょうか。その方がお互いの事もよく知れるしね」

「構わないがちゃんとしたものでなくていいのか? 俺としてはちゃんとお前を着飾ってやりたいんだが」

「今は気持ちで十分。それに結婚式を一回しかしちゃいけないなんて法律ないでしょ?」


 法律の事もよく知らんが、聞いたことは無いな。


「わかった、ならしよう。きっと、良いものにしよう」

「じゃあ、決まり!! 明日は――というかもう今日だけど朝早いわよ」

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