第一章21 太陽を落とす

 轟音を立てて艦が揺れる。今度はなんだと警戒していると瑞乃が何かぶつぶつと唱えているのが耳に入ってきた。

 この感覚は……この神威は……。

 鈍い音を立てながら、ぐらりと艦が傾く。それも艦首が首をもたぐように。だが沈む気配はない。むしろ、


「浮い、てる……だと……⁉」


 長門が海から飛び立ち、空へと航路を定める。目指すはどこまでも輝ける灼熱の星。これが瑞乃の祈りなのか。一体彼女は何を祈ったのだろう? これほど巨大なものを動かす祈りとはなんであろう? 俺には想像もつかない。


 だけど、なんで彼女がここで祈りを発現したんだろうか? そう疑問していると背を向けている彼女がその答えをくれる。


「――私達に任せてください」


 凄まじい祈りだ。圧巻と言っても過言じゃない。だが、これでは足りない。先の爆発により力の総量の大半が消失しているとは言え宗一は第二階梯の国津神と化してる。第一階梯の彼女の祈りでは神器が如何に強大でも破れない。それでも、


「お願い、長門!!」

『了解!!』


 彼女たちは微塵も臆さない。俺達のことを何も知らないから、無知だからできる、無茶。蛮勇。だが、無茶も蛮勇も根本の勇気が無ければなし得ない。

 勇気のある女は好きだ。度胸のある女は好きだ。ああ、ならば守らねばなるまいよ。そうだろう? 最先いやさきの剣よ。天之尾羽張よ。


「――もう一発かますぞ、アマ公」

『いいだろう。最も新しき神格と神器の門出だ。先達が後ろに隠れるなど、矜持が許さぬ』


 アマ公はこういう時のノリが良いから有難い。そして、何より俺の事をよくわかっている。ここで冷める事を言われればせっかく湧いてきた祈りが雲散霧消しかねないから。


「君は馬鹿か!?」


 ヴィクトリアは目を白黒させて頭を抱えていた。人外の癖に本当に人間臭い奴。だって俺の取る行動とこいつの反応を比べて、どちらが常識的かと問われれば確実にこいつの方に軍配が上がる。だが、生憎とこちらは殊の他、常識の範疇の埒外に生きてるんだよ。


「――瑞乃」

「悠雅さん!? 起きていいんですか!?」

「問題無い。俺はお前の勇気に魅せられた。ここで寝ていたら男じゃない」

「無理しないでください……!!」

「お前も俺が守るべき皇国の民なんだ。民の影に隠れる軍人がいてたまるものか」


 しかしそうやって立ち上がろうとする俺を必死そうに瑞乃は俺を押し止めようとしてくれている。

 ああ、優しい奴だ。仲間思いの奴だ。だからこそ、尚のこと余計に前に出たくなるのだ。守りたくなるのだ。


「このままあいつの所に突っ込んでくれ。後は任せろ」

「何を言ってるんですか!?」

「これはほかの人間にはやらせられない。あいつは、あいつだけは俺が止めねばならない」


 あいつがああなったのは少なからず俺のせいでもあるのだと思う。あいつの祈りの根源には俺の影があるから。ならば正すのは俺の役目であろうよ。

 天之尾羽張と生大刀に祈りを込めて再度、二振りの十拳の祝とつかのはふりを顕現させる。しかし、この祈りも後数十秒ももたないだろう。


「俺はもう、後一撃しか放てない。だから瑞乃、援護を頼めるか?」

「……はい」


 彼女は苦虫を噛み締めたみたいな顔で、

 こんな様で何が成せる、という忸怩じくじたる思いがある。俺が切らねばならないあの光は遥か彼方の天空にあるのに、俺はこうして連れて行ってくれる誰かがいなければ、この思いを届けることもできない。


 だが、出来ないことを嘆いても先には進めない。あいつを元に戻せない。



 ――ぎらりと光が激しく瞬く。閃光。天へと登るきざはしにも似たそれはさながら神罰の如く降り注ぐ。



「主砲発射!!」

『主砲発射よぉい……ってぇ!!』


 瑞乃が指令を出し、長門がそれに応え、轟音と共に大砲を放つ。巨大な砲弾が極太の閃光の槍を撃墜する。次いで無数の火の玉が側面を囲う。それに対応する様に無数の機銃が起動、火を吹いて、火の玉を一つ残らず撃墜して見せた。


 第一階梯の祈りにも関わらず、宗一の祈りを捌ききっている。瑞乃本人の才能や祈りの深さも凄まじいがこの軍艦の神器の力は強大だ。


『やるではないか』


 アマ公は最も新しき神器を讃えて。己も負けられぬと奮起している。ああ、そうだ。負けられないよな。

 ただでさえ初陣の相手が身内というだけでも相当だというのに、そいつが第二階梯・国津神というのだから本当に酷い話だ。だけど、彼女は奮闘している。ならば報いらなければならんだろうよ。


 甲板に降りて、船首へと向かう。あまりにも凄まじい熱気でそのまま発火してしまいそうだ。それでも引くわけにはいかない。眼前には光を背負い、炎を纏う宗一の姿。どこか虚ろな目をしている竹馬の友。

 二振りの十拳の祝を構える。祈りはもう十秒と持ちそうにない。しかし、それだけあれば十分だ。

 閃光の剣と十拳の祝が今一度激突し、そのまま宗一と神器を切り離す。


「なぁ、宗一よ。お前にそんな光は似合わないよ。だからさ――」



 ――いい加減に目を覚ませ。



 切り落とした右腕と神器・俱利伽羅剣がふわりと宙に舞うのを横目に胸倉を掴む。額を突き合わせて、同時にゴリっと鈍い音。互いの頭蓋が割れる音。

 宗一から祈りが立ち消え、光の消失を確認して、俺はそっと意識を手放した。

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