第三章6 Den lille Havfrue
雷光が鉛の弾丸を焼き払い、機銃を撃ち抜く。熱と衝撃を以って砕いてみせた。今のうちに移動しようと、大砲の隙間から躍り出ると私は恐ろしいものを目の当たりすることになる。
たった今、打ち砕いたはずの機銃が時間を巻き戻すように復元していく様を。聖遺物を作る祈りというのはここまで出鱈目なものなの!?
奥歯を噛み締めながら再度瞬くマズルフラッシュを見て一気に駆け出す。破壊出来ないのなら回避するしかない。
攻める事や傷を癒す事は出来ても私の祈りは、どうしようもないくらい防衛に向いていなかった。
それでもこれまで特に目立つ怪我をせずにやって来られたのはあの大きな背中があったからなのかな、なんて改めて再認識させられる。私は自分で考えていた以上に彼に守られていたらしい。王子様に守られるだけのお姫様だったという訳。
まったくもって度し難い女。
私は彼の道の障害にしかなれていない。私は彼に“最高の男であれ”と命じたのだから私自身は彼にとって“最高の女”であらなくてはいけないはずなのに。今のままでは不誠実もいいところ。
こんなだから家族にも、使用人たちにも不誠実なままなんだってことをそろそろ認識しなさいアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。
「――よし!」
己を叱咤して一気に機銃の根元を駆け抜ける。が、その瞬間、太股を灼熱の痛みが襲った。痛みを我慢してビルディングの影に隠れると痛みはより激しさを増してその傷の深さを知らせてくる。
患部を見れば肉が抉れ、砕けた大腿骨の一部が露出しているのが見えた。初めて悠雅と共に逢魔ヶ刻に落下した時に死に体だった彼や腕が千切れた宗一を見ていなかったら今頃気が狂っているところだった。
大丈夫。この程度なら治せる。
クォデネンツに祈りを流し込み癒しの光の効力を高める。すると砕けた大腿骨と抉れた太股はみるみる元の姿へと回帰していく。
これが聖遺物の力か。先の雷光の時は機銃の再生に意識が持ってかいかれてしまったから驚けなかったけど、聖遺物の力は凄まじいものだった。
いつもの治癒ならこうはいかない。もっと時間がかかる。
『この程度で驚いてもらってもねえ』
「なら、アテにさせてもらうわ」
『減らず口をしてる間があったらもう少し戦慣れなさい――そら、上から来た』
不意に影が差す、見上げればそこには空間に開いた砲門から顔を覗かせる巨大な砲身が私目掛けて砲口を向けていた。そしてその脇には瑞乃が何とも冷たい目で私を見下していた。
「主砲発射用意――」
「クォデネンツ!!」
「――撃て」
火薬が爆ぜ、爆炎と共に砲弾が放たれる。最早逃げること叶わず。ならば迎え撃つしかない、そんな結論に至った私は最大出力で雷撃を放つ。青白い雷撃の閃光と鋼鉄の砲弾が直上僅か二〇メートルほどで激突した。
天墜する砲弾と天へと昇る雷光。普通なら真逆であるべき光景はどこか荒唐無稽さを保っていて、聖書や叙事詩で描かれる戦いのようにも見えた。
私の放った雷撃は砲弾を打ち砕き、その背後で口を開けていう巨大な砲身と瑞乃を貫き、直後、爆音が轟く。
瑞乃は稲妻と爆炎に巻かれ、悲鳴を上げて甲板に墜落した。
「瑞乃!!」
まずい、やり過ぎた!?
加減はいらないのかもしれない。だけど、彼女はつい先日までただの人間で、戦闘においては私以上に素人だった。彼女に要らぬ怪我を負わせたくない。
そうして、駆け寄り、彼女を助け起こそうとした瞬間、
――ズブリ。
鋭い銀色の輝きがやけに眩く瞬いて、私は彼女の軍刀が私の腹を貫く様を馬鹿みたいに傍観していた。
激痛が走り、顔を歪めるよりも早く、瑞乃は平突きした軍刀を真横に思い切り薙いだ。
「い゙っ゙っ゙――!?」
酷い呻き声をあげながら私は路端の小石みたいに転がった。大きく裂けた横腹から夥しい量の血液が真紅の版図を広げていく。常人であったら既にショック死しているところだったがそこは超人たる大天使。まだ余力はある。
しかしながら、控えめに言っても重傷だった。超人といえど、私の超人性ではいつか命を落としてしまう。すぐに治療を開始しなければならなかった。
「容赦、ないなあ……」
せめてそう強がらねば。気弱な事を考えれば祈りが狂ってしまいそうだった。
「返、して……」
一言、瑞乃が何かを呟いた。
「返し、て……奪わ、ないで…………取らないで……私、の、おうじ、さま……!!」
「……?」
要領を得ない言葉の羅列に困惑する事しかできないでいた。王子? 取る? 私が? この子は一体何を言ってるの?
「私、泡になりたくない……沈みたくない……見上げたくない……失いたくない……」
「みず、の……?」
「……嫌い。私からあの人を奪おうとする金色が嫌い」
再び彼女の背後の空間が歪み、砲門が開け放たれる。しかも、主砲全てが私には砲口を向けて。
「どうして私から奪うの……? 姉さんの時も我慢したのに」
ますます意味がわからなかった。だけど、彼女はひたすら状況が掴めない私に言い放つ。責めるみたいに。
「貴女達は全部持ってる……力も、権力も、美貌も。なのに……なんで? 姉さんに譲って、今度は、貴女に譲らないといけないの? 嫌だ嫌だ。そんなの嫌だ。どうして、私が好きになった人ばかり連れて行くの?」
「ちょっと、待ちなさい……貴女さっきから何を言って――」
「うるさい――――うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!」
彼女は両耳を覆って、喚き散らす。憎悪と殺意を滲ませた目で、私を睨みながら。
同時に、船が大きく揺れた。尋常じゃない聖威が空間いっぱいに広がっていく。何が起きているのか、私はすぐにわかった。私はこれと同じものを幾度となく目の当たりにしてきたから。
だからこそわかる。どこが力がない、だ。とっくに私を超えてるじゃない。これは祈りの進化の予兆だ。
この子、このタイミングで階梯を一段登りきったらしい。恐るべき速さだ。
『キザイア・メイスンに頭の中を弄られているとはいえ、こればかりは本人の本質、才能よね。あの子は余程貴女にご立腹みたいよ』
くすくすとせせら笑う宝剣に苛立つ。なぜ瑞乃が怒っているの? キザイアに操られているから私に攻撃してきてるんじゃないの!?
『たかが魔術で頭を弄った程度で智天使になれるなら今頃この世界は第二階梯だらけでしょ。本人が強く深く祈らなきゃ、ああはならない』
じゃあ何? あの子は本心からそう願って、祈りを捧げているの? 私が、憎くて、殺したくて――
『そういうことでしょうよ――ほら、構えなさい。来るわよ』
「――黒鉄の城よ、皇国に仇なす魔性を滅ぼせ。黒煙は海原に龍の如く昇り靡く。大筒の響きは雷鳴とばかり響き渡る」
紡がれる
「万里の
美しい。そう思った。同時に悲しい。そう思った。人間が普遍的に持っているべきもの。
言葉にすると“愛のなせる業”といったところか。我ながら陳腐な表現だと鼻で笑いたくなった。
そして、だからこそ、拳を握らざるを得ない。
「神話再現“
――あいつは私のものだ。
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