第二章6 薔薇の香り
大佐からの手酷い意趣返しを食らったところで廊下の方が何やら騒がしい。何事か、表に出てみればと黄金色の雪精に遭遇した。
「ちょうど呼ぼうと思ってたんだけど――ってどうしたの? 顔、真っ赤だけど?」
「っ〜、……な、んでもない」
太ももの肉を千切らんばかりに常って平常心を取り戻すも彼女には奇妙な行動に映ったらしく、こてんと首を傾げる。
なんでそう一挙手一投足が逐一愛らしいんだお前は!?
「――ふんっ」
煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩奨励煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散――ひたすら壁に頭を打ち付けるこんなの俺ではない。俺ではないのだ。俺はこんなにも軟派者ではないはずっっ!! 一個“奨励”と言ってるだと? 気のせいに違いない。
「……悠雅? 大丈夫? その……寝てた方がいいんじゃ……?」
「問題無い」
「額からだくだくと流血してる人間が言っていいセリフではないと思うけど」
彼女は「全くもう」としょうがないといった様子で祈りを発現させる。
ぽうっと黄金色の光が視界を覆い、瞬く間に額の傷を癒していく。ついでにおかしくなった俺の脳みそも癒してくれないかと思ったがそこまで万能ではなかった。残念。
「ありがとう」
「あんまり私の前で怪我とかしないでよ。私、あんまり血好きじゃないんだから」
「反省する。ところで俺になにか用事か?」
「あっ、そうだった!! 悠雅、宗一が目を覚ましたわよ!!」
その言葉をすべて聞き終えるよりも早く俺は駆け出していた。勢いよく宗一の部屋の戸を開け放つと藤ノ宮に少し睨まれたがそんなものは今の俺にとっては瑣末事でしかない。
「悠雅、か……」
「大丈夫か?」
宗一はその問いに首肯で応える。寝起きらしく髪の毛はぼさぼさで語調が弱い。
「右腕はちゃんと動くか?」
「右腕……ああ、大丈夫だ問題ない」
「そうか……」
本当に良かった。後遺症が無いことを俺は心底喜んだ。共に英雄を目指さんとする彼の道を摘み取らずに済んで本当に良かった、と。もし、そんなことになってしまえば、俺はどれだけ謝っても償いきれなかっただろうから。
「瑞乃は無事か?」
「ああ、みんな無事だ。心配するな」
「それは……良かった」
ほっと息をついて、彼は僅かに笑んだ。そして続けて、
「俺は、第二階梯に至ったのか……?」
藤ノ宮にきいたのであろうか、彼はそう問いかけてきた。
「ああ……」
そう口にしながらも俺はこの時、彼に、彼の祈りが生んだあの光について口にするべきか悩んでいた。あの、死を無造作に振りまく光について。あれに関して語れば目の前の男は自害しかねない、そう思ったのだ。
しかし、話は思いもよらぬ方へと向かう。
「――俺の祈りはあんなにもおぞましいものだったんだな」
思わず言葉を失った。まるで見ていたみたいに、彼は己の祈りについて言及したから。
「意識があったのか?」
「薄くな。ほとんど無かったよ。でも、自分が何をしているかはわかった。己の祈りが、どういうものなのかも……!!」
布団を力一杯握り締めて。歯を力一杯噛み締めて。激憤と羞恥と憎悪が入り混じった感情の吐露。
俺と共に英雄になろうと言ってくれた男はあの光が英雄に相応しくないと判断したのだ。
「お前は優しいな――いや、甘いと言ってやったほうが良いか。お前は……あの場で俺の首を刎ねるべきだった」
「……できるわけないだろう。お前は俺の友で仲間なんだから」
「それが甘いんだよ」
宗一は今にも泣きそうな顔をして「だが」と付け加えて、
「ありがとう。俺を止めてくれて」
「礼なんか言うな。いつも世話焼かせてんだ、たまには焼かせろ」
「そうだな」
からりと、宗一は笑んで拳を握り込んだ。
「せっかく拾った命だ。精々有効活用してみせるさ」
「ああ、そうしてくれ。いつまでもあんな物騒なもの振り回されたら堪ったもんじゃないからな」
そう返してやると、宗一はまた笑った。「辛いな」なんて言って。
「――なんだか薔薇の香りがするな」
「妬けてきますね、本当に」
「前から怪しいと思ってたけど、この二人まさかそうなの?」
背後の女性陣が何を言っているのかわからないがとりあえず何となく馬鹿にされている気がしたので小さい方から
「――ったく」
言いたい放題言ってくる女衆から逃れるように宗一の部屋から逃亡する。今頃きっと、宗一が詰め寄られているんだろうな。許せ宗一。
南無南無と手を合わせていると、
「瑞乃、もう起きて平気なのか?」
「あ、深凪さん、お世話になりました――ってそれより大変ですよ!!」
何やら慌てたように手招く瑞乃。今にも手首が千切れ飛ばさんという勢いで。
「どうしたんだよ――」
軽く駆け足で彼女の元に行ってみるとそこには見知った面々が立っていた。
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