第一章12 要求


「――さて、いい加減私の要望を言っても構わないかな?」


 正直、何とも言えない。どうあってもこの女を信用できないし、かと言って逢魔ヶ刻から出る方法も思いつかない。


「悠雅、お前はどう思う?」

「何とも。ただ信用は出来ないがそいつの要望を聞くだけ聞いてみてもいいとは思ってる。宗一は?」

「概ね同じだ」


 耳打ちして、互いの意見を統一し、女の話を聞く事で一致した。


「――いいんだね?」


 ヴィクトリアの言葉にうなずくと女は本当に嬉しそうに、感激した様子で手を合わせて一しきり笑った後、こう切り出した。


「薄々察していると思うが今の私に仲間はいない。皆、殺されてしまった」


 女は語る。訥々とつとつと。女は最初、自分の身の上話から始めた。自分達の故郷、“ゆごす”なる星での出来事だ。


 彼女等の星、ユゴスはさる禍津神まがつがみが封印された場所らしい。その禍津神を永遠の眠りにつかせていた神官たちが大規模な地殻変動により全滅し、その禍津神が復活するに至ってしまう。そこから先は地獄のような有様でヴィクトリアの種族も九割以上が息絶え、残りの者達はそれぞれ散り散りになったのだそうだ。その一部が地球に流れ着いた。それが自分達だと言って彼女は更にこの星で新しく自分たちの国を作ろうとしたと説明する。


 彼女たちは自分たちの国を作るにあたってまず太平洋上に要塞を作ろうとした。その材料を集めるために採掘をしていたのだとも言った。その最中、彼女たちは種の存続のためにどうにかして子を作らなければならなかったのだが今の自分たちがそのまま子を成してもまた同じことが起きた時に対処できないと考えた彼女等は脆弱なくせにこの星の脅威と戦い続ける人間という種に注目するようになっていった。


 戦う度に、進化していく人間。どれだけ絶望的でもあきらめない彼らに希望を見出したのだ。この種の様になれば二度と故郷を失わずに済む、と。


 彼女たちは最初の頃、個性の欠片のない種であったが人間の観察と研究をしていく内に自我を宿していったらしい。そうして、各々が己を自覚した頃、ここに落ちた。


 ここまで荒唐無稽すぎて正直ついていけてなかったが鬼気迫る彼女の様子に俺は口を開くことができなかった。


 しかし、彼女は止まらない。人を殺しかねない程に眉間に皺を寄せて。


「――そして、この第二層にて、この逢魔ヶ刻から脱出するための研究をが完成間近だったという頃、奴らが来た」


 そう言って彼女は窓の方へと指先を向ける。座礁する無数の船影の中に一つ、流線形の、大きな円盤状の物体が漂っているのが見えた。その上に、何か人影のようなものが見える。


「ロイガーとツァールという双子の邪神でね。あの二人が馬鹿に不気味な大剣と長弓で私の仲間を皆殺しにしたのだ。そしてここからが本題で――」

「あれを殺せということか?」


 女は憎々しげに深く頷いてみせた。

 よくわからないが、こいつらが本当に個性の無い種だったように思えない程に憎悪を露わにさせていた。

 敵討ち、か。アナスタシアの様に逝った者を呼び戻すという願いよりかはまだマシなのかもしれない。とは言え、まったく生産性は帯びないが。


「奴らを殺さねば私はこの場所からの脱出法を教えない。この方法は私と私の仲間たちの文字通り血と涙と命の結晶だ。そう易々とは教えられない。さぁ――どうする?」


 ゆらゆらと瞳の奥で炎みたいな信念が瞬いている。これ以上の妥協は無い。これだけは、絶対に渡さないという気概が見える。ここで半殺しにして無理やり聞こうとしてもこの女は絶対に口を割らないだろう。こいつはそういう目をしている。


 こいつ相手に最早答えは二つしか用意されていない。ここから出るとなればそれはたった一つに絞られる。


「――良いだろう。悠雅もそれでいいな」

「……あいよ」


 ここまでの話に疑念が全くないわけではない。ただ、ここで何も行動を起こさなければ先に進まないのも事実だ。それに、ここに巣くう怪物を滅する事は俺達の使命なのだから。


「――ん、んぅ……こ、こは……?」

「瑞乃⁉」

「深、凪さん……? それに、宗一さんも」

「大丈夫か?」

「え、あ、はい……」


 ベッドに横たわっていた瑞乃が意識を取り戻した。それにさっきのように妙な雰囲気も無いし、ちゃんと意識がはっきりしているみたいだ。本当に良かった、瑞乃。


「ここどこなんですか? それに、そちらの女性は? というか、私いったい――いたっ!!」


 先ほど殴られた辺りを摩って彼女は顔をしかめる。どれほどの力で殴ったんだあの女は?


「悪かったよ、深凪悠雅。そう怖い顔で睨むな。それより、彼女に状況の説明をしてやった方がいいんじゃないか? さっきの君たちの様子だと、彼女は元々一般の人間だったんだろう?」


 ヴィクトリアはそう言うと続けて「ついでにいい加減私に皆の名前を教えてくれないか? 手を組むのだから呼び名くらいは知りたいんだが」なんて付け加える。


 俺と宗一は簡単に名乗った後、瑞乃にこれまでの事をかいつまんで説明してやることにした。すると、当たり前だが彼女は大いに狼狽えたし、混乱しているようだった。


 いきなり訳の分からない場所に落下して、男二人と訳の分からない女に囲まれた挙句、自分が現人神になったなど、これだけの情報をいきなり叩き込まれても理解に苦しむだろうし混乱もするだろう。それでも彼女には呑んでもらう必要があった。ここから先、この場所で何が起きるかわからないから。


「――私が……現人神」


 どこか信じられない様子で己の手をぐーぱーと眺めていた。


「信じられないならこいつを持ってみてくれ」


 そう言って天之尾羽張の柄を差し出す。いつぞや天之尾羽張を観察しに来た時に持とうとしていたから知っている筈だ。こいつの重量を。

 瑞乃は恐る恐る天之尾羽張の柄を握ると一人で持ち上げてみせた。


 こいつを俺から奪い取っていた間に調べた大佐から聞いた話だが、この天之尾羽張という大剣、どうやら二トンほどの重量があるらしい。それを軽々とではないが華奢な女の細腕で持ち上げて見せたのだ。彼女は十分に人間の身体能力を凌駕している。現人神である疑いようのない証拠であった。


「おも、い……っ!! だけど、持てる。振り回せはしないけど、確かに持てる」


 彼女は震える手で俺に天之尾羽張を返すとようやく実感したらしい。己の中に起きた変化を。


「私、一体どんなことを祈ったんだろう? それに、キザイア・メイスンってどこかで聞いた事が……」

「雪乃は何か知っているような口ぶりだったぞ」


 宗一が補足すると彼女は何かぶつぶつと思考の海に潜ったかと思えば、はたと間抜けな声をだして。


「アーカムの魔女?」

「そういや爺さんもそんなこと言ってたな」

「爺さんって御陵幸史氏ですよね? そんな大物が出張ってきたってことは本物……?」


 すると途端に彼女は一気に青ざめた様子で「私、良く生きてたなぁ……」と呟いて肩を震わせた。


「一体あの女はなんなんだ? 何が目的でこの皇都にいたんだ?」

「目的はわかりかねますけど軽い概要くらいなら」


 そう言って彼女はかつて培った知識を披露し始めた。

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